小説ヲタクがおすすめするオールタイムベスト83冊

シャルロット・コルデーとはどんな人?暗殺の天使と呼ばれた美女の生涯

シャルロット・コルデーにまつわる逸話

逸話1「シャルロットが最期に望んだこと」

処刑に際し、肖像画を描いてもらっているシャルロット。

裁判にて死刑を宣告されたシャルロット。そんな彼女が最期の望みとしたことは、肖像画を描いてもらうことと、“あるもの”を見せてもらうことでした。彼女を描いたとされる肖像画は、ジャン=ジャック・ハウアによって描かれ、現代にもシャルロットの美しくも愛らしい容姿を伝えています。

そして、シャルロットが最期に見たがったものというのは、なんと自分自身を処刑するギロチン。執行人であるサンソンが気を使っていさめる中、彼女は無邪気にギロチンを眺め、「折角パリまで来たのだから、少しくらい物見高くなってもいいでしょう?」と返したと言われています。

逸話2「死後にも高まり続けた人気」

サンソンに腕を縛られるシャルロット。様々な絵画の題材にされていることも、彼女の人気を裏付けている。

処刑されたにもかかわらず、多くの男性を虜にしたという記録が残るシャルロット。その人気は非常に強烈なものだったようで、彼女が処刑されてからしばらくの間、パリはシャルロットの話題屋、彼女のことを称える詩で持ちきりになったとも言われています。

また、山岳派が中心となった革命政府はこの人気を重く見て、シャルロットの人気を失墜させようと彼女の司法解剖を実施。「ジロンド派の男たちと関係を持った淫らな女」として悪評を流そうとしましたが、解剖の結果として処女であることが判明し、更に人気が高まってしまったというエピソードも残されています。

現代においても多数のキャラクター化が行われているところを見るに、シャルロット・コルデーという人物は当時から創作の題材として、非常に人気の高い人物だったと言えるでしょう。

シャルロット・コルデーの生涯年表

1768年 – 0歳「片田舎の貧乏貴族として誕生」

シャルロットの生家とされる建物。

この年の7月、シャルロット・コルデーはフランス王国のエコルシェで生を受けました。

生家は身分としては貴族の家系であり、かつては三大古典詩人の一人であるピエール・コルネイユを輩出した名家でしたが、彼女の誕生当時は既に没落しきった家系であり、シャルロットは決して豊かとはいえない暮らしを送ることになりました。

1781年 – 13歳「母の死により修道女となる」

田舎の修道院で生涯を終える…と、誰もが思っていたシャルロットだが?

豊かとはいえないながらそれなりに暮らしてきたシャルロットですが、この年に彼女の母が急死。これによって彼女は、カーンの修道院に入ることになりました。

身寄りのない貧乏貴族の子女は、修道院に入ってその場所で人生を終えるのが普通のこと。古代ギリシャの伝記や哲学書を読むほど聡明で美人なシャルロットもまた、そんな運命を送るのだと、この当時は誰もが確信していたと言えるでしょう。

1789年 – 21歳「修道院の閉鎖」

フランス革命によって、シャルロットは居場所だった修道院を奪われてしまう。

勃発するフランス革命

この年、とうとうフランス革命が勃発。国王を奉ずる勢力と革命勢力が文武を問わずに衝突を繰り返し、フランス国内は混乱に包まれることになりました。

そしてこの革命によって、シャルロットの運命も激動を見せることになっていくのです。

修道院が閉鎖される

革命がシャルロットに与えたのは無慈悲な試練でした。これまで10年近く生きてきた修道院が、革命政府によって閉鎖されてしまったのです。

これによって行き場を失ったシャルロットは、当初は父の下に身を寄せますが、革命思想に傾倒した父と反りが合わずにそこを出奔。結果的に彼女は、伯母であるブルトヴィユ夫人の下に身を寄せることになりました。

1793年 – 24歳「シャルロットの革命、そして死」

革命へと突き動かされていくシャルロット。しかし運命は彼女に味方しなかった。

ジロンド派議員との接触

伯母の下に身を寄せたシャルロットは、そこで革命について学び、自信の立場を「共和主義者」として明確化していきました。そしてそんな中、パリでの政争で敗北したジロンド派の議員と偶然接触したことで、シャルロットの運命は大きく動き出すことになったのです。

山岳派の横暴によって多くの人が苦しめられる中、ジロンド派の議員と接触したシャルロットは一念発起。「革命の礎になる」として、山岳派の重鎮であるジャン=ポール・マラーの暗殺を企てることになるのです。

暗殺のためパリへ

マラー暗殺を描いた絵画。特徴的な黒い帽子は、パリに出てきて購入したものだとか。

7月9日、プランニングを終えたシャルロットは一人で乗り合い馬車に乗り込み、パリを目指します。その馬車の中で乗り合わせた青年に求婚されたというエピソードも残っており、これもシャルロットの美貌を示すエピソードの一つでしょう。

そして二日後、パリにたどり着いたシャルロットはホテルで遺書を書いてから、上等な帽子と包丁を購入。同時にマラーに対する情報収集によって「人民の要望を聴くために門を開けている」という情報もつかみ、彼女の暗殺はいよいよ決行されようとしていました。

マラー暗殺、そして逮捕

シャルロットによるマラー暗殺。偶然と幸運が作用したとはいえ、それは非常に手際よく行われた。

そして来たる7月13日、シャルロットはマラーの屋敷に赴きます。門番は見慣れないシャルロットを訝しがって追い返そうとしたようですが、シャルロットがこれに反発すると、マラー自身が「そんなに熱心な方を追い返すのは失礼だ」と、接見を許可したと言われています。

皮膚病を患って浴槽から上がれないマラーに対し、シャルロットは「貴方に危険が迫っている」として接近。その言葉に耳を傾けようと身を乗り出したマラーの胸に向けて、シャルロットは包丁を突き立てたのです。

そうしてマラーを殺害したシャルロット。ですがマラーの断末魔を聞きつけた者たちによって取り押さえられ、呆気なく逮捕されることとなりました。

裁判にて

シャルロットの裁判を描いた風刺画。裁判官を猿のように描いていることから、シャルロットが好意的に見られていたことがわかる。

牢獄に移送されたシャルロットは、暗殺の4日後に裁判を受けることになりました。とはいえ、現行犯で逮捕された彼女に言い逃れなどできるはずもなく、彼女は死刑を宣告されてしまいます。

シャルロットは落ち着いた様子でこの裁判を受けていましたが、その落ち着きや手際の良さなどから「本当は凄腕の暗殺者なのでは?」という疑いに対しては、顔を真っ赤にして否定したと伝わっています。

また、「わざわざ会ってくれるマラー様を、貴方は何故殺したのですか?」という問いに対しては「私に対して優しかったとしても、他の方には悪魔だったではないですか」と毅然と反論。極端な物言いとも受け取れますが、シャルロットの意思の強さを表す発言が残されています。

処刑場への移送

シャルロットの手を縛るサンソン。

裁判が終わり、肖像画を描いてもらったシャルロットは、執行人であるシャルル=アンリ・サンソンに伴われて馬車でコンコルド広場へ移送されました。

この時のシャルロットの落ち着きを、サンソンは後の回顧録で「信じられなかった」と思い返しており、馬車の中でいくらかの雑談をしていたとも記録されています。

”暗殺の天使”の死

シャルロットの処刑は迅速に行われ、24歳の若さで彼女はこの世を去ることになった。

コンコルド広場に移送されたシャルロットは、サンソンに付き添われてまずはギロチンを見学。そして死刑囚として身だしなみを整えてから、彼女は自らギロチンの刃の下にうつ伏せとなりました。

そしてその苦痛を長引かせまいと、サンソンは即座に死刑を執行。1793年7月17日、25歳の誕生日を迎える10日前に、シャルロット・コルデーは断頭台の露と消えることとなったのです。

そうして胴体と切り離された首を、サンソンの弟子は高く掲げて平手打ちに。死した少女の尊厳を傷つけるその行為にサンソンは激怒し、すぐさまその弟子を解雇したと伝わっています。また、平手打ちされた顔が怒るように歪んだとも言われていますが、その真相は定かではありません。

シャルロット・コルデーの関連作品

おすすめ書籍・本・漫画

マラーを殺した女―暗殺の天使シャルロット・コルデ

日本語訳されている書籍では珍しい、シャルロット・コルデーをメインに据えた伝記です。

古い本ですが、丁寧にシャルロットの生涯が解説されているため、彼女について一層深掘りしたい方にはお勧めしたい一冊となっています。

イノサン Rougeルージュ 10

この記事でも度々登場したシャルル=アンリ・サンソンを主役に据え、激動のフランス革命を描いた漫画作品です。

シャルロットは10巻に登場。史実同様の行動と末路を辿る彼女ですが、それ故に彼女の人となりをビジュアル的に分かりやすく知ることができる良作となっています。シャルロットについてだけでなく、サンソンについて知りたい方にもお勧めできる作品です。

おすすめのゲーム作品

Fate/Grand Order

スマホでフェイト!|Fate/Grand Order 公式サイト

多くの歴史や神話上の人物をキャラクター化したゲーム作品です。シャルロットやサンソンなど、フランス革命に関連する人物も数多く登場しています。

突飛な設定も多い作品ですが、シャルロットは比較的史実に近いキャラクターとして登場。シナリオでの出番は多くありませんが、多くのファンを虜にするキャラクターとなっています。

関連外部リンク

シャルロット・コルデーについてのまとめ

「ジャン=ポール・マラー暗殺」という唯一の事件によって、歴史に名を刻まれることになったシャルロット・コルデーという女性。結果的には報われず、ただ革命の渦に呑まれてしまった女性ではありますが、彼女の行動が多くの人の心を動かしたこともまた事実だろうと思われます。

彼女が行動に出てしまったことで結果的に失われることになった命があり、逆に彼女が動いたことで救われた命があったのかもしれない。“もしも”というものは歴史の中には存在しませんが、そのようなことを想像したくなる面白い人物こそが、シャルロット・コルデーであるように筆者は感じました。

それでは、この記事にお付き合いいただきありがとうございました。この記事が皆様にとって、何かしらの学びとなっていましたら光栄です。

1 2

コメントを残す