両面宿儺は実在した人間だった?その正体を日本書紀や伝説と基に解説

「両面宿儺って実在するの?」
「呪術廻戦に出て存在を知った!」

両面宿儺(りょうめんすくな)は大和時代の飛騨に現れたといわれる異形の人、いわゆる鬼人です。「日本書紀」において武振熊命(たけふるくまのみこと)に討伐されたといわれる一方で、飛騨では龍を退治したりと多くの活躍の伝承が残っている鬼人でもあります。

両面宿儺の像
出典:飛騨高山観光公式サイト

近年ではアニメ化もした大人気漫画「呪術廻戦」で、主人公・虎杖悠仁に憑依した呪いの王のモチーフも話題となりました。そんな創作作品では「呪いの王」として出てくるものの、古代に英雄としての功績も残したといわれる両面宿儺は実在したのでしょうか?

日本の伝説や逸話を元に、両面宿儺の存在を読み解いていきます。

この記事を書いた人

フリーランスライター

高田 里美

フリーランスライター、高田里美(たかださとみ)。大学は日本語・日本文学科を専攻。同時にドイツ史に興味を持ち、語学学校に通いながら研究に励む。ドイツ史研究歴は約20年で、過去に読んだヨーロッパ史の専門書は100冊以上。日本語教師、会社員を経て結婚し、現在は歴史研究を続けながらWebライターとして活躍中。

両面宿儺の正体は?歴史的な記述から解説

「呪術廻戦」に出てくる両面宿儺のアニメ画
出典:samosamo漫画広場

創作作品に「呪いの王」として登場する両面宿儺という鬼人。そんな両面宿儺の正体は歴史的な記述では「悪の鬼人」なのか?それとも「神仏の使い」なのか?このトピックでは、記録されている両面宿儺の記述からどのような存在なのかを紐解いて解説していきます。

日本書紀では「悪の化身」として描かれた

日本最古の正史「日本書紀」には大和朝廷に背いた者として記されている
出典:Wikipedia

両面宿儺の記述は、飛鳥時代に編集された「日本書紀」まで遡ります。日本書紀によると、

六十五年 飛騨國有一人 曰宿儺 其爲人 壹體有兩面 面各相背 頂合無項 各有手足 其有膝而無膕踵 力多以輕捷 左右佩劒 四手並用弓矢 是以 不随皇命 掠略人民爲樂 於是 遣和珥臣祖難波根子武振熊而誅之

【現代語訳】

六十五年、飛騨国にひとりの人がいた。宿儺という。一つの胴体に二つの顔があり、それぞれ反対側を向いていた。頭頂は合してうなじがなく、胴体のそれぞれに手足があり、膝はあるがひかがみと踵がなかった。力強く軽捷で、左右に剣を帯び、四つの手で二張りの弓矢を用いた。そこで皇命に従わず、人民から略奪することを楽しんでいた。それゆえ和珥臣の祖、難波根子武振熊を遣わしてこれを誅した。

Wikipedia

と書かれています。つまり4本の手を持った怪物であり、力が強く足も速いうえに4つの手で剣と弓を操っていたというのです。そして大和王権の命に従わないために、難波根子武振熊(なにわねこたけふるくま)に討伐されたというのです。

第16代仁徳天皇の時代に起こったと記されている
出典:Wikipedia

日本書紀は、奈良時代に成立した日本に残る最古の正史です。両面宿儺はその日本書紀に「討伐された鬼人」と記されており、日本の歴史上では中央集権に従わない「まつろわぬもの(逆賊)」という位置づけとされています。

日本書紀とは?どんな内容?特徴や作者、成り立ち、古事記との違いなどを紹介

飛騨では仏の化身として祀られていた

岐阜県には現在も多くの伝承が残っている
出典:Wikipedia

日本書紀で討伐されたと記されている両面宿儺は、飛騨(現在の岐阜県)に多くの伝承が残されています。しかも史書に書かれている「鬼人」ではなく、寺院では仏の化身であったりと別の一面が見てとれるのです。そこでこのトピックでは、飛騨に祀られている寺院と伝承を紹介します。

普門山善久寺の伝承と仏像

高山市にある善久寺
出典:飛騨三十三観音霊場

普門山善久寺(ふもんざんぜんきゅうじ)は岐阜県高山市の寺院であり、両面宿儺が自らを「十一面観音の化身である」と名乗り建てた寺院といわれています。善久寺には、両面宿儺が現れた時の詳しい様子が書かれた「両面宿儺出現記」が記されています。

仁徳天皇の時代、丹生川村日面村出羽ヶ平の山が大きな音を立てて揺れ動き、岸壁が崩れ落ちて岩窟が出来た。その中から身長三メートル以上、頭がひとつで顔が前後にあり、手足が四本で甲冑を着て腰に兵丈をさし、片手に斧、片手で印を結んだ宿儺という異形のものが出現した。山畑で仕事をしていた村人たちは、恐れおののいて逃げようとすると、宿儺はこう言った。「村人よ、恐れることはない。私は、仏法や王法を守るためにこの地にやってきたものであり、この世に奉仕をするものである。」

この異形の人物の出現のことは都にも伝わり、仁徳天皇はこれを退治するために軍を送ったが、険しい山岳に阻まれ都へ引き上げると、天皇は、難波根子武振熊を大将とする軍を派遣し、武振熊は美濃・高沢に陣を張った。宿儺は武振熊に使いを出して、「私は仏法の定めによって大鷦鷯天皇(おほさざきのすめらみこと)に天皇位の王法を伝授するために出現したのである」と伝え、武振熊を位山に案内した。そこで武振熊に大鷦鷯天皇への王法を伝授し、その印として位山の「イチイの木」で作った笏を献上した。

金山町観光協会

とあり、日本書紀では大和政権に背いた者というニュアンスでしたが、両面宿儺出現記によると「王道」を仁徳天皇に授けるために出現し、討伐に来た武振熊を案内し王位を授けその印に忽を献上したとあります。ここで両面宿儺は飛騨を荒らしていたわけではなく、逆に王道を授けた仏の化身とされているのです。

善久寺にある両面宿儺像、武人のようないでたちをしている
出典:飛騨三十三観音霊場

また善久寺に弘法大師が訪れた時に、「両面宿儺」に菩薩の位を授けたといわれています。そして約千年前に彗心僧都という方が「両面宿儺が十一面観音の化身」と聞き、十一面観音像を刻んで入れたと伝わっています。

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2 COMMENTS

匿名

丹=辰砂=赤色硫化水銀
丹生川=赤色硫化水銀が採れた川
水銀毒に侵された妊婦から生まれた結合双生児=両面宿儺
=赤色の体に炎の衣を纏い、二面二臂で七枚の舌を持つ火神アグニ

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