小説ヲタクがおすすめするオールタイムベスト83冊

アームストロングとはどんな人?生涯・年表まとめ【性格、名言、人類初の月面着陸などの功績を紹介】

アポロ11号の船長として月へ向かった宇宙飛行士ニール・アームストロング。人類初となる月面着陸を成功させたことで、彼は英雄として称えられることになりました。とはいえ、彼が具体的に何を行なった人なのか、彼がどのような人生を歩んだのかあまり詳しい事までは知らない方が多いかと思います。

ニール・オールデン・アームストロング

確かに月面着陸は、彼の中で最も大きな功績と言えますが、彼が成し遂げた偉業はこれだけではありません。超優秀だったテストパイロット時代や、絶体絶命の危機を乗り越えたジェミニ計画を経て、誰もが知るアポロ計画での栄光があります。

今回はそんなニール・アームストロングの知られざる生涯を徹底解剖していきます。詳細かつ分かりやすく説明していきますので、記事を読み終える頃にはアームストロングについてプレゼンができるレベルまで理解が深まることでしょう。

筆者はアームストロング船長の生き様に影響を受け、彼の名言を丸パクリして友人との会話で真剣に使っていました。そんなアームストロング船長を愛する筆者が、彼の人生を徹底的にご紹介していきます。

アームストロングとはどんな人物か

名前ニール・オールデン・アームストロング
誕生日1930年8月5日
没日2012年8月25日
生地アメリカ合衆国・オハイオ州
没地アメリカ合衆国・オハイオ州
シンシナチ
配偶者キャロル・ヘルド・ナイト
埋葬場所アメリカ合衆国・オハイオ州
シンシナチ

アームストロングの生涯をハイライト

ジェミニ計画時代のアームストロング

アームストロングはどのような人生を歩んだのでしょうか。彼の生涯をハイライトでご紹介していきます。

まず彼は1930年8月5日、アメリカのオハイオ州で生まれました。幼少期から好奇心旺盛で、努力家であった彼は、航空デザイナーを目指し、そのための勉強に励みました。大学で航空工学を学び、海軍で勤務していく中で、彼はテストパイロットとして働くことを決意します。

数々の実戦経験を積む中で何度も死の危険に晒されながら、彼はパイロットとしての実力をつけていきます。

そんなある日彼は、宇宙飛行士を募集があるという知らせを聞き、迷うことなく志願しました。彼にとっても、周囲の人間にとっても宇宙へ行くというのは憧れの夢だったからです。

宇宙飛行士に選ばれた彼は、ジェミニ計画に参加します。この計画では史上初となる無人衛星のドッキングというミッションが与えられました。ドッキングは成功しましたが、機体が勝手に回転し続けるという予期せぬ事態が起こり機体を切り離すことを余儀なくされます。

衛星とドッキングするジェミニ8号

そんな絶体絶命のピンチの中、冷静な判断で機体を操作し地球への帰還を果たしたことで、彼の評価は絶対的なものとなりました。

ジェミニ計画で2度の宇宙飛行を経験した彼は、ついに人類が月への着陸を目指す「アポロ計画」に参加することになります。船長としてアポロ11号に乗り込んだアームストロングは、1969年人類初となる月面着陸に成功します。その様子は全世界で中継され多くの人々を魅了しました。

2012年、心臓手術の合併症により彼はこの世を去りました。しかし彼の成し遂げた偉業は、この先も世界中で語られ続けることでしょう。

アームストロングの家族構成は?

アームストロング家の様子
  • 妻:キャロル・ヘルド・ナイト
  • 長男:エリック・アームストロング
  • 長女:カレン・アームストロング
  • 次男:マーク・アームストロング

アームストロング家の3人の子供を産んだのは、キャロルではなく前妻のジャネット・シアロンです。

ニール・アームストロングとジャネットは1994年に離婚し、キャロルと新たな結婚生活を送ることを選びました。この時点でかなり高齢ではありましたが、結婚することに迷いはありませんでした。

アームストロングはどんな性格?

夢を抱く男

アームストロングの性格を一言で表すならば「夢想家」です。幼少期から常に大きな夢を持ち続けていて、「宇宙飛行士になる」というのもその中の一つでした。

夢想家と聞くと現実を見ずに妄想に浸っているだけというイメージを持つ方もいるかもしれませんが、彼は夢を単なる妄想では終わらせません。本気で夢を叶えるために挑戦と努力を惜しまず、ストイックに仕事に取り組みます。

また、それだけの行動力と大きな功績を持ちながらも常に謙虚な姿勢を忘れません。だからこそ慢心することなく全力で進み続けられるのでしょう。

彼は家族に対しても、謙虚な姿勢を貫くこと、目標達成には練習と努力あるのみであることを教え続けていました。それはその二つの要素が自身の人生を通して最大の学びであったと感じているからかもしれませんね。

アームストロングの死因は?

追悼の花

アームストロングは1969年に、82歳でなくなりました。死因は心臓のバイパス手術後の合併症であったとされています。しかしこちらの発表に対し、遺族からは「医療ミスである」という声が上がっていました。

バイパス手術から数日後に内出血が見られたにもかかわらず、医者はアームストロングを外科に移すことを見送る判断をし、それが原因で彼が亡くなったというのです。この内容を告発すると遺族が病院側に訴えました。これに対し、病院側は事を内密に済ませることを条件に、遺族へ600万ドルを支払いました。そのため、当時は大きなスキャンダルになることなく問題が収束したのです。

ニール・アームストロングの功績

月に降り立った宇宙飛行士

では具体的に彼が一体どのような功績を残したのかというところが気になりますよね。もちろん月面着陸については誰もが知っているほどの偉業ですが、実はその他にも彼は歴史に残るレベルの功績を残しているのです。

ここからはアームストロングの残した功績の中から3つご紹介していきます。

功績1「人類初の月面略陸に成功」

アームストロング最大の功績は、人類初となる月面着陸を成功させたことです。アポロ11号から月に降り立ったのは彼を含めて2名、その後の歴史を見ても月に着陸した人間はたった12名です。そしていまだに月面に足を踏み入れる13人目は現れていません。

もちろん月を歩いた時の感触を知っているのも彼らだけです。彼らの感想によると、月の表面は細かい粉のようでかなり滑らかであるといいます。

アームストロングが月に降り立つ瞬間は世界中で生中継され、リアルタイムで約6億人が中継に釘付けになっていました。これは当時の視聴数としては異常に高い記録です。この数字からアポロ計画がいかに人類の夢が詰まった取り組みであったかがわかりますね。

功績2「史上初の宇宙船ドッキングに成功」

人工衛星

1966年、アームストロングはジェミニ8号という宇宙船の機長として初の宇宙飛行に挑みます。彼の任務は無人衛生のドッキング作業であり、それが成功したら史上初の快挙ということで大きな注目を集めていました。

打ち上げから6時間ほどでドッキングの対象となるとアジェナに到達したアームストロングは、慎重に作業に取り掛かりました。繊細な機器を絶妙なタイミングで操作しなければならないドッキング作業は、彼の神経を相当すり減らしたと考えられます。

結果的にドッキング作業は見事に成功しました。彼が「ドッキング終了、実にスムーズだったよ」と管制室に伝えた瞬間、管制室では歓声が上がったといいます。

功績3「大惨事からの生還 」

ボロボロの宇宙船

ジェミニ8号に搭乗し、史上初の宇宙空間での衛生ドッキングを成功させたアームストロングでしたが、直後この作業以上に大きな試練が彼らを待ち受けていました。

ドッキングから27分が経った頃、彼らが乗っている機体がゆっくりと回転していることに気が付いたのです。アームストロングは落ち着いて姿勢制御用推進装置を作動させ、機体の回転を止めました。しかし、それでも数分後には再び機体が回転し始めます。

アジェナに問題があると察した彼は、瞬時にアジェナと機体を切り離す判断をしました。ところが切り離された後の機体はさらに回転を加速させていき、毎秒2回転という恐ろしい速度で回転し続けたのです。

激しい回転により視界がぼやけ意識も朦朧とする中で彼は、手動制御装置を巧みに操作し機体の回転を止めることに成功。なんとか地球への帰還を果たしました。

極限の状態でも瞬時に正しい判断をする冷静さと、目が見えなくても全てのスイッチの位置を正確に把握するほどの徹底した訓練により、今回の大惨事を切り抜けることができたのです。この功績は後々アームストロングがアポロ11号の船長に抜擢される大きな要因となりました。

アームストロングの名言

アームストロングの名言といえば、誰もが知っているあのセリフです。

「これは一人の人間にとっては小さい一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ」

痺れますね。アームストロングのたった一歩が、人類の技術の飛躍を表している、とてもかっこいい言葉です。

彼自身は「月に降りた直後に思いついた言葉だ」と主張していましたが、彼の弟であるディーンによって、この言葉が事前に準備されていたものだと明らかになりました。2人でボードゲームをしている際に紙に書かれたあの言葉を見せられたといいます。

また、この名言を発した際、彼の文法が間違っていたことがわかりました。

実際の音声を聞いてみると「1人の人間」という意味である“a man”という言葉の“a”が抜けています。“man“だけだと「1人の人間」ではなく「人類」という意味になります。それにより「これは人類にとっては小さい一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ」という文章になっていまったのです。

本人は「ちゃんと“a man”と言った」と発言しており、録音ミスなのか彼自身のミスなのかは謎ですが、なんだかほっこりするエピソードですね。

アームストロングの人物相関図

アームストロングの人物相関図

こちらの図はアームストロングに関連した人物相関図です。アームストロングは宇宙飛行士引退後、グライダー飛行を楽しみました。そのためグライダー関係者と濃い関わりがあるのです。

また、各々が遂行するプロジェクトでも密接な繋がりがありました。その中でもアポロ計画に直接的な繋がりのある人物は「ヨッキム・キュットナー」「ヴェルナー・フォン・ブラウン」の2人です。

ヨッキム・キュットナーは、アポロ計画においてはシステムシステムインテグレーターとして計画に貢献しました。簡単に言えばシステムを統合する技術者で、高度な知識や技術が求められる仕事です。

そしてヴェルナー・フォン・ブラウンは、サターンロケットの開発を主導した人物です。サターンロケットとは、液体燃料を搭載したロケットのことで、アポロ計画ではこのロケットが使用されていました。

このようにアームストロングだけでなく、トップレベルの様々な人材が力を総動員したことにより、月面着陸が実現したのです。

アームストロングにまつわる都市伝説・武勇伝

ここからはアームストロングにまつわる都市伝説や武勇伝をご紹介していきます。思わず「すごい!」と思ってしまうものから「それ本当?」と疑ってしまうようなものまでご用意しました。

都市伝説・武勇伝1「アームストロングと名付けられた小惑星がある」

小惑星

1982年にチェコの天文学者であるアントニーン・ムルコスはとある一つの小惑星を発見しました。その小惑星にはなんと「アームストロング」という名前が付けられています。もちろんニール・アームストロング船長に因んで名付けられた惑星です。

というのも、小惑星が発見された際の名前は人名や地名などが命名されることが多く、その中の一つが「アームストロング」と名付けられたというわけです。とはいえ、小惑星の名前に選ばれるというのは、相当大きな偉業を成し遂げない限りはありえません。

他に小惑星の名前として付けられた人名を挙げると以下のとおりです。

このように教科書に載るレベルの偉人が多く、いかにアームストロングが人々に与えた影響は大きいかということがわかりますね。

都市伝説・武勇伝2「月面着陸は嘘だった?」

月面の足跡

偉業を成し遂げたアームストロングですが、その後なんと「彼の月面着陸は嘘だったのではないか」という噂が立ち始めました。本当は月へ行っていないのに、アメリカの技術力を誇示するために月へ行ったという事実を捏造していたというのです。もし本当にそうなら大問題ですよね。

では一体、何を根拠にそのような噂が広がったのでしょうか。アポロ11号の乗組員が月で撮影した写真の中に、月面着陸捏造の証拠となるものが写っているといいます。それがこちら。

月面で撮影された星条旗

こちらの写真は、月の表面にアメリカの国旗を立てた様子を撮影したものです。もしも宇宙空間であれば大気がないため、風が起こることはありえないのですが、こちらの写真では旗が風によってはためいているように見えます。

実際のところ、こちらの旗は風になびいていたのではなく、「シワのある状態で止まっていただけ」だったことがわかりました。

他の星が写っていないことやクレーターが写っていないことから、「砂漠で撮った写真ではないか?」と疑われたこともありましたが、宇宙飛行士たちが実際に撮影を行った「FULL MOON」という写真集によって月面着陸は事実であることが明らかとなっています。

都市伝説・武勇伝3「アームストロングは月で宇宙人を見た?」

謎に包まれた惑星

こちらはかなり大胆な都市伝説ですが、アームストロングは月で宇宙人の存在を確認していたかもしれないというのです。

アームストロングは月に降り立った時、「彼らがいる。彼らはクレーターの淵に宇宙船を止めて、我々を見ている」と語ったそうです。

また、NASAで科学者を務めるノーマン・バーグラン博士は、アポロ11号のフライト写真の中に、乗組員だけでなく身長2mほどある全身が黒い人型の生物が写っていることを確認したといいます。

アームストロングが語った「彼ら」は宇宙人である可能性が非常に高いと思われますが、真相についてはよくわかっていません。

アームストロングの簡単年表

1930年 - 0歳
アームストロング誕生

アームストロングはアメリカのオハイオ州に生まれましたが、父の仕事の都合で引っ越しが多く、14歳になるまでに20もの街に移り住んだといいます。ボーイスカウトに所属していた彼は、イーグルスカウトという最高ランクに選ばれるほどのエリートでした。

1947年 - 17歳
パデュー大学で航空工学を学ぶ

アームストロングはパデュー大学大学に入学し航空工学を学ぶことにしました。実はマサチューセッツ工科大学にも入学を認められるほどの学力があったのですが、それでもパデュー大学の方が航空工学について良い教育を受けられると判断したのです。

1949年 - 19歳
海軍で飛行訓練を受ける

海軍に入隊した彼は、約18ヶ月に及ぶ訓練の末、1951年から実戦の場で飛行することになりました。彼の実戦での飛行回数は78回で、その間何度も危険な目に遭いましたが、冷静で的確な判断によりいずれも生還を果たしています。海軍を抜けた後は、再びパデュー大学に戻り2年間学業に励みました。

1955年 - 25歳
テストパイロットとして勤務

大学を無事卒業した後、彼はテストパイロットになることを志願します。テストパイロットとは、新型の戦闘機や爆撃機などを操縦し、その性能を確かめる職業です。もちろん試験用なので、飛行中に様々な不備が見つかります。

ここでも彼は、突然のエンジン停止など様々な危機を経験します。そんな状況すらも生き抜いた彼の実力は本物でした。

1965年 - 35歳
ジェミニ8号の船長に任命

アームストロングがジェミニ8号の船長に任命された翌年、1966年に史上初となる宇宙船のドッキング作業が行われました。

彼の手によりドッキングが成功したかに見えたその時、突如機体が回転するというトラブルに見舞われます。少しの判断ミスで乗員の命が失われる状況の中、的確な判断で地球への帰還を果たしました。

1968年 - 38歳
アポロ11号の船長に任命

アポロ計画に参加することが決まってから、彼は月面着陸を成功させるための訓練を積みました。月の重力に近い状態を再現し、機体を着陸させる訓練を行なったのです。ここでの経験が、のちの月面着陸成功に大きく貢献することになったといいます。

1969年 - 39歳
人類初の月面着陸成功

ついに彼は人類の夢である月面着陸を成功させました。着陸船の燃料は残り30秒分しか残っておらず、かなりギリギリの着陸でした。月に降り立ってみると、想像していたよりもずっと身動きが取りやすく、地表は滑らかな粉のようになっていたと言います。

2012年 - 82歳
ニール・アームストロング死去

アポロ11号の帰還後、彼は宇宙飛行士の引退を決意します。その後の人生は大学で宇宙工学の教授として活動したり、農作業をしたりと自分のやりたいことをして過ごしました。1994年には人生で2度目となる結婚をしています。そして2012年、82歳で彼はその生涯を終えました。

アームストロングの年表

1930年 – 0歳「アームストロング誕生」

夢を持つ少年

幼少期の夢は航空デザイナー

アームストロングは、幼少期の頃はまだ宇宙飛行士は目指しておらず、航空デザイナーになることを夢見ていました。小学生の頃から精巧な飛行機の模型を作るのが得意だったそうです。

幼少期からのその熱中ぶりが、のちのテストパイロットや宇宙飛行士の役に立っているのでしょう。

ボーイスカウトでの実績

彼はボーイスカウトの所属していたのですが、その実績も凄まじいものでした。14歳の頃にはボーイスカウトの中でも最高ランクの「イーグルスカウト」の位を獲得したのです。

それだけでなく、成人してからは、アメリカの中で最も栄誉とされる「ボーイスカウト・オブ・アメリカ」にも選ばれています。この当時から一度熱中したらとことんやり抜く情熱や、努力を一切惜しまないストイックな性格が、最高の結果となって現れていますね。

1947年 – 17歳「パデュー大学で航空工学を学ぶ」

勉強に励む日々

航空工学を学ぶ日々

アームストロングは航空工学を学び、機体の構造について知り尽くしていました。大学での成績は前半2年間こそ一般の生徒と同じくらいのものでしたが、後半2年間で目まぐるしい努力をして巻き返していきました。

航空の知識が豊富な彼は、映画などを観ていて途中に飛行機が登場すると、いつも「動きがおかしい。タイヤが違う」と気になって仕方がなかったそうです。それほどまでに正確に機体について記憶していたことからも、彼の勤勉さが伺えますね。

海軍に入隊・実戦経験

海軍に入隊して1年半ほど経過した時、アームストロングは実践の場に出ることになります。彼の初めての飛行は朝鮮戦争での偵察機の護衛でした。初の実戦から5日ほどたった日に、なんと敵の攻撃により機体が墜落してしまいます。

いきなり窮地に追い込まれた彼ですが、射出座席から間一髪のところで脱出しました。

1955年 – 25歳「テストパイロットとして勤務」

テストパイロット時代のアームストロング

超優秀なテストパイロットだった

アームストロングはテストパイロットの中でも超優秀な実力を持っていたと言われています。他のテストパイロットからは、「X-15の中で最も技術の高い男」「どんな事態でも決して慌てないクソ度胸の据わった男」などと言われていました。

技術面でも精神面でも、誰もが認めるトッププレイヤーだったようですね。

1965年 – 35歳「宇宙飛行士になる」

笑顔でこちらを向くアームストロング

志願書の提出期限が切れていた

宇宙飛行士募集の知らせを知ったアームストロングは、すぐに志願書を提出しました。宇宙飛行士になるというのは彼にとってもすごく夢のある話だったのです。ところが彼が志願書を出した時、実は提出期限をすでに過ぎていました。

ではなぜ宇宙飛行士になれたのか。実は、彼の能力を知っていた空軍のディック・デイという人物が、期限切れの志願書を他の志願書の中に紛れ込ませておいたのです。これがなければアームストロングが宇宙飛行士になることはなかったでしょう。

ジェミニ8号・11号

ジェミニ8号でのドッキング成功、その後トラブルに見舞われながらの奇跡の生還を果たした彼は、帰還から2日後にジェミニ11号の船長に選ばれました。11号でも見事にドッキングを成功させ、今度は無事に地球へと帰還しました。

1969年 – 39歳「人類初の月面着陸に成功」

月面着陸に成功

分刻みのスケジュール

アポロ11号から月に降り立ったのはアームストロングと、エドウィン・オルドリンの2人です。もう一人の乗船員であるマイケル・コリンズは彼らが月面を探査している間、機内で待機していました。

月面に降り立った彼らは最初こそ喜びを表に出したものの、すぐに次の作業に取り掛かりました。月面での行動は分刻みにスケジュールによって管理されており、グズグズしている暇など全くなかったのです。しかしそんな中でも彼らは完璧にスケジュールをこなしていきます。

宇宙船の燃料も、着陸できるギリギリの量に設定しており、あと17秒で燃料切れになるところでした。しかし、少ない燃料でも落ち着いて着陸するための訓練を積んでいたため、冷静で完璧な着陸ができたのです。

2012年 – 82歳「宇宙飛行士引退後の人生」

引退後のアームストロング

宇宙飛行士を引退後、サインを受け付けなかった

月面着陸という偉業を成し遂げた後、当然ながら彼のもとにサインを求める声が殺到しました。最初はその声に応えサインを書いていましたが、サインを高額で売買する人が現れたり、偽物が出回るようになったりしてしまったため、サインを断るようになったといいます。

彼の態度に対して不満を漏らす声も上がりましたが、ファンへの被害を減らすために徹底したサイン拒否を貫き通しました。

アームストロングの関連作品

おすすめ書籍・本・漫画

ファーストマン – 初めて月に降り立った男、ニール・アームストロングの人生

アポロ計画について数々のデータを用いて、できる限り正確に当時の状況を説明した伝記です。

作品は上・下の2巻で構成されていて、上巻では主にアームストロングという人物についてよく理解できる内容になっています。下巻では月面着陸の具体的な内容や、その後の彼の人生について紹介されています。

ニール・アームストロング: 人類史上初めて月に降り立った宇宙飛行士

こちらはアームストロングの一生を描いた漫画です。アポロ計画だけでなく、幼少期から死の直前まで、正確かつ詳細に彼の生涯が記載されています。

漫画なのでスラスラと読み進めることができ、子供から大人まで楽しく読める一冊でした。

FULL MOON

アポロ計画が進行する中で撮影された3万2000点に及ぶ写真の中から、厳選された129点を掲載している超貴重な写真集です。

公に公開されている画像のほとんどが、複写に複写を重ねて粗くなっているのに対して、この写真集は全てオリジナルの写真を使用しているため非常に鮮明であり、迫力のある一冊になっています。

おすすめの映画

ファースト・マン

アームストロングたちがアポロ計画を成功させるために奮闘する様子をリアルに再現した映画です。

ただ事実を知るだけでなく、苦悩や葛藤、勇気ある決断など、当時の宇宙飛行士たちが抱いていたであろう感情を見事に描いています。大迫力の映像とともに、孤独に戦い続けるアームストロングのドラマは感動すること間違いなしです。

アポロ11 完全版

アポロ11号が月に行く前後の物語を、実際に撮られた映像や音源を使用して伝えるドキュメンタリー映画です。当時のリアルな空気感が伝わってきて非常に興奮しました。

当時の膨大な音声記録やフィルムをもとにしていますが、50年前とは思えないほど鮮明に聞こえることに感動します。アポロ計画やアームストロングについて興味がある方は、観て絶対に損しない作品と言えるでしょう。

アームストロングについてのまとめ

いかがだったでしょうか?今回はニール・アームストロングの生涯についてまとめました。

海軍時代から始まり、テストパイロット時代、宇宙飛行士時代を通して、何度も死の危険に直面したにもかかわらず、彼はその全てを切り抜けてきました。

それは決して彼が強運の持ち主だったからではなく、類まれなる操縦技術を持ち、どんな場面でも冷静さを保つ強靭なメンタルが備わっていたからでしょう。

今回の記事で彼の魅力が少しでも伝われば幸いです。最後まで読んでいただきありがとうございました。

コメントを残す