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土偶とは?作られた意味や目的、種類、埴輪との違いもわかりやすく解説

土偶は縄文時代に作られ出土した人型の土製品です。五穀豊穣や子孫繁栄などの祈りが込められた神聖なものと言われています。

しかし、当時の深遠な宗教観が込められて作られた一方で出土した土偶の多くが縄文時代に壊されており時代によって形が異なるなど、不可解な点も見受けられます。そのためか、

「土偶って何のために作られたの?」
「埴輪と何が違うの?」
「女性の土偶が多いのにも理由があるの?」

と疑問を抱いている方も多いのではないでしょうか。教科書で見たことはあっても、土偶を詳しく勉強する機会はなかったですよね。

そこでこの記事では土偶に込められた目的から時代変遷に伴う形の変化、有名な土偶についてまで詳しく解説します。この記事を読めば、土偶に関して抱えている疑問が解決するでしょう。

土偶とは何か

土偶にはたくさんの形が存在する
出典:山川出版社

土偶とは、縄文時代に日本各地で作られたとされる土人形です。人型や動物型、植物の形などたくさんの形の土製品(どせいひん)が出土しています。しかし、定義は現在も曖昧なままになっており、一般的には縄文時代に作られた人型のものが「土偶」とされています。

土偶と埴輪(はにわ)の違い

土偶と似たようなものに「埴輪」がありますが、これらはどのような違いがあるのでしょうか?

土偶は縄文時代に作られ、日本各地から出土している土人形です。手足が付いていたり、乳房や妊婦をかたどったものが多いことから子孫繁栄、豊穣、再生を祈願するために作られたものと推定されていますが本当の目的は現在も定かではありません。そして、その多くが破壊されているのが最たる特徴です。

一方の埴輪は古墳の周囲に置くために作られた土製の焼き物のこと。円筒の形をした「円筒古墳」や、人や動物の形をした「形象埴輪」などが出土しています。埴輪は古墳に祀られる人の生前の姿や権威を示していたり、死者の霊に捧げるもの、葬儀の様子を表す目的として作られました。

土偶と埴輪は似ているようにも思えますが、素材や作られた時代、用途が全く異なっているのです。

土偶の意味とモチーフ

女性をかたどったように見える土偶
出典:東京国立博物館

土偶のモチーフには「女性」と「植物」が挙げられます。

土偶は乳房や臀部がふっくらし、くびれているものが多いことから、女性をモチーフにして作られたと考えられています。また、縄文時代中期の土偶は、腹部が膨らんでいるものも多数あり、妊婦のイメージを彷彿させるのも確かです。

そこから、生命を生み出す神秘的な存在として女性を崇め、豊穣や多産を祈って女性をかたどった土人形を作ったのではないかという説が唱えられました。また生まれてくる子どもの健康を強く祈る占術の意味も込められたとも考えられているとか。

縄文時代の女性の死亡率は10代後半から20代がピークになっており、出産を機に命を多く落とす女性が多かったことが推定されています。さらに、今よりも出産率は高いにもかかわらず人口も20万人後半と少なく、子どもの死亡率も高かったのが予想されているのも事実です。

そういった背景からも女性をモチーフにした土偶を作り、人々の命を占術的に守ろうとしたことが考えられます。

縄文時代における「植物」も大事な生命の綱だった
出典:語源由来辞典

また一方で、土偶は植物をモチーフにしているという説もあります。これは、食用植物に宿っているとされた精霊を讃える中で植物を擬人化して土偶を作り、自然界に対する畏敬を表現したという考えです。

このような祈りを唱える「植物霊祭祀」の痕跡は縄文遺跡から多数発見されており、占術によって自然界をコントロールし、五穀豊穣を祈願したという見方もあります。そこで土偶は植物をかたどって作られたのだろう、という考え方も唱えられるようになりました。

土偶の多くは破壊されている

どのような目的で土偶はばらばらに破壊されたのか
出典:Gooブログ

実は土偶の95パーセントが、故意に破壊された状態で出土しています。これは経年劣化のためではなく、明らかに人の手によってばらばらにされており、わざわざその破片を別の場所に埋めていることも調査から分かっているのです。これにはどのような意味が込められているのでしょうか。

諸説ありますが、祭祀を行う時に土偶を破壊し、厄災を払ったのではないかというのが最有力説です。他には破壊することで体の悪い部分が平癒するように祈願した説や、ばらばらにした土偶を大地に撒き五穀豊穣を祈願した説もあります。

土偶は占術的な意味合いを持ち、「はじめから破壊される」のを目的に作られたと考えられています。科学の無かった時代には、このように占術や神話的なイメージを用いて、日々の生活が良きものになるように祈願していたのです。

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土偶が作られた3つの目的

縄文時代の暮らしには占術が欠かせなかった
出典:縄文と古代文明を探検しよう!

縄文時代の人々が土偶を作った理由をより細分化して解説していきます。

豊穣祈願(ほうじょうきがん)

古代から日本では稲作が大事にされてきた
出典:わつなぎ

1つ目は、土偶は五穀豊穣をの祈りの末に作られたという考えです。この豊穣への祈りは、地母神(じぼしん)という「多産、肥沃、豊穣をもたらす神」への祈りに通底しています。

大地を神格化させ、それに対して崇拝の念を持つことによって、豊かな生殖と豊穣をもたらそうとするのは、農耕民族の特徴的な宗教観でもありました。その体現として土偶は作られたとされています。

鎮魂(ちんこん)

縄文時代は埋葬が一般的だった
出典:よりそう

2つ目は、土偶は死者をかたどりその魂を鎮めるために作られたという考えです。当時、人間が死ぬとその精霊を清める祭祀が行われていました。その際に死者に似た形の土人形を作り、その魂を懸命に清めようとしたのではないか、と考えられています。

土偶の多くが女性をモチーフにされているのは、出産によって母子が亡くなることが多く、そのたびに女性の魂を清めていたからだとする説も存在しています。現在でも、お墓や仏壇などの「死者を想起させるもの」を作ろうとします。縄文時代には、その役割を土偶が担っていたのかもしれません。

平癒祈願(へいゆきがん)

古代は祈りの力が重要視された
出典:ダイヤモンド・オンライン

3つ目は病気平癒の目的です。縄文時代には今のような医学技術はありません。したがって祈りの力を用いて病気や障害の平癒を祈願し、そこで土偶が用いられたと考えられてもいます。

体の悪い部分があればそこをわざと破壊したりと、自分や誰かの体を土偶に見立てて平癒を祈願したとという考えは容易く想像できるのではないでしょうか。出土した土偶の中には、赤ちゃんの形をした土偶が内部に入っているものも発見されています。亡くなった子どもを再び母親の胎内に戻し「再生」を祈願したのでないかと想定されています。

このように、体の形に似つかせることによって、土偶に病気や怪我などを反映させているという説も根強く支持されています。

土偶の種類

土偶の種類は時代によって異なり、多様に変化しました。どのようなものが出土しているのか詳しく説明していきます。

土偶の種類時代
粥見井尻遺跡出土土偶
(かゆみいじりいせき
しゅつどどぐう)
縄文時代・草創期
三内丸山遺跡出土土偶
(さんないまるやまいせき
しゅつどどぐう)
縄文時代・前期
立像土偶
(りゅうぞうどぐう)
縄文時代・中期
ハート形土偶・
ミミズク土偶
縄文時代・後期
遮光器土偶
(しゃこうきどぐう)
縄文時代・晩期

粥見井尻遺跡出土土偶(縄文時代・草創期)

粥見井尻遺跡出土土偶
出典:和樂Web

約1万3000年前、縄文時代草創期に作られたとされる日本最古の土偶は粥見井尻遺跡から出土した土偶です。顔や足の表現はなく、首と女性の胸部と見られる膨らみがあるシンプルな作りが特徴。

縄文時代草創期に作られた土偶は粥見井尻遺跡から出土したものの他に、滋賀県相谷熊原遺跡から出土した土偶の2体のみ。どちらも手のひらに入るほどの小さなサイズです。

大きな集落の建物跡から発見された土偶で、どのような用途で用いられていたかは分かっていませんが、1万3000円前という太古にも、何かしらの宗教観があったことが分かる非常に貴重な史料とされています。

三内丸山遺跡出土土偶(縄文時代・前期)

三内丸山遺跡出土土偶
出典:クール・スーサン

草創期から大きな変化を見せたのが、縄文時代前期の土偶です。三内丸山遺跡から出土した土偶には、顔と表情、模様が付けられています。草創期と変わらないのが胸部とくびれの部分。

当時の日本は温暖な気候に恵まれるようになり、人口も爆発的に増加しました。そのために生命の誕生や豊穣に重点が置かれていたことが予想されています。女性の胸部などの女性性の表現が多いのは「生命」「生殖」のイメージを大切にしていたからかもしれません。

立像土偶(縄文時代・中期)

立像土偶
出典:オークフリー

初めて日本で土偶が作られてから6000年経った後の縄文時代中期には、その顔表現はさらに広がるほか、自立できるような構造に進化しました。くびれは維持されながらも足や腕を持つように変化。ほかにも、内部が空洞の土偶が作られたり、今までのものより大きな土偶が作られたのも縄文時代中期の土偶の特徴です。

さらには東北地方では平面が目立つ板状の土偶が流布するようになりました。大集落が増えるに連れ、大量に土偶が作られたと考えられています。

ハート・ミミズク型土偶(縄文時代・後期)

ハート形土偶
出典:リーディング講座

縄文時代後期に誕生したのがハート型土偶です。顔の部分がハート形になっていることからこのように呼称されています。

「仮面を被っている」「デフォルメした顔面ではないか」などといった説もありますが、いずれにしても真相は分かっていません。腹部に妊娠線が書かれているものが多く、これらも女性をかたどった土偶とされています。

ミミズク土偶
出典:歴史プラス

一方、ミミズク土偶も縄文時代後期に登場する特徴的な土偶。デフォルメされた顔部分が、みみずくに似ていることからこのように呼ばれています。耳には丸い装飾物が付き、髪の毛が結われていることから当時の風俗を知ることができる土偶でもあります。

ハート形土偶とは異なり、頭部が非常に大きい半面身体部分が平たく作成されているために、自立できないのも特徴。手に持ったり、壁に立てかけるなどの方法で使われていたのではないかと予想されています。

遮光器土偶(縄文時代・晩期)

遮光器土偶
出典:文化遺産オンライン

縄文時代後期に誕生したのは遮光器土偶です。目の誇張部分が、シベリアやカナダの先住民族が雪中行動する際に身に着ける「遮光器」(スノーゴーグル)に似ていることから、「遮光器土偶」と呼ばれるようになりました。

胴部には紋様が施されているほか、朱色に塗られていた痕跡も多くあります。焼く際にひび割れしないように大型のものは内部が空洞になっているのも特徴です。

遮光器土偶にある特殊な特徴は、足や腕など体の一部が欠損しているものがほとんどで、破損・切断されている部分はアスファルトで何度も修復されている痕跡があること。豊穣祈願などの祭祀の際に、同じ遮光器土偶を何度も壊しては使用していたことが考えられています。

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国宝認定された有名土偶

国宝認定された土偶は5つ存在する
出典:アマゾン

土偶は縄文時代を知る手がかりとして非常に希少価値の高い史料です。その中でも国宝認定されている土偶にはどのようなものがあるのでしょうか。

縄文のビーナス(長野県棚畑遺跡)

縄文のビーナス
出典:和樂Web

「縄文のビーナス」と称されるこの土偶は縄文時代中期に作られたとされるもので、長野県棚畑遺跡から出土しました。ややハート形の顔面に釣り目、胸部と臀部の膨らみ、やわらかなくびれが印象的な女性をかたどった土偶です。

高さは27センチと少し大きめ、素材に雲母片(うんもへん)が練りこまれており、肌がうっすらと輝いています。出土する土偶の多くが破損しているにもかかわらず、「縄文のビーナス」は完全な形で出土している点も珍しく、非常に貴重な土偶として国宝に認定されました。

中空土偶(北海道著母内野遺跡)

中空土偶
出典:GoodDay北海道

1975年に函館市のジャガイモ畑で一般の主婦によって発見された北海道唯一の国宝の土偶です。

内部が空洞になっている「中空土偶」で、高さ41.5センチ、約2キロの重さ、日本国内で最大の中空土偶になります。茅部町(かやべちょう)から出土した中空土偶のため「茅空(かっくう)」という愛称で親しまれています。

左右に大きく張った肩やすらっとした長い両足、左右の均衡が取れた表現技法が特徴。くびれはありますが、どこか男性を彷彿させるような出で立ちがあります。

合掌土偶(青森県八戸市風張1遺跡)

合掌土偶
出典:東奥日報

体育座りで手を合わせていることから「合掌土偶」と呼ばれている土偶。約3500年前に作られたとされる合掌土偶ですが、このような姿勢をしているのは日本唯一であり、学術的価値も高いと評価されています。

当初は全身が朱く塗られていたことも判明しているほか、破損部分にはアスファルトが塗られており、何度も修復させながら使用されていたことが分かっています。日常生活の中で重要なものとして扱われていたのでしょう。

信仰深く祈る姿から当時の宗教儀礼に使用されていたのではないかとされる見方もある一方で、出産の姿勢だとする見方もあり、非常に貴重な史料だとされています。女性器、眉毛、鼻の穴、肛門なども彫られており、他にはない繊細な作りが特徴です。

縄文の女神(山形県西ノ前遺跡)

縄文の女神
出典:長谷守保建築計画

1996年、山形県の奥羽線舟形駅付近の発掘調査をした際に発見された縄文時代中期の土偶、「縄文の女神」。当初は左足、腰、頭、胴、右足など5つに割れており、復元した結果、45センチという日本最大級並みの土偶だと判明しました。

腕はないものの、胸部がとんがって表現されているほか、腹部は妊産婦を想起させるような鋭いでっぱりが目を引きます。臀部は後部に向かって突き出ており、両足は分離せずにくっついているのも印象的です。目、鼻、口の表現はなく洗練された雰囲気が特徴の土偶です。

土偶は一般的に破壊されたら遠方に撒かれていたようですが、「縄文の女神」は比較的狭い範囲内で破片が見つかりました。したがって、当時は全ての土偶を同じように扱っていたわけではなく、土偶の中にも役割分担があったのではないかとの研究もなされています。

仮面の女神(長野県中ツ原遺跡)

仮面の女神
出典:Gooブログ

2000年に長野県中ツ原遺跡から出土した「仮面の女神」での呼称で親しまれる土偶。高さ34センチにもかかわらず、2.7キログラムと重量がありますが、内部が空洞になっている中空土偶の一つです。

何と言ってもこの土偶の特徴は、逆三角形の仮面を着けているような仕上がりです。細い粘土紐でV字が描かれ、その下部に鼻のような突起があります。腹部には渦巻が施され、幾何学的な模様が描かれているのも特徴。足もかなり太く自立する土偶です。

「仮面の女神」が出土した際、右足は切断され破損していましたが、その破片は体の内部に意図的に収められていました。この点からも、何かしらの宗教儀礼的な意味合いで「仮面の女神」が使用されていたことが推定されています。

まとめ

土偶についてまとめました。

見た目のフォルムや表情から、どことなく「可愛らしい」とすら思っていた土偶。しかし、よく調べてみると縄文時代を生きる人々の深い祈りの念が込められているのを知れました。何万年の時を経て畏怖の気持ちすらふつふつと沸き起こってきます。土偶にはそのような不思議な力が包含されているような気がしました。

この記事を通じて、土偶の不思議な魅力が届くと嬉しいです。

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