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ミッドウェー海戦の敗因は何だったのか?敗因から学べる教訓も紹介

「ミッドウェー海戦の敗因って何?」
「日本が勝てる戦いだったと聞いたけど…」

ミッドウェー海戦は1942年に、太平洋戦争の中のミッドウェー島沖での日米の海戦です。戦力に優勢だった日本軍が、アメリカ軍に敗退。以降日本軍は守勢気味となり、太平洋戦争の流れを決定した戦いといわれています。

ミッドウェー海戦には日本軍の主力部隊が集結していた
出典:Wikipedia

数が勝っていた日本軍がなぜ敗退したのか?そこには多くの要因が絡み合っています。歴史に「もしも」はありませんが、ミッドウェー海戦の敗因を振り返ることで今の私たちに活かすことも可能です。この記事では、ミッドウェー海戦の敗因に焦点を絞って、歴史を振り返ってみたいと思います。

そもそもミッドウェー海戦とは?

ミッドウェー島の航空写真、太平洋の小さな島の近海で戦闘が行われた
出典:Wikipedia

ミッドウェー海戦は、太平洋戦争時のミッドウェー島付近で行われた海戦です。アメリカとオーストラリアの分断を図る「M1作戦」の一環として起こった戦いです。ミッドウェー島を攻略しようとする日本軍を、米軍が迎え撃つ形で始まりました。

日本軍の機動部隊と米軍の機動部隊がミッドウェー島沖で航空戦を展開。結果日本軍は空母4隻と航空機290機を失う大損害を受け、日本が敗退しました。

詳しい内容は下記の記事を参考にして下さい。

ミッドウェー海戦とは?もし勝っていたら?敗因や目的をわかりやすく解説

ミッドウェー海戦の主な3つの敗因

なぜ日本が敗退してしまったのか?気になるところだ

なぜミッドウェー海戦に日本は敗北してしまったのか?今から一般的に原因といわれる説を3つ紹介します。

1.日本軍の暗号が解読されていた

日本軍の暗号はほぼ解読されていたという

ミッドウェー海戦の時には、アメリカは日本の暗号をほぼ解読していました。そのため日本軍がミッドウェー島近海に戦力を集結させることを既に察知していたといいます。そのため迎撃の準備を備えていました。

ミッドウェー海戦が起こる約2週間前にはアメリカは、各部隊の兵力・指揮官・予定航路・攻撃時期まで知っていたといいます。結果ミッドウェー海戦では敵に先制攻撃されています。こうした情報漏洩が敗戦の一因になったというのです。

2.全体に雑な作戦内容

山本五十六連合艦隊司令長官
出典:Wikipedia

ミッドウェー海戦の目的は、山本五十六長官を筆頭に連合艦隊司令部がミッドウェー島の基地を占領し確保、同時に米機動部隊の殲滅を目的としていました。目的が二つという“二兎を追うもの”状態となってしまい、これも下士官にどっちを優先していいか判断を悩ませる結果となり、敗因の一つになったといわれています。

実はミッドウェー島攻略は海軍が強く反対していました。理由は危険な割に得るものが少ないというもです。そのため連合艦隊司令部と海軍の作戦会議は暗礁に乗り上げていましたが、結局山本司令官が辞任をちらつかせてまで作戦決行を主張するために、最終的に海軍は折れ作戦が決行されることとなったのです。

空襲を行うB-25をつむアメリカ軍の空母
出典:Wikipedia

連合艦隊のごり押しに大本営も不満でしたが、1942年の4月18日にアメリカが東京に初の空襲をしかけてきます。被害は大きくはなかったものの国民のショックは大きく、空襲を回避するために敵空母を叩く必要性に迫られ、結局作戦方向が曖昧なM1作戦は実行されたのでした。

山本五十六はどんな人?生涯・年表まとめ【名言や死因、映画や本などの関連作品も紹介】

3.「運命の5分間」に左右された?

炎上する空母、もしあと5分時間があればこの事態は避けられたといわれた
出典:Wikipedia

ミッドウェー海戦には“運命の5分間”と呼ばれる言葉があります。あと米軍の攻撃が5分遅ければ、攻撃隊が出撃できたのににというものです。ミッドウェー海戦で日本側の空母が攻撃を受けた時は、既に積まれている爆弾を取り外し、別の爆弾に積みかえるという作業中での出来事でした。

この積み替えが完了し、出撃で来ていたならば米艦隊が現れても交戦でき結果が変わったといわれました。しかしこの論は、生存者などの証言から矛盾が多く存在し現在はあまりいわれなくなった敗因といわれています。

ミッドウェー海戦の真の敗因は?

ミッドウェー海戦の敗因は根深い原因があった

従来考えられていた敗因は主に上記の3つですが、敗因は他にもあったという説もあります。そういった説を紹介します。

上官の責任逃れ体質

太平洋戦争時使われていた索敵機の一つ
出典:Wikipedia

当時レーダーではなく索敵機が敵を見つける主力方法でしたが、索敵機が「敵らしきものを発見」というと、敵らしきものの表現がはっきりしないから対応が遅れたといっているのです。索敵機の交信方法が悪いから、対応が遅れたと暗に証言しています。

しかし索敵機の「らしきもの」という表現は暗号書に正式に記載されている信号文であり、索敵機に全くの不備はないと当時索敵機だったパイロットが証言しています。索敵機が敵を見つけることは命がけであり、敵を見つけたら何でも打電せよと教えられたといいこのように述べています。

「『らしきもの』の報告で判断が遅れたなんて、そりゃあ、命じておいて信号文も知らない司令部がボンクラなんです」

部下への責任押しつけの可能性がある

またベテラン水上偵察機搭乗員だった戸澤力(大尉)は手記「ミッドウェー海戦惨敗の真相と海軍史湾曲」で、

「甘利(発見者)をスケープゴートに仕立てて、作戦失敗の責任をかぶせるために狙い撃ちにした、悪質な欺瞞(ぎまん)」

と断言しています。つまり判断するのが遅かった指揮官たちの責任を示唆しているのです。索敵機の行動に落ち度はなく、敗因の原因にされるのは違うという話があるのも私たちは留意しておく必要があるでしょう。

軍部内でのコミュニケーション不足

南雲忠一中将
出典:Wikipedia

前述した“全体に雑な作戦内容”の裏側に、軍内でのコミュニケーション不足が指摘されています。要因の一つに山本司令官は作戦をなっとくさせるまで話すタイプではなかったために、いまいち南雲中将以下作戦目的の共有がちゃんと出来ていなかった節があります。

連合艦隊は「米機動部隊殲滅」を重視する発言をし、軍令部と大本営は「ミッドウェー島攻略」が目的と指示していました。結果どちらの命令を優先していいかわからず、軍内でも混乱が起きています。

ミッドウェー海戦の対戦図、目的が一貫していたら行動が変わっていたことだろう
出典:Wikipedia

山本司令官は「米機動部隊の殲滅」が目的だと他の軍部や南雲中将にはっきり伝えておけば、敗因となった「爆装取り換え問題」は起こらなかったかもしれません。結局作戦の主目的が一致しないまま前のめり発進したM1作戦は、手痛い失敗となってしまったのです。

ミッドウェー海戦から学べる教訓

失敗から学ぶことが大事

ミッドウェー海戦の敗因は、色々な要因が重なって起きた結果であることがわかります。ではそこから何を反省し活かせるかを考えていきます。

組織間の“報・連・相”はしっかりすること

報告・連絡・相談が如何に大事かを考えさせられる

ミッドウェー海戦の敗因で目立つのが、“情報の伝達不足”です。作戦内容が複雑でわかりづらく、軍部内で徹底されていなかったことが要因にあげられます。戦後の証言によると各部隊や組織によって気を遣ったり、意見が衝突していたりといつの時代でもある“人間関係”も大きく影響しているようです。

どうしても仕事を含めて何かと人間関係はついてきますが、一つの事を成し遂げる目標は同じはずなので、組織内の事情や個人の感情は抑えて分別のある行動をしていきたいものです。

失敗を反省して慢心せずに行動すること

日本は無敵だからと失敗を反省しなかったという

ミッドウェー海戦時の日本軍は連戦連勝していたために、“奢り”による自信過剰が起きていたといいます。敗因の一つと指摘されている暗号の解読も、絶対の自信を持つ連合艦隊にとっては米軍をおびき寄せるためにさほど重要視されていなかった節があります。

索敵の軽視を戦後反省を語っている
出典:Wikipedia

戦後黒島大佐が部隊が索敵を軽視していたことを反省していますが、それに関して、

「わが機動部隊は無敵で、敵を圧倒できると信じていたので、このため特別な処置は考えなかった」

といっています。こういった全体的な“日本が負けるわけがない”という自負が、後々まで影響しているように感じます。己の力に過信するのではなく、失敗から反省し対策する心構えを持つことは大事なのではないでしょうか。

ミッドウェー海戦の敗因に関するまとめ

いかがでしたでしょうか?今回ミッドウェー海戦の敗因理由に焦点をおいて執筆しましたが、筆者の感想は、軍の間での気を遣うということがあったりと現在の組織と共通するところがあると感じています。

また目的の徹底が如何に大事なのかということも再認識できました。しっかりと末端にまで行動の目的を知ってもらい取り組むことが大事なのだなと感じている次第です。この記事を読んで少しでも、ミッドウェー海戦を知ったという方がいてくれたら非常に嬉しく思います。最後まで読んでいただきありがとうございました。

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