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アンコールワットとは?歴史や特徴、遺跡内部について詳しく紹介

「アンコールワットってどんな遺跡?」
「アンコールワットの見どころは?」
「アンコールワットの歴史について知りたい」

年々観光客が増加している人気な観光スポットであるアンコールワットについて、このような疑問を抱いているのではないでしょうか?アンコールワットとは、カンボジアの世界遺産でクメール建築の最高傑作と言われている遺跡です。

アンコールワット

今回はそんなアンコールワットの特徴や歴史・構造について解説します。また、見どころや昔の日本人が残した落書きについてもご紹介するのでぜひ参考にしてください。知識を身につけてからいくと、よりアンコールワット観光を楽しめますよ。

アンコールワットとはどんな遺跡?

アンコールワットはカンボジア人の象徴

アンコールワットとは、12世紀頃に建てられたヒンドゥー教の寺院です。しかし、16世紀後半に仏教寺院に改修された歴史を持っているため、現在では上座部仏教の寺院として扱われています。

また、アンコールワットはカンボジア人にとって関わりの深い遺跡でもあります。カンボジア人にとってアンコールワットは祖先とのつながりを感じられる場所。日本で正月に神社へ初詣を行うように、カンボジア人も一年の願掛けのために遺跡を訪れます。

さらに、カンボジア人の家にはアンコールワットを模した彫刻が飾られており、多くのお店に遺跡の名前が付けられています。紙幣にもアンコールワットがデザインされており、生活の中に遺跡が根付いているのです。

これは国家レベルでも同じで、実はカンボジアの国旗にはアンコールワットのシルエットが描かれています。

誰がいつどんな目的で建造した?

スーリヤヴァルマン二世

アンコールワットは、12世紀前半に即位したアンコール王朝の王スーリヤヴァルマン二世によって同じ頃に建設されました。建設された理由は大きく分けると次の二つです。

  • 王位を継いだことを国民に知らせるため
  • 神々と交信するため

アンコールワットが建設されたシェムリアップ地域はアンコール王朝の王都であり、たくさんの寺院が建てられています。

アンコールは政治だけでなく宗教上の聖都としても機能しており、この聖地を治める王は前王よりも壮大な寺院を建設し、国民に王位に就いたことを伝える儀式を行うことが恒例となっていました。

また、寺院は王の権力を示すだけでなく、神々と交信する神聖な場所でもあります。スーリヤヴァルマン二世は、アンコールワットを建設して独自の宇宙観を表現し、王権を神格化しました。宗教と政治が強く結びついていたんですね。

また、アンコールワットは政治的・宗教的な施設でありながら、スーリヤヴァルマン二世を埋葬する墓でもありました。これは死後に王と神が一体化するデーヴァ・ラジャ(神王)思想に基づいたものでした。

アンコールワットは世界遺産アンコール遺跡の一部

アンコールワットの他にもアンコールトムなど複数の遺跡が近くにある

アンコールワットは世界遺産アンコール遺跡群の一部で、同遺跡群の中でも最も有名な遺跡です。ピラミッド型の寺院で、中心部は複数の塔によって構成されています。

砂岩とレンガによって建設されており境内は外周1.5km、南北に1.3km、幅190mの堀に囲まれ、参道は600mほどの長さがあります。遺跡全体の広さはディズニーランド4個分ほどです。

また、アンコールワットは寺院という建物全体で宇宙観を表現しています。

中央祠堂が世界の中心で神が住む場所を象徴しており、祠堂を取り囲む回廊は雄大なヒマラヤ山脈を表しています。アンコールワット遺跡を囲む堀は無限の大洋を表しており、遺跡の至るところで見かけるナーガは不死の象徴です。

ナーガ(蛇神)は神と人間界をつなぐ架け橋としての意味も持ちます。ちなみにナーガやシンハ(獅子神)は一時停止のサインでもあります。周りの風景が変化している合図なので、ナーガやシンハを見かけたら一度立ち止まって、周りの風景や建築を見てみてください。

新しい発見や驚くような光景があるかもしれませんよ。

アンコールワットの特徴

繊細な彫刻と石造の大伽藍がアンコールワットの特徴。現代の技術でも難しい建築を工夫で成し遂げた

東南アジア最大の大伽藍

アンコールワット一番の特徴は、やはり東南アジア最大の石造伽藍(がらん)です。ディズニーランド4個分の広さと高さ65mの中央祠堂。

スーリヤヴァルマン二世が30年以上の年月を費やして建造されたアンコールワットの大伽藍は、遠くから見てもそれだとわかるほど特徴的です。

こだわりが感じられる繊細な彫刻

アンコールワットの2つ目の特徴は、遺跡内部に刻まれた彫刻です。神話や物語が壁に彫刻されており、当時の宗教の世界観や人々の文化に触れられます。レリーフの人々や神は一体一体表情や姿勢、服装が異なっており、服の模様に至るまで細かく彫刻されています。

「神は細部に宿る」という言葉がありますが、その言葉が実感できるほど細やかで繊細な彫刻です。アンコールワットを見学する際は、ぜひ注視してみてください。

アンコールワット遺跡の構造

日本人によって17世紀前半に作られた実測図

アンコールワットは主に

  • 西参道
  • 西塔門
  • 聖池と十字テラス
  • 第一回廊
  • 十字回廊と沐浴池
  • 第二回廊
  • 第三回廊
  • 中央祠堂

の8つのスポットに分類できます。

西参道

西参道

西参道は全長600mほどの道です。一見正面に建つアンコールワット以外、見るものはなさそうに見えますが、実はこの道ひとつとっても建築の工夫やちょっとした見どころがあります。

まず、参道の石組みです。参道の石組みに目を向けてみると、大きさや並び方がガタガタで不自然になっています。なぜこうなっているのかというと、一方向から力がかかっても力を分散させて石組みが一気にずれないようになっているためです。

また大きな石を無駄にしないよう、そのまま使っていたとも言われています。

次に西塔門前の足跡です。西塔門前の参道には、30〜40cmほどの巨人の足跡のようなものが残っています。近隣の遺跡アンコールトム南大門の阿修羅像の足跡という説があります。

西塔門

西塔門から見るアンコールワット

参道を進むと西塔門にたどり着きます。西塔門の破風(門の上に刻まれた合掌型の装飾)部分に彫られた装飾は、特に重要なもので入念に彫刻されています。この部分は美術史的な視点で注目されており、扱っている題材や構図、彫刻の彫りの深さから様式判定の目安となっています。

西塔門の見どころはこれだけでなく、階段を上りきると縦型の出口があり、そこから遺跡中心部に建つ中央祠堂が見えます。さらに進むと出口から見える遺跡は少しずつ広がりを見せていきます。中央祠堂を囲む二つの塔が見え、西塔門を抜けるとわっと景色が広がり、アンコールワットの雄大さを見る人に意識させます。

こういった細かいところにまで配慮し、昔の人は遺跡の壮大さを人々に見せていたなんて驚きですね。他にも高さ4mのヴィシュヌ像や歯を見せて笑う女神像の彫刻もあるのでぜひチェックしてみてください。

聖池と十字型テラス

聖池とアンコールワット

西塔門を抜けてさらに参道を進むと両脇に聖池が配置されています。この聖池は人気スポットの一つで、北側の聖池前では馬に乗って写真撮影ができます。

しばらく参道を進むと十字テラスです。正面に立つとテラスと第一回廊、中央祠堂が一体となって見え、まるで山並みの上に祠堂が建っているかのような景色になります。テラスからさらに進むとようやくアンコールワット遺跡内部、第一回廊への入り口が見えてきます。

第一回廊

第一回廊の彫刻

第一回廊は南北に180m、東西200mで一周760mに渡る長さの廊下で、中央の寺院をぐるりと囲んでいます。

アンコールワットの中でも芸術に富んだ場所であり、ヒンドゥー教の神話や古代インドの叙事詩・伝説、建立者スーリヤヴァルマン二世の功績を称える物語が壁一面に刻まれています。彫刻は760mに渡って描かれており、まさに圧巻の一言。

訪れる前にヒンドゥー教や古代インドに関する知識を付けておくとより一層楽しめる場所でしょう。

十字回廊と沐浴の池跡

十字回廊と沐浴池

十字回廊は第一回廊と第二回廊をつなぐ、十字型の回廊です。十字の回廊の脇には4つの沐浴池の跡があり、昔は王国の治水技術を示す施設の一つであったと言われています。アンコール遺跡のあるこの地域では雨季による洪水と乾季による干ばつに苦しめられていました。

そのため、治水技術はなによりも重要で優秀な王の条件でした。地上よりも高い位置に池が作られたのは、技術力の高さを示し権威を強めるためです。

また、この池は巡礼者たちが身を清める沐浴池だったとも言われています。以前は千体の仏像が祀られていましたが、盗まれたり、内戦で破壊されたりしてしまい、南側に数体が残るのみとなってしまいました。

第二回廊

第二回廊

第二回廊は一周430mの回廊です。第一回廊と違ってレリーフはほとんどありませんが、外壁には当時の流行の衣装に身を包んだ200の女神像が彫られています。同じものは一つとしてなく、それぞれに特徴があります。

第三回廊

第三回廊と中央祠堂

第三回廊は、アンコールワットの聖域にあたります。一辺60mほどの正方形で、第二回廊よりも13mほど高く作られています。

また、回廊の四隅には四つの尖塔が建てられています。

中央祠堂

第三回廊の中央には、ひときわ大きい高さ65mの中央祠堂がそびえ立っています。

これは古代インドの思想に出てくる神々の住む山「須弥山(メール山)」を模しており、中央祠堂には黄金のヴィシュヌ神が祀られていました。スーリヤヴァルマン二世はこの祠堂内で神と対話していたそうです。

しかし、約400年前に宗教改革が行われて以降、中央祠堂にはヴィシュヌ神ではなく仏陀が祀られています。

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