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グラムロックとは?歴史や特徴、代表的なアーティストまで紹介

「グラムロックって何?どんなジャンルなの?」
「ビジュアル系ロックとの違いは?」
「グラムロックの名盤は?」

グラムロックとは、デヴィッド・ボウイやT・レックスを筆頭にイギリスで大流行した音楽ジャンルの事を指します。

パンクロックや日本のビジュアル系ロックのミュージシャンに多くの影響を及ぼし、ファッション業界にも大きな衝撃を与えたグラムロックですが、具体的には一体どんなジャンルなのでしょうか?

この記事ではグラムロックの特徴や代表的なアーティスト、おすすめの名盤について詳しく紹介していきます。

グラムロックとは

デヴィッド・ボウイ

グラムロックの発祥

グラムロックは1970年代の初頭から後半にかけて、イギリスで大流行したロックの一種です。流行していた期間こそそんなに長くはないですが、80年代以降のミュージシャンに多大なる影響を与えました。

1967年結成の「T・レックス」や、同年デビューの「デヴィッド・ボウイ」などがグラムロックを代表するアーティストです。

デヴィッド・ボウイとマーク・ボラン

60年代後半から始まったハードロックやプログレッシブロックはワイルドでエネルギーあふれるロックでした。それとは違う新たなロックの形を生み出したのがグラムロックです。

グラムロックは衣装やメイクのイメージが強く、音楽性はバンドやアーティストによってそれぞれ違いました。今までの男性的だったロック・ミュージックに、女性的・中性的なイメージと近未来のような衣装を取り入れて新たなリスナーを開拓していきました。

グラムロックの衣装とメイク

グラムロックの語源

グラムロックの名前の由来は、魅力的を意味する英単語「グラマラス」だと言われています。またアメリカではきらめき・輝きの意味の「グリッター」を使って、グリッターロックという名前で呼ばれています。

メイクをしたアーティストたちが、きらびやかで魅惑的な衣装を着てパフォーマンスする様がよく表された名前です。

グラムロックの代表的なアーティスト

T・レックス

T・レックス

1967年にイギリスで結成されたロックバンドです。ボーカル兼ギターのマーク・ボランを中心に活動していて、結成当時は「ティラノザウルス・レックス」と名乗っていました。

初期のころはフォークロックを演奏していましたが、1970年に「T・レックス」に改名してからはグラムロックを代表するバンドとなりました。アルバム「電気の武者」で全英チャート第1位を獲得すると、ヒットアルバムやシングルを数々発表していきます。

マーク・ボランはグラムロックの発展に大きな影響を与え、衰退に合わせたように自動車事故により29歳の若さでこの世を去ります。2020年にはロックの殿堂入りを果たし、名実ともに世界を代表するロックバンドになりました。

デヴィッド・ボウイ

デヴィッド・ボウイ

デヴィッド・ボウイはロンドン出身のアーティストです。1967年にデビューし、アルバム「デヴィッド・ボウイ」を発表します。

音楽好きの父や異父兄の影響でアメリカのポップスやロック、モダンジャズなどを聞いて育ちました。その音楽性がのちの多彩な音楽活動につながっていきます。

1972年にアルバム「ジギー・スターダスト」を発表すると、架空のロックスター「ジギー・スターダスト」を名乗り世界中を1年半かけてツアーを行いました。このアルバムは現在でもグラム・ロックの名盤のひとつに数えられています。

ミュージシャンとして1996年にロックの殿堂入りも果たし、グラミー賞も5回受賞しています。その一方で俳優としても活動し、数々の賞を受賞している多彩なアーティストです。

ロキシー・ミュージック

ロキシー・ミュージック

1971年に結成されたロックバンド。同年にファースト・アルバム「ロキシー・ミュージック」でデビューを飾りました。ボーカルのブライアン・フェリーやキーボードのブライアン・イーノが在籍したことで知られています。

ロキシーの人気はデビュー当時から高く、イギリスの音楽週刊誌「NME」のランキングで各部門の新人賞を受賞しました。続くセカンド・アルバム「フォー・ユア・プレジャー」でも全英チャート第4位を獲得し注目を集めました。

メンバーチェンジなどを繰り返しながら活動を続けていたロキシーですが、1976年に行ったツアーを最後に解散します。その後ブライアン・フェリーはソロ活動に専念し、1977年には来日公演も行いました。

1979年と2001年に再結成をしてワールドツアーを行い、2019年にはロックの殿堂入りを果たしました。

モット・ザ・フープル

モット・ザ・フープル

1968年に結成されたサイレンスというバンドを前身としたイギリスのロックバンドで、翌年にデビューしました。

モット・ザ・フープルはデビュー当時から過激なライブパフォーマンスで有名でした。観客とのけんかや機材の破壊などで、多くのコンサート会場から出入り禁止を受けていたようです。ライブでは話題を呼んでいましたが、商業的には中々売れず解散の危機に直面しました。

そんな時に力になったのが、以前からモット・ザ・フープルのファンだったデヴィッド・ボウイです。彼が楽曲の提供とプロデュースを申し出て出来上がったのが「すべての若き野郎ども」でした。全英3位・全米37位を記録し、バンド最大のヒット曲となりました。

モット・ザ・フープル解散後の1970年代後半に流行したパンクロックのミュージシャンにも、大きな影響を与えています。

スレイド

スレイド

イギリスで圧倒的な人気を誇るバンドで、1969年にファースト・アルバム「ビギニング」を発表しデビューを飾ります。派手な衣装とポップでわかりやすい音楽性で、ティーンエイジャーを中心に人気を集めました。

1971年のシングル「だから君が好き」で初の全英シングルチャート1位を獲得します。翌年に発売されたライブ・アルバム「スレイド・アライブ」では全英アルバムチャート2位、スタジオ盤「スレイド?」では第1位に輝きました。

1970年代まではイギリスでの人気とは裏腹に、アメリカでの人気は伸び悩んでいました。しかし1983年にアメリカのロックバンドであるクワイエット・ライオットが「カモン・フィール・ザ・ノイズ」をカバーして大ヒットを記録。これによってオリジナルのスレイドにも注目が集まり人気を獲得しました。

クワイエット・ライオット

アリス・クーパー

アリス・クーパー

アメリカで最も有名なグラム・ロックのバンドでありアーティストです。ボーカルであるアリス・クーパーは出生名をヴィンセント・デイモン・ファーニアといいましたが、現在はアリス・クーパーに改名しています。

1969年にアルバム「プリティーズ・フォー・ユー」でデビューし、5作目のアルバムとなる「スクールズ・アウト」がティーンエイジャーを中心に大ヒットして一躍スターとなりました。

1973年に発売されたアルバム「ビリオン・ダラー・ベイビーズ」のプロモーションでは、収録曲である「アリスは大統領」になぞらえてアメリカ大統領選挙に出馬したというエピソードも残っています。

7枚目のアルバムの「マッスル・オブ・ラヴ」を最後にバンドとしてのアリス・クーパーは解散してしまいますが、2011年にロックの殿堂入りを果たしました。

グラムロックの特徴

華やかできらびやかなファッション

グラムロックのファッション

2017年に再び注目されたグラムファッション。カラフルな色使いやラメ・スパンコールをあしらったキラキラの装飾など、とにかく派手な印象があると思います。ロンドンブーツ(英語ではプラットフォーム・ブーツ)と呼ばれる厚底のブーツもグラムファッションの特徴のひとつです。

ロンドンブーツ

デヴィッド・ボウイは親日家で有名で、ステージパフォーマンスに日本文化の歌舞伎や和服の要素を取り入れていました。1973年のツアーでは、ファッション・デザイナーの山本寛斎がステージ衣装を手掛けています。

デヴィッド・ボウイと親交が深く、ファッションの最先端でもあるケイト・モスもグラムファッションを取り入れています。彼が亡くなった翌日には追悼の意を込めて、デヴィッド・ボウイのプリントTシャツを着用していました。

ケイト・モスとデヴィッド・ボウイ

レディ・ガガは2016年のグラミー賞でジギー・スターダストをモチーフにした衣装を着てパフォーマンスを披露したと言います。

レディ・ガガ

魅惑的で色気のあるメイク

男性アーティストが施したメイクも中性的と言われる要因のひとつでしょう。日本では1990年代に黄金期を迎えるビジュアル系ロックにも影響を与えました。

1960年代にはロックシンガーのアーサー・ブラウンが悪魔のようなメイクをしたり、さらに古くはロックンロールの創始者であるリトル・リチャードが白塗りのメイクなどをしていました。

しかしマーク・ボランを始めとするグラム・ロックで用いられた中性的で妖艶なメイクには、悪魔や白塗りのメイクには無い魅力がありファンたちを熱狂させたのでしょう。

グラムロックの影響

グラムロックの影響

影響を受けたアーティスト

グラム・ロックはその後のアーティストたちに大きな影響を残しました。

1973年にイギリスでデビューしたクイーンもそのひとつです。クイーンは活動初期にはきらびやかな衣装をまとい、メイクをして演奏していました。その為「グラムロックの残りカス」と酷評されましたが、その後の成功はここで語るまでもないでしょう。

グラムロックだったころのクイーン

ローリング・ストーンズもグラムロックに影響を受けていた時期があると言います。1970年代中盤から1980年代初頭までのコンサートでの衣装も、ロンドンブーツに派手な衣装というグラムファッションに身を包んでいました。

1980年代のローリング・ストーンズ

パンクロックバンドのザ・クラッシュのミック・ジョーンズはモット・ザ・フープルの追っかけをしていましたし、ヘヴィメタルバンドのAC/DCのボーカルであるブライアン・ジョンソンはグラムロックバンドに所属していたことがあります。

日本に及ぼしたグラムロックの影響

日本でもグラムロックに影響を受けたアーティストは少なくありません。

1967年にザ・タイガースでデビューした沢田研二もそのひとりです。1974年ごろからメイクをしてステージに上がり始め、18枚目のシングル「さよならをいう気もない」以降ファッションも含めてグラムロックに傾いていきました。

沢田研二

また忌野清志郎が率いるRCサクセションもグラムロックバンドのひとつです。メイクや衣装に関してはデヴィッド・ボウイやマーク・ボランに影響を受けています。

忌野清志郎

ローリー寺西を中心としたロックバンド・すかんちも、派手な衣装とメイクをしています。クイーンやレッド・ツェッペリンなどをルーツにオールドスタイルのロックを演奏しました。

ローリー寺西

イエモンことザ・イエロー・モンキーのボーカル吉井和哉が、最も影響を受けたアーティストがデヴィッド・ボウイだということも有名です。活動初期のイエモンはグラムロック色が強く、奇抜な衣装とメイクを施していたと言います。

ザ・イエロー・モンキー

グラムロックとビジュアル系ロックの違いは?

グラムロックと日本のビジュアル系ロックとは、見た目の特徴から同一視されることがあります。確かに衣装やメイクの面では影響を受けていると思われますが、必ずしもグラムロックのすべてを継承しているとは言い切れません。

グラムロックはロックン・ロールなどのノリが良くポップでキャッチーな音楽を演奏していましたが、ビジュアル系ロックはハードロックやヘヴィメタルを下敷きにしています。

1987年にデビューしたBUCK-TICKや1989年デビューのX JAPANなどは、どちらかといえばビジュアル系ロックでしょう。90年代に入るとLUNA SEAやSIAM SHADEを始め、数多くのビジュアル系バンドがデビューしました。

X JAPAN

1980年代にはゴシックファッションのような黒色を基調とした衣装のビジュアル系バンドが目立ちましたが、90年代に入ると華やかで煌びやかな衣装が現れ、近年ではカラフルでポップな衣装も増えて来ています。

グラムロックの名盤

1971年-「電気の武者」T・レックス

バンド名をT・レックスに改名してから2作目となるスタジオ盤のアルバム。元キング・クリムゾンのイアン・マクドナルドやイエスのリック・ウェイクマンなど、豪華なゲストミュージシャンを迎えてレコーディングされました。

発売後イギリスのアルバム・チャートで8週連続で第1位を獲得し、アメリカでは最高32位に達しました。この作品からシングル・カットされた「ゲット・イット・オン」が全英1位・全米10位、「ジープスター」が全英2位にチャートインを果たしました。

マーク・ボランは1971年に受けたインタビューで、「このアルバムを聞けば、僕等の人気の理由が分るよ」と答えています。

1972年-「ジギー・スターダスト」デヴィッド・ボウイ

デヴィッド・ボウイの5作目となるスタジオ盤アルバム。宇宙から来た架空のロック・スターである「ジギー・スターダスト」の成功から没落までの物語を基に制作されたコンセプト・アルバムです。全英アルバム・チャートで第5位を記録し、2016年までにトータルで750万枚を売り上げました。

シンプルなバンド編成を基本にレコーディングされていて、管楽器や弦楽器が豪華に楽曲を彩っています。アルバム全体を通して乾いたサウンドにまとめられていて、なんとも格好いい作品に仕上がっています。

タイトル曲である「ジギー・スターダスト」はローリング・ストーン誌の選ぶ「オールタイム・グレイテスト・ソング500」や、ロックの殿堂の「ロックン・ロールを形成した500曲」に選出されています。

1972年-「すべての若き野郎ども」モット・ザ・フープル

解散寸前だったモット・ザ・フープルがデヴィッド・ボウイの力を借りて制作し、世界的なヒットとなったアルバムです。デヴィッド・ボウイはこのアルバムのためにタイトル曲である「すべての若き野郎ども」を書き下ろし、アルバム全体のプロデュースも担当しました。

先行して発売されたシングル「すべての若き野郎ども」は全英3位・全米37位を記録し、ロックの殿堂の「ロックン・ロールを形成した500曲」にも選出されました。アルバムもシングルの大成功により、イギリスのアルバム・チャートで21位を記録しました。

デヴィッド・ボウイは「すべての若き野郎ども」をセルフカバーしていて、1974年発売の「デヴィッド・ライブ」に収録されています。

2011年には「すべての若き野郎ども」と名付けられた、モット・ザ・フープルのドキュメンタリー映画も公開されました。

1973年-「20thセンチュリー・ボーイ」T・レックス

全英シングルチャートで第3位を獲得したT・レックスのシングルで、日本でも人気が高い楽曲です。1972年にコンサートのため初来日した際に、東京のスタジオでレコーディングされました。映画「20世紀少年」のテーマ曲に使用されたので、ご存じの方もいるのではないでしょうか。

力強いイントロのギターフレーズはテクニック的にそれほど難しくないにもかかわらず、しっかりと記憶に残る名フレーズです。

多くのミュージシャンによってカバーもされていて、X JAPANも初期のライブのレパートリーにしていました。1989年に発売されたシングル「紅」でその演奏を聴くことが出来ます。

1973年-「フォー・ユア・プレジャー」ロキシー・ミュージック

ロキシー・ミュージックの2作目となるアルバムです。画家のサルバドール・ダリやデヴィッド・ボウイの元愛人で、歌手でもあったアマンダ・レアをジャケットに起用したことでも話題を呼びました。

前作「ロキシー・ミュージック」のガレージ・ロックのような勢いのある作風とは違い、「フォー・ユア・プレジャー」はアダルトでダークなサウンドでまとめられています。

キーボードのブライアン・イーノが参加した最後の作品でもあるので、彼の活躍をロキシーで聴くことのできる最後のアルバムです。

グラムロックに関するまとめ

ハードロックやプログレッシブロックとは違った音楽性を作り上げた、グラム・ロックのミュージシャンたちは偉大です。のちのパンクロックやニューウェイヴ、日本のビジュアル系ロックのミュージシャンたちに大きな影響を与えました。

煌びやかで魅惑的な衣装やメイクは、今もなおデザイナーやセレブたちにインスピレーションを与え続けています。

イエモンや忌野清志郎がお好きなら、ぜひグラムロックを聴いてみてください。彼らのルーツがそこにありますよ!

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