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アームストロングとはどんな人?生涯・年表まとめ【性格、名言、人類初の月面着陸などの功績を紹介】

アポロ11号の船長として月へ向かった宇宙飛行士ニール・アームストロング。人類初となる月面着陸を成功させたことで、彼は英雄として称えられることになりました。とはいえ、彼が具体的に何を行なった人なのか、彼がどのような人生を歩んだのかあまり詳しい事までは知らない方が多いかと思います。

ニール・オールデン・アームストロング

確かに月面着陸は、彼の中で最も大きな功績と言えますが、彼が成し遂げた偉業はこれだけではありません。超優秀だったテストパイロット時代や、絶体絶命の危機を乗り越えたジェミニ計画を経て、誰もが知るアポロ計画での栄光があります。

今回はそんなニール・アームストロングの知られざる生涯を徹底解剖していきます。詳細かつ分かりやすく説明していきますので、記事を読み終える頃にはアームストロングについてプレゼンができるレベルまで理解が深まることでしょう。

筆者はアームストロング船長の生き様に影響を受け、彼の名言を丸パクリして友人との会話で真剣に使っていました。そんなアームストロング船長を愛する筆者が、彼の人生を徹底的にご紹介していきます。

この記事を書いた人

一橋大卒 歴史学専攻

京藤 一葉

Rekisiru編集部、京藤 一葉(きょうとういちよう)。一橋大学にて大学院含め6年間歴史学を研究。専攻は世界史の近代〜現代。卒業後は出版業界に就職。世界史・日本史含め多岐に渡る編集業務に従事。その後、結婚を境に地方移住し、現在はWebメディアで編集者に従事。

アームストロングとはどんな人物か

名前ニール・オールデン・アームストロング
誕生日1930年8月5日
没日2012年8月25日
生地アメリカ合衆国・オハイオ州
没地アメリカ合衆国・オハイオ州
シンシナチ
配偶者キャロル・ヘルド・ナイト
埋葬場所アメリカ合衆国・オハイオ州
シンシナチ

アームストロングの生涯をハイライト

ジェミニ計画時代のアームストロング

アームストロングはどのような人生を歩んだのでしょうか。彼の生涯をハイライトでご紹介していきます。

まず彼は1930年8月5日、アメリカのオハイオ州で生まれました。幼少期から好奇心旺盛で、努力家であった彼は、航空デザイナーを目指し、そのための勉強に励みました。大学で航空工学を学び、海軍で勤務していく中で、彼はテストパイロットとして働くことを決意します。

数々の実戦経験を積む中で何度も死の危険に晒されながら、彼はパイロットとしての実力をつけていきます。

そんなある日彼は、宇宙飛行士を募集があるという知らせを聞き、迷うことなく志願しました。彼にとっても、周囲の人間にとっても宇宙へ行くというのは憧れの夢だったからです。

宇宙飛行士に選ばれた彼は、ジェミニ計画に参加します。この計画では史上初となる無人衛星のドッキングというミッションが与えられました。ドッキングは成功しましたが、機体が勝手に回転し続けるという予期せぬ事態が起こり機体を切り離すことを余儀なくされます。

衛星とドッキングするジェミニ8号

そんな絶体絶命のピンチの中、冷静な判断で機体を操作し地球への帰還を果たしたことで、彼の評価は絶対的なものとなりました。

ジェミニ計画で2度の宇宙飛行を経験した彼は、ついに人類が月への着陸を目指す「アポロ計画」に参加することになります。船長としてアポロ11号に乗り込んだアームストロングは、1969年人類初となる月面着陸に成功します。その様子は全世界で中継され多くの人々を魅了しました。

2012年、心臓手術の合併症により彼はこの世を去りました。しかし彼の成し遂げた偉業は、この先も世界中で語られ続けることでしょう。

アームストロングの家族構成は?

アームストロング家の様子
  • 妻:キャロル・ヘルド・ナイト
  • 長男:エリック・アームストロング
  • 長女:カレン・アームストロング
  • 次男:マーク・アームストロング

アームストロング家の3人の子供を産んだのは、キャロルではなく前妻のジャネット・シアロンです。

ニール・アームストロングとジャネットは1994年に離婚し、キャロルと新たな結婚生活を送ることを選びました。この時点でかなり高齢ではありましたが、結婚することに迷いはありませんでした。

アームストロングはどんな性格?

夢を抱く男

アームストロングの性格を一言で表すならば「夢想家」です。幼少期から常に大きな夢を持ち続けていて、「宇宙飛行士になる」というのもその中の一つでした。

夢想家と聞くと現実を見ずに妄想に浸っているだけというイメージを持つ方もいるかもしれませんが、彼は夢を単なる妄想では終わらせません。本気で夢を叶えるために挑戦と努力を惜しまず、ストイックに仕事に取り組みます。

また、それだけの行動力と大きな功績を持ちながらも常に謙虚な姿勢を忘れません。だからこそ慢心することなく全力で進み続けられるのでしょう。

彼は家族に対しても、謙虚な姿勢を貫くこと、目標達成には練習と努力あるのみであることを教え続けていました。それはその二つの要素が自身の人生を通して最大の学びであったと感じているからかもしれませんね。

アームストロングの死因は?

追悼の花

アームストロングは1969年に、82歳でなくなりました。死因は心臓のバイパス手術後の合併症であったとされています。しかしこちらの発表に対し、遺族からは「医療ミスである」という声が上がっていました。

バイパス手術から数日後に内出血が見られたにもかかわらず、医者はアームストロングを外科に移すことを見送る判断をし、それが原因で彼が亡くなったというのです。この内容を告発すると遺族が病院側に訴えました。これに対し、病院側は事を内密に済ませることを条件に、遺族へ600万ドルを支払いました。そのため、当時は大きなスキャンダルになることなく問題が収束したのです。

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