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ミッドウェー海戦とは?もし勝っていたら?敗因や目的をわかりやすく解説

「ミッドウェー海戦ってどんな戦い?」
「映画を見て興味を持った!」

ミッドウェー海戦は1942年の、太平洋戦争中のミッドウェー沖の戦闘です。太平洋戦争の勝敗を分ける重要な戦いだったといわれています。どこかで聞いたことがあるような“ミッドウェー海戦”。しかしどんな戦いだったのか知っている人は少ないのではないでしょうか?

戦闘の舞台はミッドウェー島の近海だった
出典:Wikipedia

この記事ではミッドウェー海戦を、出来るだけわかりやすく要点をまとめて解説します。遠い昔ではない、戦争の事実を少しでも知ってもらえたら幸いです。

ミッドウェー海戦とは?

ミッドウェー海戦で炎上する日本戦艦
出典:Wikipedia
交戦
勢力
大日本帝国アメリカ合衆国


1942年6月5日から6月7日


山本五十六
南雲忠一
近藤信竹
F・J・フレッチャー
R・A・スプルーアンス

航空母艦8
戦艦11
重巡洋艦17
軽巡洋艦7
駆逐艦54
艦載機248
水上機3等
航空母艦3
重巡洋艦7
軽巡洋艦1
駆逐艦19
艦載機232
基地航空機101
飛行艇31
水上機1
潜水艦20等





航空母艦4沈没
重巡洋艦1沈没
戦死3057名
航空母艦1沈没
駆逐艦1沈没
戦死307名

アメリカ軍の勝利

ミッドウェー海戦は太平洋戦争の中の、ミッドウェー島近郊で行われた海戦です。時期は、1942年の6月5日から7日にかけてミッドウェー島付近で行われました。戦いはアメリカの勝利となり、太平洋戦争の戦局を決定づけた日本にとって手痛い戦闘となったのです。

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ミッドウェー海戦の目的は?

ミッドウェー島にはアメリカの基地があった
出典:Wikipedia

ミッドウェー海戦の目的は南方作戦が一段落した後、敵空母の本土空襲を予防するために、ハワイと日本の間のミッドウェー島を押さえることが重要と考えたからといわれています。

さらにハワイまで占領し、アメリカの戦意を喪失させることまで考えられていたといいます。そしてミッドウェー島攻略の過程でアメリカ軍艦隊が現れた場合、それを叩きアメリカの空母艦隊に痛手を与えることも目的としたのです。

作戦の途中で出鼻を挫かれ作戦は頓挫した

この目的はM1作戦と呼ばれましたが、作戦途中でミッドウェー海戦が起こり、敗北したことにより作戦は中止しています。

両軍の戦力は?

連合艦隊司令長官山本五十六
出典:Wikipedia

両軍の戦力ですが、まず日本軍は指揮官山本五十六・南雲忠一・近藤信竹率いる空母8隻、戦艦11隻。この中に当時最新の軍艦といわれた「大和」も含まれています。重・軽巡洋艦合わせて17隻、駆逐艦54隻などかなりの戦力を投入していました。

アメリカ海軍フレッチャー少将
出典:Wikipedia

対するアメリカ海軍は、F・J・フレッチャー少将とR・A・スプルーアンス率いる空母3隻、重・軽巡洋艦合わせて8隻、駆逐艦19隻と戦力は日本軍の方が大幅に上回っていました。総じて日本戦力を総動員させた作戦でもあり、決して負けるわけにいかない戦いでもありました。

ミッドウェー海戦の陣形は?

ミッドウェー海戦を再現したゲーム
出典:フリーゲーム夢幻

ミッドウェー海戦があった1942年頃には、日本軍もアメリカ軍が使用している輪形陣を取り入れるようになっていました。この陣形は対空防御や対空防御に優れた陣形だったといいます。

内容は、軽空母を中心に置くことにより、敵空母にある程度損害を与えた後に戦艦で突入することを目的としていました。そしてこの戦いには日本の最新兵器戦艦大和も出撃しており、戦艦を配備し相手への抑止力を期待していたといいます。

ミッドウェー海戦両軍の移動図
出典:Wikipedia

そして総力を集結させた日本軍に対して、アメリが軍は圧倒的に戦力的に不利でした。ミッドウェー島の攻略を事前に察知していたアメリカも迎え撃てた空母は3隻でした。元々は2隻の予定だったのが突貫修理で、1隻何とか間に合わせて日本軍の6隻に備えました。

しかしこの頃には日本の情報はアメリカに筒抜けとなっており、M1作戦に向かう南雲機動部隊を待ち伏せしている状態でした。

ミッドウェー海戦の勝者は?

大破し炎上する戦艦飛龍
出典:Wikipedia

ミッドウェー海戦は、アメリカの勝利に終わりました。圧倒的な戦力の差で明らかに日本が有利だった戦闘のために、戦後アメリカの指揮官が「我々はラッキーだった!」と語る程日本が勝てる戦いでした。

歴史に「if」はありませんし、後述に挙げるような敗因がなければとも考えられますが、もし日本が勝っていたら、太平洋戦争はもっと長引いていたのかもしれません。

日本は主力戦力を多く失った

B-17の攻撃を避ける空母赤城
出典:Wikipedia

この海戦で日本海軍は1日に4隻の主力空母を失い、約3000人の戦死者を出しています。そのため日本の主力空母は2隻になり、連戦連勝だった日本軍が、守勢に転じることとなりました。搭乗員は比較的救出されたために、士気は下がっていなかったそうです。

しかしこの時の損失は後の戦闘に響き、二度と日本が快進撃を見せることはありませんでした。そしてこの事実も戦果は水増しして報告され、国民に知らされないまま突き進んでいくこととなるのです。

ミッドウェー海戦の敗因は何か?

魚雷が命中したアメリカ軍空母
出典:Wikipedia

圧倒的に有利だったミッドウェー海戦を落としたのは日本にとって、手痛い負けとなりました。太平洋戦争の運気が決まったといわれるミッドウェー海戦。敗因は何だったのかを見ていきます。

ずさんな情報管理と情報収集

日本の暗号はほぼ解読されていたという

ミッドウェー海戦の時には、アメリカは日本の暗号をほぼ解読していたといいます。そのため、日本がミッドウェーで作戦を行うことを事前に察知していたのです。そのためミッドウェー島近海で米軍の攻撃にあっています。

一方日本は、直前まで米軍艦隊がいることに気づきませんでした。しかもミッドウェー海戦直後、アメリカの新聞やラジオで、「海軍は日本軍の動きを事前に察知」という見出しで事実を放送しています。そのため日本は容易に暗号が解読されていることに気づけたはずですが、気づきもせずその後暗号も変えていないのです。

貧弱な防空能力

日本軍の水十偵察機、日本海軍の目だった
出典:Wikipedia

貧弱な防空能力も、大きな敗因の一つです。日本軍の防空は、米軍に比べて非常に貧弱でした。日本軍は当時レーダーを搭載していたのは、軍艦1隻のみで実質戦闘機での目視によって敵の発見を行っていました。そのため発見が遅れ、空母に3隻に米軍の奇襲攻撃を受けてしまう結果となりました。

対空火力も米軍に大きく劣っていました。米軍は駆逐艦も対空砲を利用していましたが、日本は平射砲を使用し高角装置を付けていたといいます。これも米海軍の火力に比べて劣るものでした。奇襲を受けた日本軍が、十分に対空防御が出来なかったために、防空主力は戦闘機が担っていました。しかし空中戦が始まると、防空に手が回らなくなるために戦艦への攻撃が容易になっていったのでした。

“運命の5分間”に左右された?

炎上する戦艦、“あと5分あれば”という言葉が有名になった
出典:Wikipedia

ミッドウェー海戦には“運命の5分間”と呼ばれる時間があったといわれ、「日本の機動部隊があと5分間時間が与えられれば」というものです。

ミッドウェー海戦では南雲中将の判断の元、狭い空母で既に積まれている艦載機の爆弾を下ろし、別の爆弾に積みかえてました。しかしこの判断が命取りとなり、結果間に合いませんでした。

米軍の攻撃を回避する空母蒼龍
出典:Wikipedia

つまり米軍の攻撃があと5分遅ければ攻撃隊が米軍艦隊を攻撃し、艦隊は勝利したと説明したのです。不運が重なったための敗北といわれましたが、後に他の証言者の内容などから異論も多く出ており、“運命の5分間はなかった”と否定されつつある論ではあります。

ミッドウェー海戦の敗因は何だったのか?敗因から学べる教訓も紹介

もしミッドウェー海戦に日本が勝っていたら?

日本を恐怖に陥れたB29も開発されている
出典:JapaneseClass.jp

“勝てた”戦いを落としたと残念がられることも多いミッドウェー海戦。もし勝ったらどうなったのだろう?歴史は変わらないとわかりつつも考えてしまいますよね。ミッドウェー海戦にもし勝っていた場合、良ければ敵空母を壊滅させることにより、日本の空襲を失くせたと想像できます。

ただし1943年代にはアメリカ軍は、新しい空母が出来ているので、それまでの半年ほどは日本優勢のままでいけたのかもしれません。この後新しい戦闘機をアメリカは開発し、数で圧倒していますので時期が遅くなるだけで他の戦いでミッドウェー海戦のような戦いが起きてたのではないでしょうか。

日本人にも人気の観光地・ハワイは戦火に巻き込まれていたのかもしれない
出典:Wikipedia

そして日本は恐らくミッドウェー島を攻略できていたら、次はハワイ島を狙ったと考えられますが、この時にも上記の通りアメリカ軍の装備も整ってきているので難しい攻略にはなったのではと想像できます。どちらにしても日本不利は変わらないのではないでしょうか。

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