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葛飾北斎の有名な作品を時代別に一覧で紹介【特徴も分かりやすく解説】

葛飾北斎は、世界で最も有名な日本の芸術家の一人です。作品の構図やデザイン、色使いは今見ても斬新で目を奪われます。オランダの印象派の画家ゴッホ北斎の作品に夢中だったことはよく知られていますが、鎖国下の日本で生まれた芸術が国境を超えて世界の人を魅了したのです。

葛飾北斎(1760〜1849)

この記事では、葛飾北斎のよく知られた作品を写真やエピソードとともに紹介します。北斎は生涯で何度も名前を変えているので、その名前を名乗っていた時期ごとに作品を分けてまとめました。これも北斎の作品だったの?と驚くものに出会えるかもしれません。

葛飾北斎の有名な作品:春朗期編

葛飾北斎は1778年、19歳で勝川春章に入門します。師の名前から「春」を、師の別号である旭朗井(きょくろうせい)から「朗」の文字をもらい、「勝川春朗」という名前で画壇デビューしました。

正宗娘おれん 瀬川菊之丞

「 正宗娘おれん 瀬川菊之丞」1779年8月ごろ

勝川春朗としてのデビュー作のうちの一枚です。1779年8月に市村座で上演された「新薄雪物語」の、三代目瀬川菊之丞が演じた正宗娘おれんを描いた、多色刷りの浮世絵版画である錦絵です。色数が多く、入念な彫が確認できます。師の勝川春章の作風に倣っている様子がうかがえます。

かしく 岩井半四郎

「かしく 岩井半四郎」1779年8月ごろ

1779年8月に、中村座で上演された歌舞伎「敵討仇名かしく」を題材に、四代目岩井半四郎が演じるかしくを描いた錦絵です。「正宗娘おれん 瀬川菊之丞」と共に、春朗のデビュー作です。

新板浮絵両国橋夕涼花火見物之図

「新板浮絵両国橋夕涼花火見物之図」1781〜1789年ごろ

「新板浮絵両国橋夕涼花火見物之図」は春朗時代に発表された11種の浮絵の一つです。浮絵とは西洋の線遠近法を取り入れて作品に奥行きを出す様式です。これによって、手前の両国広小路に賑わう人々と、遠くに見える川開きの花火との見事な空間表現が生まれました。浮絵を得意としていた歌川豊春(1735〜1814)の影響を受けていると考えられています。

智恵次第箱根結

「智恵次第箱根結」1793年春道草樹作

春朗期は風刺や滑稽味の効いた、大人向きの絵入り小説である黄表紙の挿絵も手がけています。デビュー作は1780年の「白井権八幡随長兵衛 驪比異塚」と言われています。

婦女風俗図

「婦女風俗図」1792〜1793年

版画ではなく自筆で描いた、春朗期の肉筆画として残っている数少ない作品の一つです。女性たちは、次の宗理期にも共通するポーズをとっています。

鍾馗図

「鍾馗図」1793〜1794年ごろ

「鍾馗図」も春朗期の肉筆画で、春朗の落款が確認できる唯一の本画です。鍾馗様とは中国に伝わる神様で、疫病除けや魔除けとして端午の節句に飾ることが多いもので、特に本作のような朱書きの鍾馗図は疱瘡除けのご利益があると信じられていました。

葛飾北斎の有名な作品:宗理期編

ルイ・ゴンスがまとめた「日本美術」に、葛飾北斎の用いたさまざまな名前が挙げられている。

師の勝川春章亡き後、1794年ごろに俵屋宗理に改名します。これは俵屋宗達に始まる琳派の画家の名前で、浮世絵画派とは異なる独自の様式を完成させました。1798年には宗理の名前を門人に譲って北斎辰政(ときまさ)に名を変え、琳派からも完全に独立しました。

来燕帰雁

「来燕帰雁」1801〜1804年

北斎壮年期の作品として古くから評価されていました。同時代を生きた国学者で歌人の加藤千陰が、「はる秋の契り たかへす(とりどり)に 来るも帰るも こゝろ有けり 千蔭」という着賛(画に書き添えた、褒め称えた言葉)から、この画題で呼ばれるようになったと考えられています。

二美人図

「二美人図」1801〜1804年

重要文化財に指定されている、北斎の美人図の中でも代表的な作品です。立ち姿の夜の遊女と、座っている日中の若女房との美しさを対比で描いています。

風流無くてななくせ(ほおずき)

「風流無くてななくせ(ほおずき)」1801〜1804年

大錦判雲母(きら)摺の美人図大首絵です。化粧をしている女性が描かれた錦絵ですが、「七癖(ななくせ)」とあることから7枚揃だったとも考えられますが、今はこの「ほおずき」と「遠眼鏡」しか残っていません。

絵本隅田川 両岸一覧

「絵本隅田川 両岸一覧」1801〜1806年ごろ

北斎の狂歌絵本を代表する作品として知られます。見開きごとに画面が途切れず、絵巻物のように下流から上流へと景観が連続して描かれているのが大きな特色です。隅田川の岸の様子を描いた絵と共に、狂歌が添えられています。

くだんうしがふち

「くだんうしがふち」1804〜1807

ひらがな落款の洋風風景画です。牛ヶ淵とは、九段坂の南側の田安門から清水門にかけての堀の名前です。銭を積んだ牛のひく車が堀に落ち、車も牛も見つからなかったという言い伝えがある場所に、荷車を描いているのは北斎の遊び心でしょうか。

阿蘭陀画鏡 江戸八景 観音

「阿蘭陀画鏡 江戸八景 観音」1804〜1816

木版ですが、銅版画のエッチングの線描を表現して洋風に挑戦し、木版の可能性を追求しています。「八景」の名前の通り、江戸の八つの景色を描いています。

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