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三島由紀との思想とは?三島事件に至った人生観や哲学をわかりやすく解説

三島由紀夫ってどんな思想を抱いていたの?」
「三島事件の発端になった思想ってなに?」
三島由紀夫の思想が分かる本を知りたい!」

本記事を読んでいるあなたはこのようなことを思っているのではないでしょうか?

三島由紀夫とは、政治活動家の側面を持つ小説家です。彼の思想を大雑把に区別すると「新右翼」でしょう。新右翼とは民族に大きなこだわりを持った反戦後体制派のことで、特に「米国による日本支配」への批判を行いました。

三島由紀夫(1970年11月25日三島事件時)
出典:Wikipedia

三島由紀夫はこの新右翼が生まれるきっかけを作った人物です。日本の文化に対する強い思いを持っていた三島は晩年に国の現状を憂い、クーデター未遂事件を起こして自決しました。本記事では三島由紀夫の思想についてわかりやすく解説します。

三島由紀夫はどんな人物だったのか?

三島由紀夫
出典:Wikipedia

三島由紀夫は日本を代表する小説家の1人です。ノーベル文学賞の候補に選ばれるなど、日本だけでなく世界でも認められていた作家で、日本人で初めてアメリカの男性誌「Esquire」の「世界百人」に選ばれました。

また、満年齢と昭和の年数が一致し、昭和の日本の問題を鋭い視点で指摘した人物としても有名です。作家として多数の作品を世に送り出した人物ですが、晩年は政治活動家の側面を強め、民兵組織「楯の会」を設立。

1970年11月25日に「三島事件」と後に呼ばれるクーデター未遂事件を起こし、後の政治活動や文学界に大きな影響を与えました。

三島由紀夫とはどんな人?生涯&年表まとめ【代表作品や死因、功績も紹介】

三島由紀夫が抱いていた思想とは?

日本を愛した作家・三島由紀夫
出典:Wikipedia

三島は大きく分けて以下の3つの意見を主張していました。

  • 1.日本国の力を削ぐような現憲法の改憲
  • 2.自衛隊の国軍化
  • 3.天皇による伝統的行事の復活

三島は高度経済成長を遂げる日本社会を見て、このままでは日本が積み上げてきた歴史や文化、伝統が破壊され、国家としての自尊心を失ってしまうという危機感を持っていました。そして、その原因の一つが、海外からの侵略に対して丸腰でいることを強いる現憲法であると結論付けていました。

国を守り、伝統も守るためには物理的な軍事力しかない、という考えを三島は持っていました。このように三島は日本の伝統を心から愛していたのです。

三島事件の発端となった8つの思想

「三島事件」とは、先ほども触れた通り三島由紀夫と「楯の会」の会員数名が起こしたクーデター未遂事件です。日本国内だけでなく、世界からも評価されていた三島がなぜこのような事件を起こしたのか。その発端と思われる思想を8つに分けて紹介します。

  • 1.憲法第9条をすべて削除すべきである
  • 2.自衛隊は武士道精神を保持すべきである
  • 3.日米安保は本質的に日本の問題ではない
  • 4.天皇は日本文化の象徴
  • 5.特攻隊への賛美
  • 6.暗殺とは本来武士の作法に乗っ取った決闘のようなもの
  • 7.革命は道義があってこそ
  • 8.昭和の戦時下を生きた三島の死生観

1つずつ見ていきましょう。

1.憲法9条をすべて削除すべきである

日本国憲法の原本
出典:Wikipedia

結論から言うと、三島は憲法第9条に対して否定的な意見を持っていました。また、戦後アメリカとイギリスを代表とする連合国軍の占領下で定められた今の憲法についても、あまり良い感情を抱いていなかったようです。

三島は現憲法は、国際政治の力関係によって政治的に押し付けられた憲法であると捉えていました。そして、現憲法は国体(日本文化のアイデンティティー)と政治が区別されず、一緒くたにされてしまうという問題を持っていると三島は指摘しています。

日本は本来、祭政一致(宗教的行事の主催者と政治的主権者が一致していること)的な国家でした。しかし、現憲法によりもともとの祭政一致的国家であった部分と、海外から押し付けられた行政を主体においた国家の部分に分裂してしまっていると三島は説明しています。

簡単に言うと、現憲法によって日本が今までに積み重ねてきた文化が破壊されてしまうのではないか、という危機感を持っていたようです。

また、日本国憲法第9条について三島は「憲法9条は戦勝国へのお詫びのようなものであり、この先国家として生き残っていけるか怪しい立場に日本を置くものである」と批判しました。

陸上自衛隊
出典:Wikipedia

さらにいかなる戦力(自衛権や交戦権)の保有を許されていない憲法9条第2項は、他国の侵略に対して日本は丸腰でなければならないため、国家として死ぬ以外の選択肢しかないと指摘。

そして、日本政府はこういった事態が起きたとき、国家として生き残れるよう現憲法に対して政府は日本にとって都合の良い解釈を立てざるを得ないとしています。これは、本来憲法を守り、そして守らせなくてはいけない政府が自らその憲法を破るという矛盾を孕んでいます。

三島はこの問題について、実際に執行力を持たない法の権威のなさを広く知らしめてしまうばかりか、法と道徳の溝を広げてしまうと指摘しました。さらに現憲法に照らし合わせれば自衛隊は違憲であるとも言っています。

そして、現憲法を日本へ与えたアメリカ自身が自衛隊の創設を認めており、作った本人が第9条を違反しているという矛盾についても指摘。結果、日本は国内外の批判を恐れて護憲を標榜するだけになり、さらにアメリカの要請にしぶしぶ答える形で自衛隊をただ無目的に拡大していると批判しています。

以上の問題の解決案として、三島は第9条すべてを削除するべきであると主張しました。

2.自衛隊は武士道精神を保持すべきである

武士道精神は軍国主義に陥らないために必要なものと考えた

上記であげたように、三島は国を守るために日本も軍隊を持つべきだと考えていました。その解決案として、彼は「日本国軍」の創設を提唱しています。

というのも、三島は仮に日本防衛の際に外国の軍事力を借りるとしても、外国の軍隊は他国の伝統・文化によって成り立っている国家のありようを守ってくれるわけではないと考えていたからです。また、三島は現状では自衛隊の最高指揮権は日本の内閣総理大臣ではなく、最終的にアメリカの大統領が持っているのではないかという疑惑がありました。

そのため、三島は解決案として自衛隊二分論を唱えています。自衛隊二分論は簡単に言うと、「国際向けの軍隊」と「日本そのものを守る軍隊」とに自衛隊を分けようというものです。

「国際向けの軍隊」は外国からの侵略に備えることを目的としている軍です。この軍は安保条約の集団安全保障体制に従うものです。

陸上自衛隊
出典:Wikipedia

対して「日本そのものを守る軍隊」とは、いかなる外国とも軍事条約を結ばない絶対自立の軍隊です。主に、内部から国の安全を崩そうとする脅威から日本を守ることを目的としている軍隊で、警察によって治安を維持できない際にも出動します。

また、この軍隊には多数の有志による民兵も含まれると三島は付け加えています。さらに三島は天皇陛下による諸々の儀式を復活させるべきであるとしています。たとえば、軍旗の直接下賜や自衛隊の儀仗の献上、自衛隊員への勲章の授与などです。

というのも、三島は自衛隊が単なる軍人や官僚化に陥らないために武士道精神を復活し保持しなければならないと考えていたからです。さらに軍人に自己犠牲の精神がかけたとき、自衛隊は軍国主義(国家の政策や組織を戦争に役立つように操作し、戦争で国力を高めようとすること)に陥ってしまうと言っています。

再び戦争を起こさないためにも、三島は自衛隊は武士道精神を持つべきだと説きました。そして、そのために天皇と軍隊を栄誉という絆でつなぐことが重要であると考えたのです。

3.日米安保は本質的に日本の問題ではない

日本の伝統を愛している者は日米安保に否定も肯定もしないだろうと三島は考えていた
出典:Wikipedia

ここまで聞くと三島は日米安保について否定的な意見を持っているように思えます。ですが、三島は日米安保については、本質的に日本の問題ではないような気がすると述べています。

というのも、日本は本質的に自主性を選べない状況にあると言っています。日米安保について賛成か反対か、という問いは言い換えればアメリカと中国共産党のどちらを選ぶのかという話になってしまうと三島は結論づけました。

4.天皇は日本文化の象徴

昭和天皇
出典:Wikipedia

三島の思想で重要な要素の一つが天皇です。三島は、日本と海外を比べたとき、日本を区別する最終的な指標は天皇のみであると考えています。

天皇とは、日本の歴史を紡いできた文化や祖先崇拝の象徴であるとし、「神道の祭祀」を国事行為として行い、「神聖」と最終的に繋がっている存在であると三島は言っています。そして、天皇は自らの神聖を回復するべきであるという義務を国民に対して負っていると続けました。

要するに日本の文化にとって、天皇は重要な存在であると三島は言っているのです。

また、三島は戦後の日本社会は国際的・経済的なことを重視するあまり日本独自の伝統や文化、歴史がないがしろになっていると指摘しました。そして、日本の文化の中心であり祭祀国家の長である天皇は国と民族をつなげる象徴であるとし、「文化概念としての天皇」という理念を説いています。

皇室の起源とされる神武天皇
出典:Wikipedia

ここまで聞くと天皇という存在に肯定的な三島ですが、彼の言う天皇とはいわゆる「神」としての天皇です。そのため、昭和天皇個人に対しては反感のようなものを持っていました。

というのも戦後の政策により、天皇人間化という行為が行われたからです。「国民に親しまれる天皇制」という大衆社会化を追う形で行われたイメージ作りにより、天皇の権威は堕ちてしまったと三島は嘆き、厳しい態度を取りました。

この三島の態度に作家の井上光晴は「三島さんは俺よりも天皇に過酷なんだね」と言っており、これに対して三島は「天皇に過酷な要求をすることこそが、天皇に対する一番の忠義である」と語っています。

そして、理想の天皇制は「没我の精神」であり、自分の利益だけを考えて他人のことを省みないエゴイズムに国や国民が陥らないように嗜める要因として、新嘗祭(天皇の即位後に行われる祭事)などの祭祀を続けていくべきだと説いています。

5.特攻隊への賛美

特攻隊
出典:Wikipedia

上記で紹介したように三島は「没我の精神」を重要視しました。そのため、「没我の精神」を体現した特攻隊を三島は賛美しています。

そして大東亜戦争で日本が西洋の武器を使ったことに対して、三島は「あの戦争が日本刀だけで戦ったなら威張れるけれど、みんな西洋の発明品で西洋相手に戦った。ただ一つ、真の日本的な武器は航空機を日本刀のように使って散った特攻隊だけである」と言っています。

このあと詳しく説明しますが、三島は日本の武士道精神を重んじており、1人で相手に立ち向かうという行為を重んじていました。そのため、自分の命を省みずに航空機で敵軍へ突撃して行った特攻隊は、三島にとって実に日本らしい英雄だったのでしょう。

6.暗殺とは本来武士の作法に乗っ取った決闘のようなもの

相手を殺したあとに暗殺者も死ぬのが良い暗殺

暗殺についても、三島は武士道精神を重要視しています。そして、三島はこの武士道精神の有無で暗殺を良い暗殺と悪い暗殺に分けました。

三島の言う良い暗殺とは、目的を遂げたあと暗殺者が必ず自殺するという日本の伝統に沿った作法で行われたものです。三島は暗殺とは決闘のようなものであり、命をかけた一対一の真剣勝負であると捉えていました。

対して、悪い暗殺とは飛行機の爆弾を仕掛けて関係のない人々を巻き込んだり、女子供を殺したりするような暗殺のことです。こういった暗殺は絶対にやってはならない卑劣な行為であると三島は断じています。

そして、三島はこう続けています。今の日本には良い暗殺に分類される「捨て身の暗殺」がなくなってきており、それに伴って政治家が腰抜けになり政治の世界が茶番劇化している、と指摘。そして、言論の自由が確保された今の日本は美しいけれど、命を賭けた言論がなくなってしまったと嘆いています。

7.革命は道義があってこそ

二・二六事件
出典:Wikipedia

暗殺と同じように、三島は革命も良いものと悪いものがあると言っています。たとえば二・二六事件(皇道派という天皇を中心とする日本文化を重んじる思想に影響を受けた青年将校らが起こしたクーデター未遂事件)などは日本の精神文化に基づいた革命だったため、三島は肯定しています。

対して、悪い革命とは日本の文化とは相容れないマルクス主義(社会主義思想のひとつ)に基づく革命です。三島によれば、マルクス主義に基づく革命は反戦や平和、民主主義など聞こえの良いスローガンを掲げ、少数派や不幸な人たちを革命の駒として利用していると言います。

そして、甘い理想を掲げて彼らを権力闘争の場面へ連れていくことは詐欺のようなやり方であり、道義性が失われていると批判しました。

8.昭和の戦時下を生きた三島の死生観

「限りある命ならば永遠に生きたい」という遺書風のメモが書斎から見つかっている
出典:Wikipedia

三島は少年・青年時代の多感な時期に戦争を体験した世代です。そのため、常に「死」を意識しており、彼にとって「死」とは人生において大きなテーマの一つでもありました。そのため、彼は自分の作品でもたびたびこのテーマを扱っています。

三島は文学の中で「死」は「行動」という言葉を残しています。三島は「死」を純粋と絶対の行為として捉えていました。そして、「私は想像するに、ただ一点を付け加えることによってすぐさまその世界を完成する死の方が、ずっと管制官は強烈なのではないか」とも三島は語っています。

この考え方は、もしかすると晩年の三島事件にも繋がっているのかもしれません。

三島由紀夫の辞世の句
出典:Wikipedia

また、三島は「今日明日死ぬかもしれない」という思いで生きると言う心構えが肝心だと考えています。なぜなら、そう思って仕事をするとき、その仕事が急に生き生きとした光を放つからです。つまり、毎日死を思うことは、毎日生きるということを思うことと同じなのです。

そして、三島は「人間は日々に生き、日々に死ぬ意外に成熟の方法を知らない」と結論づけ、これが人間の行動の強さの厳選となると主張しました。また、理想やなにかのために生きることが大義であり、大義のために死ぬということが人間の最も華々しい、立派な死に方であるとも言いました。

三島は日本のため、人生の最後に三島事件を起こして自殺しました。死生観と合わせて考えれば、彼が持っていた日本への思いの強さが伝わってきますね。

三島由紀夫の死因は?三島事件とは?経緯や背景にある思想も解説

三島由紀夫の作風から見られる思想

三島の作品は相反する二つの要素を組み合わせたものが多い

三島の作品は二元論的なテーマが多く見受けられます。そのため自他ともに二元論者であると認めていました。

二元論とは、相反する2つの原理や基本的要素から構成されるもの、もしくは2つの区分に分けられるとする考え方を指します。たとえば、「善と悪」「昼と夜」などが当てはまります。

三島の作品は、「仮面の告白」や「春の雪」、「純白の夜」など反対の概念を組み合わせた題名が多く存在します。さらに作品のテーマも「生と死」「芸術と人生」「文と武」「精神と肉体」などの二元論が見られます。

実生活でも二元論的考えが根底にあったと見られます。三島はもともと虚弱体質で、そのことをコンプレックスに思っていました。反面、文学という才能に溢れていました。そのため、言葉と肉体という相反する概念に関心を持っており、たびたびそのことについて論じています。

30歳になってからはボディビルを始め、ボクシングや剣道、空手などで自分の肉体を鍛え上げていきました。言葉と肉体について、三島は生涯にわたって考え続けました。

三島由紀夫の思想がわかる本

文化防衛論

三島由紀夫の思想を知る上で欠かせない一冊です。三島自身が書いた本で、戦後日本に対する鋭い指摘がされています。ある程度の読書経験が必要ですが、当時の三島の魂がこもっている貴重な資料です。

人と思想 三島由紀夫

三島由紀夫の生涯と思想についてわかりやすく書かれた一冊です。丁寧な解説をしているため、読書慣れしていない人でも読みやすい内容となっています。

三島由紀夫の思想に関するまとめ

三島由紀夫の思想について、三島事件に至った思想を中心に解説しました。いかがでしたでしょうか。

三島の思想は複雑で理解するのが難しいですが、日本の文化・伝統に対する愛が伝わってきます。演説の後、自ら命を絶って社会に大きな爪痕を残した三島の姿には日本人として考えさせられる点が多くあります。

本記事を読んで、三島の思想について少しでもお伝えできたなら嬉しいです。

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