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世界大恐慌とは?原因と影響、各国の対応について紹介【コロナとの比較も】

「世界大恐慌ってなに?」

「世界大恐慌の原因や影響について詳しく知りたい」

「世界大恐慌とコロナショックを比較して、今後どうなるのか知りたい」

この記事にたどり着いたあなたはこのようにお考えかもしれません。

世界大恐慌とは1929年に発生し、1936年ごろまで続いた世界的な大不況です。2020年にコロナウイルスが蔓延し、株価の動きが大恐慌時と似通っていることから、コロナショック後は世界大恐慌が再来するのでは、とも言われています。

そこでこの記事では

  • 世界大恐慌の原因
  • 世界大恐慌による影響
  • 世界大恐慌時の各国の状況と対応

について解説し、最後にコロナショックと世界大恐慌についての類似点と相違点も紹介していきます。

世界大恐慌とは?

ニューヨーク・ウォール街に集まった人々

世界大恐慌とは、1929年から1933年にかけて、アメリカから世界に広がった経済不況のことです。

きっかけは、アメリカのウォール街でニューヨークの株価が大暴落したことです。当時のアメリカは戦後の好景気で、投資家たちは投資に積極的で、ぐんぐんと株価は上昇していました。

しかし、とある日「お金を注ぎ込みすぎた。このままでは投じた分のお金を取り戻せないかもしれない」と投資家の間で不安が広がり、株価が下がる前に売って利益を確保しようという心理が働いたのです。

結果、1929年10月24日、株価は大暴落しました。これを見た預金者たちは銀行に殺到します。なぜなら、銀行は企業に投資をしていたからです。このままでは預金が引き出せなくなってしまうかもしれない、と思った預金者たちはいっせいに銀行からお金を引き出しました。

預金者たちがお金を引き出したことで銀行にお金がなくなってしまい、どうしようもなくなった銀行は倒産してしまいます。当然、お金を借りていた企業も潰れ、製品を作っていた工場も閉鎖しました。

会社を解雇された失業者は増える一方。財布のひもはきつく結ばれ、物を買う人も減ってしまい、経済はますます悪くなっていくという悪循環に陥りました。

当時、アメリカは世界経済の中心だったため、不況の波は世界中に広がったのです。恐慌は1936年頃まで続き、4人に1人が失業者という状態でした。

世界大恐慌の原因

家を失い極貧生活を送る家族

世界中に多大な悪影響を及ぼした世界大恐慌ですが、なにが原因で起こったのでしょうか?広範囲に被害が渡った原因について、簡単にまとめました。

アメリカに依存していた世界経済

世界中からアメリカへお金が流れ込んでいた

世界大恐慌まで被害が拡大した理由は、アメリカに依存した世界経済です。

第一次世界大戦時、アメリカはヨーロッパへ軍需物資や農産物を輸出し、利益を得ていました。戦争の被害もヨーロッパと比べると少なく、消耗したヨーロッパ各国を抑えて世界で最も裕福な国となっていたのです。

そして、戦後ボロボロになったヨーロッパ各国に対して、アメリカは世界最大の債権国(他の国にお金を貸している国)となりました。そのため、アメリカが破綻したことでお金の供給源がなくなってしまい、世界経済も一緒に破綻してしまったのです。

商品の売れ残りと投資ブーム

実際の経済と株価がどんどん離れていった

世界大恐慌のきっかけとなったのが、アメリカの過剰な生産と投資でした。第一次世界大戦で物を買いたい人が増えたため、アメリカはそれに答える形で設備へ投資していました。

自動車や住宅、ラジオ、洗濯機、冷蔵庫などが大量に生産され、さらにセールスマンなど新しい販売の方法や分割払いなどの信用販売により、消費はぐんぐんと高まっていきます。

しかし消費は増え続けることはなく、1920年代にはほとんどの人に商品が行き渡り、新しく物を買いたいという人が減ってしまったのです。ところが、落ちた消費量に対して生産量は減りません。企業は分割払いや株式によって支えられ、物を買う人がいないにも関わらず商品を作り続けたのです。

本来、この頃の経済状況から考えると株価は上昇から横ばいへ転じるはずでした。しかし、実際の経済状況を無視して株価は上昇し続けたのです。多くの人はこれに気がつかず、株式へと投資をし続けていました。

なぜ多くの人が株式へと投資していたのかというと、この頃のアメリカには世界中のお金が流れこみ、余った資金が投資へと回されて株式投資ブームがきていたからです。買えば必ず儲かるということで、株を購入する人が大勢いました。

実態から離れた株価は危ういバランスを保ち、やがて崩れます。株価と経営状態が釣り合っていないことに気づいた人が出てきたからです。一部の投資家による株の売りで、株価の上昇はストップしました。

そうして1929年10月24日、「暗黒の木曜日」に、不安にかられた人々たちから株の売却が殺到し、世界大恐慌が始まったのです。

作物の作りすぎによる農業不況

作物の価格が下がり、農家は生活できなくなっていった

一方で農業不況も、アメリカ国内の消費を下げて世界大恐慌の一因となりました。

第一次世界大戦時、食料品は人気商品の1つでした。売りたい人よりも買いたい人の数が上回ったため、食料品の価格が上がり、利益を求めて世界中で穀物の生産が増加。戦後もその状況が続きました。

しかし、しばらく経つと状況が変わります。フランスやドイツなどのヨーロッパ各国では、農産物を自国でまかなおうとする動きがありました。農産物に対して高い関税をかけ、外国からの流入を減らしたのです。

買いたい人の減少にあわせて農産物の生産を減らせばよかったのですが、生産は増える一方でした。1924年には買う人が減り、農産物の価格が下がり始めます。これにより、農産物を売っていた国の収益は50%以下まで悪化しました。

そして、農作物の価格減少は農民に最も影響を及ぼしました。アメリカの農民は大戦中に借金をして畑を増やし、機械を購入していたため、売上が減って生活を維持できなくなったのです。そのため、畑を手放さなければならない農民が多くいました。

農業不況は長期に渡り、世界大恐慌が起きた1929年は豊作でした。買う人がいないにも関わらず、たくさんできてしまったため、農作物の価格は好況時の65%以下まで下がったのです。農民は収入がますます減ってしまい、物を買おうという気持ちはなくなってしまいました。

物を買うお金が人々になければ、経済は衰退してしまいます。アメリカで起こった農業不況は、世界大恐慌の一因を担ってしまったのです。

止められない世界恐慌

世界市場のブロック化とアメリカ市場の縮小

自国の影響範囲内で貿易するようになり、植民地や資源を持たない国は困窮した

世界大恐慌となり、世界中の国は生き残りのために経済の立て直しに走りました。その手段として選ばれたのが、自国の産業を守ることです。

世界経済ではもともと金を基準とした取引(金本位制)が行われていました。しかし、他国から物が流れ、自国の経済を圧迫するのを嫌ったアメリカやイギリスが金本位制を停止したのです。さらに他国の商品に高い関税をかけたり、貿易量を制限したりしました。

この流れは世界各国で起こり、世界全体の貿易を衰退させて各国の利益を減少させます。自国を優先したことで、世界全体の不況をさらに進めてしまったのです。

街にあふれた失業者たち

アメリカの失業率。1940年に第二次世界大戦が始まり雇用が回復した

世界大恐慌による失業者の増加は、経済不況を後押ししました。

世界大恐慌時、世界全体では約5000万人の失業者が出ました。アメリカでは人口の25%(1300万人)が仕事を失います。これによって、物を買うためのお金が少なくなり、さらに商品の売れ残りがひどくなって仕事が減ってしまいました。

世界大恐慌の直後、人々は失業者の増加を深刻に考えていませんでした。しかし1930年の冬に失業者が一気に増えると、自治体や都市で失業者に向けて料理や宿泊施設が提供されました。しかし1931年になるとドイツの金融恐慌やイギリスの金本位制離脱により、不安が高まります。

経済への不安は継続的な不況(デフレーション)を国にもたらしたのです。

世界大恐慌時の各国の状況

世界大恐慌時の各国の1人あたり国民所得

生活に困窮した人々であふれるアメリカ

銀行が潰れて預金が引き出せなくなる、という事態を恐れお金を引き出す人々

世界大恐慌時のアメリカは失業者であふれていました。

職を失い、家から追い出された人々は都市の公園や空き地に段ボールなど、ありあわせで作った小屋を住居にしました。また、失業者は十分に食べることができず、街中や電車でばったり倒れてしまう姿が毎日目撃されていました。

このように、アメリカでは多くの人が日々の生活に必死でした。失業者の増加はニューディール政策により次第に収まりますが、完全に解消されたのは第二次世界大戦参戦によって、武器・軍需品の増産・輸出が可能になってからです。

賠償金返済ができなくなり、他国へ侵略したドイツ

アドルフ・ヒトラー率いるナチス党が台頭した

世界大恐慌の影響を最も強く受けたのはドイツです。当時のドイツは第一次世界大戦の賠償金返済に追われており、その莫大すぎる金額から、アメリカの資金援助を受けて経済を回していました。

しかし、大恐慌が起きてアメリカが不況に陥ると、ドイツの経済はどん底へと叩き落とされます。失業者は40%以上にのぼり、銀行や企業は次々と倒産しました。大量の失業者が出て、国内経済は破綻寸前、国民の不安は強くなります。

そんな中、1933年にヒトラーが首相に任命され、独裁政治を開始しました。ヒトラーはドイツとオーストリアを結ぶ高速道路建設事業と、四カ年計画という軍事優先の生産活動によって雇用を生み出し、多くの失業者に仕事を与えました。

職を失った人々は仕事を得たことによって生活を安定させることができ、ヒトラーは国民から支持されたのです。ヒトラーの政策により、ドイツはイギリスやアメリカと比べて早く、恐慌から回復しました。

経済を守るため他国との貿易をやめたイギリス

世界有数の商業の中心地「シティ・オブ・ロンドン」

アメリカに依存していたドイツ経済が破綻し、戦争の賠償金を取り立てていたイギリスもそれに引きずられるように経済破綻しました。

イギリスは自国の経済を守るために、1931年に金本位制を停止させます。続いて、イギリスは自国のお金(ポンド)が使える地域で金本位制に代わる、新たな国際通貨圏を構築します。

このように、ポンドを基本的な通貨とした国際金融体制とそれ以外の国への高関税を、スターリング=ブロックと呼びました。以上の出来事は、世界的なブロック経済化のきっかけとなります。

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