「土方歳三はイケメンと聞いたけど本当?」
「どれくらいモテたの?」
土方歳三は幕末期に京都で活躍した、新撰組の副長を務めていた人物です。剣の達人が多く在籍する新撰組を局長の近藤勇と共にまとめ上げ、尊王攘夷運動の志士や乱暴な浪士を取り締まる活動をしていました。
映画や創作作品でもイケメンキャラとして登場する土方歳三は、本当にイケメンだったのでしょうか?この記事では当時の記録なども含めて、土方歳三がイケメンかどうかを考察してみました。
この記事を書いた人
フリーランスライター
フリーランスライター、高田里美(たかださとみ)。大学は日本語・日本文学科を専攻。同時にドイツ史に興味を持ち、語学学校に通いながら研究に励む。ドイツ史研究歴は約20年で、過去に読んだヨーロッパ史の専門書は100冊以上。日本語教師、会社員を経て結婚し、現在は歴史研究を続けながらWebライターとして活躍中。
土方歳三は本当にイケメンだった?
土方歳三の写真が残っていますが、「顔立ちも整っていてイケメンだ」と歴史好きを中心に話題となっています。しかし土方歳三がイケメンと言われた理由は、端正な顔立ちだけではありません。ここでは、土方のどういったところがイケメンだったのかを紹介します。
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若い頃からイケメンと言われていた
土方歳三の容姿は現在でも通じるイケメンですが、幕末でもイケメンで有名だったようです。
「身長五尺五寸、眉目清秀にしてすこぶる美男子なり」
「背丈短く青白く、眼は人を射るが如く」
「内藤氏に時々話しに来る新撰組の近藤勇や土方歳三達がむやみに人を斬ったりはったりする人間とも見えず、ことに土方の如きは役者とでも言いたい位の色男然たる風貌であったのを記憶する」
「色は青い方、躯体もまた大ならず、漆のような髪を長ごう振り乱してある。ざっと言えば一個の美男子と申すべき相貌に覚えました」
と土方を知るものが証言しています。取りまとめると、「色白の美男子で背が高かった」という印象が共通しています。現在の美男の価値観と、幕末の美男の価値観もさほど実は変わっていない印象を受けます。
また、新しもの好きであり、服装にもとても気を使っていたといいます。動きやすいという理由ですぐ洋装に切り替え、舶来の懐中時計を持っていたりとかなりおしゃれな人物だったようです。
当時としては高身長だった事もモテた理由
土方歳三というと「イケメン・モテモテ・高身長」というイメージを持っている人も多いのではないでしょうか?現在のイメージに通じる司馬遼太郎が書いた小説「燃えよ剣」では、
「背が高い。肩幅が広く、腰がしなやかで、しかも腰を沈めるように歩く。眼のあるものから見れば、よほど剣の修行を積んだものの歩き方だった」
と描写されており、高身長の剣士として登場しています。では実際の土方の身長は高かったのか?ですが、諸説はあるものの証言で「五尺五寸はあった」「局長の近藤勇よりも髷つぶしだけは高かった」とあるので、約167~176センチくらいではないかと推測されています。
江戸時代の男性の平均身長は155センチだったといいますので、かなり高身長だったようです。平均身長よりも10センチ以上高かったので、当時はかなり目立ったのではないでしょうか。