ジェフリー・ダーマーの逮捕――なぜ犠牲者が増えたのか――
記録上、17人もの男性を殺害し、死体を損壊した罪で逮捕されたジェフリー・ダーマー。しかし、彼の犯行は、後期になるほど行き当たりばったりのものが増え、少し捜査すればジェフリーを逮捕できたかもしれない事件も存在しています。
特に、1991年5月のラオス人の少年の事件はそれが顕著であり、この事件は警察組織の怠慢や、有色人種に対する差別が根底にあるずさんな捜査だったとして、ミルウォーキー警察という組織が、アメリカ中から非難されることとなってしまいました。
また、ジェフリーの犯行は後期に至るにつれて場当たり的になっていきますが、最初の頃から別段難解で頭脳的なものではなく、多少の捜査を行えば解決できただろう部分も多く見受けられていると言わざるを得ません。
ジェフリーの殺人衝動を育てたのが、周囲の無関心や偏見によるものだとすれば、ジェフリーの犯行をみすみす見逃し犠牲者を増やす結果を生んだのも、周囲の無関心や偏見によるもの。どうにも皮肉な構図ではありますが、この部分も社会問題として考える必要がある事柄でしょう。
食人鬼の皮肉な最期――”神”の手に死す――
殺人の罪を暴かれ、936年の禁固刑――実質的な終身刑としてコロンビア連邦刑務所に収監されることになったジェフリー・ダーマーは、元FBI捜査官のロバート・K・レスラーとの対談などを経つつ、素直に犯行を認め、粛々と刑に服していたようです。
そして、1994年の11月28日、彼はシャワールームの清掃作業中に、同じ作業をしていた黒人収容者、クリストファー・J・スカーヴァーによって撲殺され、この世を去ることになりました。
逮捕されたクリストファーは、ジェフリーを殺害した動機について「自分は神の子であり、父から彼を殺すように申し付けられた」と意味不明な供述を繰り返したため、その動機の真相は現在もわかっていません。ただ、ジェフリーの被害者に黒人男性が多かったことから、人種差別に関する意思が存在していた可能性があると、現在では考えられています。
ともかくこうして、ジェフリー・ダーマーという殺人鬼は、様々な社会問題を意図せずに提起する形で、この世を去ることになったのでした。
ジェフリー・ダーマーを扱った映画、音楽
ジェフリー・ダーマーの殺人や、それに伴う一連の事件は、ショッキングであると同時に社会に大きく影響を与えました。そのため、ジェフリー・ダーマーを描いた映画作品や、彼の事件にインスパイアされた音楽もいくつか存在し、不謹慎とも取れますが、その怪しい魅力で人々を引き付けています。
映画に関しては、日本で発売されているだけで3本。音楽についても3曲が存在し、いずれもジェフリーの所業にインスパイアされた怪しい魅力で、それらを好む層に評価を受けているようです。マニアックなホラーやメタル音楽を好む方であれば、一度触れてみてほしいと思います。
作品それぞれの紹介については、ページ下部の『ジェフリー・ダーマーの関連作品』にて紹介させていただきますので、ぜひそちらも併せてごらんになっていただければ幸いです。
また、大人気となったホラー作品『羊たちの沈黙』に登場する連続殺人鬼、ハンニバル・レクター博士のモデルとなったのは、一説によればジェフリーであるとも言われています。
アンソニー・ホプキンスやマッツ・ミケルセンが演じる、理知的でありながら凶暴な二面性を秘めた殺人鬼の中にも、ジェフリー・ダーマーという食人鬼の存在が息づいていて、それが我々にひと時のスリルを与えていることも、ある種の業深さを感じさせるような気がします。
ジェフリー・ダーマーの遺した言葉
いつも相手と深く知り合うことを避けていた。そうすることで、相手を生き物だと思わずに済んだ。
逮捕された後、元FBI捜査官のロバートとの対談で語った言葉です。
ジェフリーと言う人物の対人関係の築き方が、成熟しきっていなかったことを象徴するような言葉です。彼の異常性を示すと同時に、最初の事件が彼に刻んだトラウマの深さを象徴する言葉だと思います。
こんなことをやってはいけないという思いが消えたことは一度もない。
これも、ロバートとの対談で語った言葉です。
罪悪感が存在したにもかかわらず犯行を続けた矛盾と、どこか物悲しさを感じる言葉のように思えます。同情できる人物ではありませんが、何とも複雑な気分になる言葉です。
ウィスコンシン州がよこした心理学者も同じことを聞いてきた。僕は世の中のためにならない人間を殺しているつもりだったのかと。僕は一度もそんなことを思ったことはない
ロバートからの「こいつは殺されても仕方がない、と考えて殺したことはあるか」という問いに対する、強い否定の言葉です。
倒錯した彼の感覚が読み取れる言葉ですが、幼少期を知ってしまうと何処か物悲しい、どうにも複雑な気分にさせられてしまう言葉だと思います。
ジェフリー・ダーマーにまつわる都市伝説・武勇伝
都市伝説・武勇伝1「『オックスフォード・アパートメント213号室』~悪夢の神殿~」
ジェフリー・ダーマーによる殺人は、そのほとんどが彼の自室――オックスフォード・アパートメント213号室で行われました。逮捕当時のジェフリーの部屋が、地獄のような惨状を極めていたことは先述した通りですが、何よりそこから漏れる異臭もすさまじかったようで、部屋の捜索を行った警察は、防毒マスクを手放すことができなかったとの記録も残されています。
そんな彼による犯行現場の部屋は、誰が言いだしたのかは不明ですが「ザ・シュライン・オヴ・ジェフリー・ダーマー(ジェフリー・ダーマーの神殿)」という名前で語り継がれることとなり、今も犯罪史上に残る伝説として、その年表に名前を残しています。
2020年現在、犯行現場となったオックスフォード・アパートメントは解体され、今では見る影も残っていません。現在はチェーンフェンスで囲まれた草原だけが、その場所で静かに犠牲者を悼んでいるようです。
都市伝説・武勇伝2「おぞましいロボトミー手術の記録」
「食人鬼」という側面が強く印象付けられるジェフリーの所業ですが、その一方で、おぞましいロボトミー手術を試みたという記録も、ジェフリーの異常性を象徴するところだと思います。
ジェフリーはロボトミー手術の方法について、「被害者の頭に生きたままドリルで穴を開け、そこに希塩酸を流し込んで手術を行った」と供述。動機については「知性を消して、思い通りになるゾンビを作ろうとした」と口にしています。
もちろん手術は失敗に終わり、被害者はそのまま死亡してしまったのですが、その苦痛があまりあるものだったことは想像に難くありません。想像するだけで気分が悪くなりそうな事柄ですが、彼の起こした殺人の動機について考えるには、この部分も避けては通れない事柄でしょう。
都市伝説・武勇伝3「『羊たちの沈黙』――受け継がれる人食いのイメージ」
おぞましい殺人鬼として、後年に作られる多くのホラー作品に影響を与えたジェフリーですが、とりわけ大きく影響を与えた作品としては『羊たちの沈黙』が挙げられるでしょう。
作品の中核をなす殺人鬼、ハンニバル・レクター博士は、理知的でありながら凶暴な殺人鬼として描かれ、食人を楽しむ異常性を持つ人物として、作品を鑑賞した多くの人々の頭の中に、鮮烈な印象を残しました。
ホラー映画の殺人鬼としても、それまでの殺人鬼とは一線を画す彼のキャラクター性は、ジェフリー・ダーマーを元にしたとも言われており、そう考えるとジェフリーと言う人物は、「ホラー」というジャンルに新たな分野を開拓するきっかけになったとも言えるでしょう。
ジェフリー・ダーマー自体は決して褒められた人物ではありませんが、彼の所業に着想を得た創作者たちが、多くのすばらしい作品を生みだしているのもまた事実。何とも複雑な気分にはなりますが、そうした観点から作品を見てみると、また違った見え方があるかもしれません。