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孔子とはどんな人?生涯・年表まとめ【論語や思想、性格や名言、弟子たちも紹介】

孔子は、中国や東アジアで最大の宗教となった儒教の創設者です。特に中国では、孔子が生まれた紀元前5世紀から現代に至るまで孔子の思想が受け継がれており、中華思想の骨幹として定着しています。

孔子は「儀礼を重んじ、親や兄弟、目上の人や友人を大切にする」という思想を持っていました。その孔子の考えが儒教の根幹となっており、ひいては私達アジアの国々の人々の道徳観につながっているのです。

孔子の肖像画

そんな孔子の教えは、中国はもちろんのこと、韓国や日本でも現代まで受け継がれています。日本では、江戸時代を中心に朱子学として孔子の思想が研究されていました。孔子の思想は「論語」の中で現代でも読むことができます。論語には、我々が知らず知らずのうちに当たり前に染み付いている思想が多く書かれており、いかに我々の文化や道徳観に儒教が溶け込んでいるかを知ることができるでしょう。

この記事では、中国史マニアである筆者が「孔子の思想や功績、性格や武勇伝」について、孔子の生涯に触れながら紹介していきたいと思います。孔子や論語という名前は聞いたことがあるけれども、その内容についてはあまり知らないという方は、ぜひこの記事を読んでみてください。

孔子とはどんな人物か

名前孔子(本名は孔丘)
誕生日紀元前552年
没日紀元前479年
生地魯国昌平郷(現在の山東省曲阜)
没地魯国曲阜
配偶者幵官(けんかん) 氏
埋葬場所魯国曲阜

孔子の生涯をハイライト

孔子の銅像

孔子の生涯について、はじめに簡単にご説明したいと思います。

  • 紀元前552年、魯国昌平郷に生まれる
  • 19歳で幵官(けんかん) 氏と結婚
  • 28歳ごろに魯国に仕官。最初は倉庫番の仕事を行う
  • 36歳のころに斉国への亡命を経て、弟子を取るようになる
  • 51歳のころに大司寇(最高裁判官)の職につく
  • 55歳のころに魯国から亡命。各国を周遊する旅に出る
  • 紀元前479年、74歳にてその生涯を閉じる
  • その後も孔子の教えは儒教として現代に至るまで中国や東アジアで受け継がれる

孔子が持っていた思想とは?

日本の湯島聖堂にある孔子像

孔子が生まれた魯という国は、周公旦という周王朝を作った一族が納める地でした。周公旦は儀式における礼を重んじ、周王朝の礼制を定めた人物です。

孔子は、幼い頃から自国の英雄である周公旦にあこがれを持っていましたが、当時は礼儀作法がなおざりにされつつありました。そのような中で孔子は、周公旦の理想を復活させるという思いを持っていました。

孔子の思想は、具体的には以下のようなものです。これらの思想は、そのまま儒教の考えとして引き継がれています。

  • 仁:人を思いやること。
  • 義:私欲にとらわれず、やるべきことをすること。
  • 礼:人を思いやるための具体的な行動のこと。
  • 智:ただ学問に励むだけでなく、道徳観を持った判断力を持つこと。
  • 信:真実を告げ、約束を守り、誠実であること。

孔子の意思を受け継いだ弟子たち

孔子の一番弟子であった顔回

孔子は多くの弟子を持っていました。その中でも優れた能力をもった弟子たちは、「孔門十哲」と呼ばれていました。特に有名な弟子として、顔回や子路などがあげられます。

彼らは孔子が死んだ後もその考えを語り継ぎ、論語として文章にまとめ上げました。その結果、儒教は中国の国教として長い間国家に保護され、今もなお中華民族のメンタリティの一部となりました。

孔子は多くの友人がいる「人思い」な性格だった

孔子のイメージ画

仁徳や礼儀を重んじる儒教を作り上げた孔子ですが、その性格はやはり人と人との関係を重んじるものだったといわれています。

孔子には多くの友人がいたそうです。弟子も多く取っており、多くの弟子たちは孔子の人間性にほれ込んでいたといわれています。

孔子の功績

功績1「中華思想の根幹である儒教の創設者」

台湾にある孔子廟

孔子は、中国をはじめとした東アジアで最大の思想である儒教の創始者です。儒教は、礼儀作法や父母や目上の人を重んじる中華思想の根幹となっているといえるでしょう。

また、同じ東アジアの韓国や日本にも儒教は影響を与えています。儒教の考え方は日本にも輸入されており、特に江戸時代には朱子学として流行しました。

功績2「今も読みつがれる論語を生み出した」

論語か描かれた書物

論語は孔子の言葉をまとめた逸話集です。現代においても論語は読み継がれており、論語をもとにした言葉も多く存在します。

たとえば、「切磋琢磨」といった言葉や、「温故知新」「不惑」なども論語からの故事成語です。我々が当たり前に使っている言葉も、孔子が生み出したものなんですね。

孔子の名言

過ちて改めざるを、これ過ちという。

「過ち(あやまち)」という言葉は、「過ぎた」という感じが充てられています。何事もやりすぎはよくないというのが、孔子の考えでした。

学びて思わざれば、すなわちくらし

孔子は、ただ単に知識を身に着けるだけではよくないと考えていました。学ぶだけではなく、よく考えることで、物事の道理を身につけることができるのです。

良薬は口に苦くして病に利あり 忠言は耳に逆らいて行いに利あり

「良薬は口に苦し」ということわざを知っている人は多いと思いますが、この言葉には続きがあります。良薬が苦くてよく聞くのと同じように、人からの忠告は耳が痛くなりますが、利のあることのだということを孔子は伝えたかったのです。

孔子にまつわる都市伝説・武勇伝

都市伝説・武勇伝1「儒教は長年の間、中国の国教となった」

論語の解説書

儒教は2000年以上の期間にわたり、中国の国教となりました。時代によって大小はありましたが、おおむね歴代の皇帝や支配者たちは儒教を保護し大切にしてきました。

現在でも、儒教の考え方は多くの中華民族や東アジアの諸国家における思想の根幹となっているといえます。

都市伝説・武勇伝2「釈迦・キリスト・ソクラテスとならび四聖人と言われる」

お釈迦様の仏像

世界において大きな影響を与えた宗教はいくつかあり、例えばキリスト教やイスラム教、仏教があげられます。

]儒教は、それらの宗教と同じく世界に大きな影響を与えました。この功績をもとに、孔子はイエス・キリストやムハンマド、ゴウタマ・シッダールタと並び、世界の四聖人と呼ばれています。

都市伝説・武勇伝3「20世紀まで続いた科挙の試験科目となった」

科挙の様子

中国は長年にわたり官僚国家でした。そして、官僚になるためには「科挙」と呼ばれる高難易度の試験に受かる必要がありました。

この科挙は、隋の時代から20世紀の清まで、約1300年にわたり長い間行われてきましたが、その試験内容の中心は孔子の思想の理解を確認することでした。

中国で出世するためには、孔子の思想の理解が欠かせなかったといえます。

孔子の簡単年表

紀元前552年 - 0歳
孔子が生まれた山東省の曲阜にある孔子廟

孔子は紀元前552年に中国の魯国に生まれました。孔子は没落した貴族の家の生まれで、農村部の家に住んでいたといいます。3歳のときに父をなくし、母と兄弟とともに魯国の首都である曲阜に移住しました。

紀元前525年 - 28歳
魯国で仕官し官僚となる
中国の官僚

孔子は成人後、生まれ育った魯国の官僚となりました。最初は倉庫を管理する仕事に、その後は牧場を管理する仕事についたといいます。その後、その才覚が認められ魯国内で出世をしていきます。

紀元前501年 - 51歳
魯国の最高裁判官となる
裁判官のイメージ

孔子が51歳のときに、大司寇(いわゆる最高裁判官のような仕事)の役職につきました。このときには多くの弟子たちを抱えた一大勢力となりました。孔子の思想を後世に残した弟子たちは、このときに孔子の教えを受けていました。

紀元前497年 - 55歳
13年間も放浪した

一時は官僚として高みに上り詰めた孔子でしたが、突如その職を辞して旅に出ます。孔子が職をやめた理由は諸説ありますが、国政に嫌気がさしたからとも言われています。そして、13年にわたって諸国を放浪します。

紀元前479年 - 74歳
孔子の弟子である董仲舒

孔子は74歳でその生涯を閉じ、魯国の曲阜の城北の泗水のほとりに葬られました。

しかし、孔子の思想は孔子の死によって失われることはなく、顔回らの弟子たちや、孔子の考えを発展させた孟子達によって広がりを見せていきました。

時期不明
論語の写本

孔子の死後、弟子たちは孔子の言行録を論語としてまとめました。論語の成立時期は不明ですが、現在の形式の論語は戦国時代に作られたと言われています。現代でも、論語は広く読みつがれていますね。

孔子の年表

紀元前552年 – 0歳「魯国に生まれる」

山東省の曲阜の孔子府

没落貴族の家に生まれた孔子

孔子は紀元前552年に中国の魯国に生まれました。孔子は没落した貴族の家の生まれで、農村部の家に住んでいました。孔子が3歳のときに父をなくしたこともあり、母と兄弟とともに魯国の首都である曲阜に移住しました。

若くして両親を失う

父を早くに亡くした孔子でしたが、17歳のときには女手一つで子どもたちを育ててきた母も失ってしまいます。孤児となった孔子でしたが、その中でも勉学に励んで礼学について学んだといいます。

孔子には特別な師匠はいなかったと言われていますが、論語の中で「夫子はいずくにか学ばざらん。しかも何の常の師かあらん」という言葉のとおり、特定の師にがいたわけではないものの、誰からでも学んだと言われています。

紀元前525年 – 28歳「魯国で仕官し官僚となる」

中国の古代官僚

下級役人から出生をしてく孔子

孔子は生まれ育った魯国の官僚となりました。最初は倉庫を管理する委吏という仕事に、その後は牧場を管理する乗田という仕事についたといいます。その後、その才覚が認められ魯国内で出世をしていきます。

クーデターにより斉国へ亡命する

魯国の王は名ばかりの王であり、配下たちが実権を握っていました。王の儀式より配下たちの儀式のほうが華美であったことから孔子は憤慨していたといいます。

その後、魯国の王は実権を取り戻すためにクーデターを起こしましたがあえなく失敗します。そして、王は斉国に追放されていまいます。孔子も王に従い斉国へ亡命することになりました。

紀元前517年 – 36歳「弟子を取り始め、教育を開始する」

孔子の弟子の一人である子路

斉国への亡命から帰国する

その後、孔子は無事に魯国へ帰国することができましたが、国王を失った魯国の官僚に復帰することは望みませんでした。孔子は官僚とはならず、自由な身分として本格的に弟子を取りはじめ、教育を開始します。

この頃に、特に名声が高かった「孔門十哲」および「七十子」と呼ばれる弟子たちが集まりました。そして、論語に登場するエピソードもこの時代のものが多いです。

紀元前501年 – 51歳「最高裁判官の職に就く」

裁判官のイメージ

孔子が官僚に復帰する

実は孔子が亡命から帰国し、弟子を取り始めたあとに、どのように官僚に復帰していったかはあまり良くわかっていません。しかし、紀元前501年、孔子は大司寇という最高裁判官の職についたことが記録として残っています。

孔子は、高位の官職についたあとも、その思想に基づき王を中心とした政治を模索し続けます。専横を振るう配下たちの力を削ぐために、外交や内政で活躍しました。

紀元前498年 – 55歳「職を辞し、放浪の旅へ」

孔子の弟子である朱熹

各国を放浪する

一時は高位の官職についた孔子でしたが、突如その職を辞して旅に出ます。孔子が職をやめた理由は諸説ありますが、国政に嫌気がさしたのが原因であるとも言われています。そして、13年にわたって諸国を放浪します。

まず孔子は衛国に訪れ、5年ほど滞在しました。そして紀元前493年に衛国を発った孔子は、晋に向かったものの、衛にいったん戻り、曹へ向かおうとして宋で妨害され、鄭へと逃れ、陳に向かい、蔡に訪れ、と各国を放浪することになります。そして、その後は再び衛へと戻り、紀元前484年に魯国に帰国するまでは衛国に滞在し続けました。

魯国への帰国

紀元前484年、孔子は69歳の時に13年の放浪生活を経て魯国に帰国しました。その後は、詩書など古典研究を行ったりして過ごしました。

そのころも魯国では官僚として食についており、王に対して助言をすることもあったそうです。

紀元前479年 – 74歳「その生涯を閉じる」

孔子の墓

孔子の死と死後の思想の広がり

孔子は74歳でその生涯を閉じ、魯国の曲阜の城北の泗水のほとりに葬られました。

しかし、孔子の思想は孔子の死によって失われることはなく、顔回らの弟子たちや、孔子の考えを発展させた孟子達によって広がりを見せていきました。そして、2000年以上たった現代まで受け継がれていくのです。

時期不明 -「弟子たちは孔子の言行録を論語としてまとめる」

論語の注釈本

孔子の思想は弟子たちに引き継がれる

孔子の死後もその思想は死に絶えることなく、弟子たちに受け継がれていきました。弟子たちは、孔子の言行録を論語を始めとした儒教の経典としてまとめました。儒教の

論語は、儒教の中でも特に重要な経典として位置づけられています。孔子の思想のエッセンスが詰まった論語は、古代から近代中国において重要視され、科挙の試験科目にもなっていました。現代においても論語は読みつがれており、大切にされています。

孔子の関連作品

おすすめ書籍・本・漫画

論語 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典

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孔子伝

孔子の生涯について学者の方が描かれた一冊。孔子がどのような人生を送ったのか、どのようにして儒教が生まれたのかを知りたい方におすすめです。

孟子 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典

孔子と孟子の教えを合わせて孔孟の教えといいますが、儒教について知るためには、孔子の教えをさらに深掘りした孟子の思想も合わせて知ることが大切です。本作は孟子について優しく知ることができる一冊です。

孔子や論語をよく知れるおすすめ本6選【入門から上級まで】

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孔子

2011年に中国で制作された、全38話の長編ドラマです。孔子の生涯を中国の広大な大陸をロケ地として描いた一作です。

関連外部リンク

孔子についてのまとめ

この記事では、孔子についてその生涯や年表、論語や孔子の思想について、さらにその弟子たちについても紹介しました。孔子の考えは、中国はもちろん日本においても広く浸透していると言えるでしょう。

そんな孔子の生涯や思想を知ることで、私達がどのような文化の中で生活しているのか知ることができるかもしれませんね。孔子について気になった方は、ぜひ論語などの本を読んでみることをおすすめします。

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