「ナチスはどんな人体実験していたの?」
「強制収容所で酷い実験していたと聞いたけど…」
第二次世界大戦時にアドルフ・ヒトラー率いる「ナチス・ドイツ」は、ユダヤ人・ロマ(ジプシー)・障害者などを迫害し、ドイツや占領国各地にある強制収容所に収容し虐殺しました。犠牲者たちは死ぬまで労働を強いられましたが、中には人体実験の犠牲者となった人もいます。
そこでこの記事では、ナチスの犯罪が再度繰り返されないためにも、ナチスの人体実験とはどういったものだったのかに焦点を置いて解説していきます。なおこの記事では事実を正確にお伝えするために、残酷な表現や写真が登場しますので、その点はあらかじめご了承下さい。
この記事を書いた人
フリーランスライター
フリーランスライター、高田里美(たかださとみ)。大学は日本語・日本文学科を専攻。同時にドイツ史に興味を持ち、語学学校に通いながら研究に励む。ドイツ史研究歴は約20年で、過去に読んだヨーロッパ史の専門書は100冊以上。日本語教師、会社員を経て結婚し、現在は歴史研究を続けながらWebライターとして活躍中。
ナチスの人体実験とは?
第二次世界大戦期はどの国も人体実験が盛んだった時代ですが、ナチス・ドイツも自分たちの医学的好奇心を満たすために人体実験していました。そこでナチスの人体実験の詳細を簡単に説明します。
強制収容所で行われていた
ナチスの人体実験は、主にユダヤ人や反ナチ分子・同性愛者などを収容した強制収容所で行われました。収容者は実験に強制的に参加させられ、実験に関する内容を被験者に説明されることは一切なかったといわれています。
ナチスに所属している医師たちは強制収容所に配属されると、囚人たちを対象に様々な実験を施し、被験者は死亡するか、運よく生き残っても一生に渡る障害が残ることとなりました。
戦後ニュルンベルク継続裁判で露見
ナチスの人体実験は、第二次世界大戦後の戦争裁判で裁かれることとなりました。1946〜1947年にかけてアメリカが、ドイツのニュルンベルクで行ったナチ戦犯法廷で発覚しています。ナチス政権において重い地位にいた医師や医療関係者を対象に、人体実験や安楽死計画に関与した人を裁き「ニュルンベルク継続裁判」と呼ばれました。裁判では、以下の内容が訴因となっています。
Wikipedia
- 戦争犯罪や人道に対する罪の陰謀。2と3の訴因に評価される
- 戦争犯罪。本人の同意なしで行った人体実験、安楽死計画への参加、強制収容所での囚人の虐殺
- 人道に対する罪。2の訴因で評価される
- 犯罪組織(親衛隊)への参加
裁判では21名が人体実験と安楽死計画に関与した罪で起訴されました。人体実験に関しては詳しく後述しますが、「安楽死計画」とは「ナチス・ドイツで精神障害者や身体障害者に対して行われた強制的安楽死計画」を表します。
この政策は「T4」作戦と呼ばれ、作戦の犠牲者は公式な記録に残っているだけで、7万273人がわかっています。しかしこれはあくまで表面上の数字で、第二次世界大戦中は対象者が拡大されたために、最終的には20万人以上が犠牲となったと考えられています。
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人体実験の被害者はユダヤ人や障がい者など
ナチスの人体実験の被害者は、主にユダヤ人・スラブ(ソ連)人・障害者・ロマの人々などです。ナチスはいずれ始末する「強制収容所の人間」を「有効利用する」感覚で、医学実験を行っていました。これはナチスの人種主義に基づいた考え方で、「優秀な人種であるアーリア人(ドイツ人)」と劣等な人種(ユダヤ人・スラブ人・ロマ・黒人・アジア人など)が細かにランク付けされています。
またアーリア人の中でも、優秀な人々(健康で多産)な人々と、劣等な人々(病人や障害者)とでランク付けしました。この価値観から第二次世界大戦には、強制収容所でのユダヤ人・スラブ人・ロマなどの大量虐殺に結びついていきます。そしてナチの人種観に基づいた思想の元で、所属の医師たちはユダヤ人や障害者などを対象に非人道的な人体実験を繰り返していたのです。