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与謝蕪村の俳句24選!四季に分けて有名な作品を厳選【意味や背景も解説】

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与謝蕪村ってどんな俳句を詠んだの?」
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このような疑問をお持ちの方にぜひお読みいただきたいのが今回の記事です。与謝蕪村の大ファンである筆者が、江戸時代の画家にして俳人・与謝蕪村の俳句たちをご紹介します。

ご紹介する俳句は、春夏秋冬の季節ごとに6句を厳選しました。また、それぞれ季語(季節)とかんたんな鑑賞をそえています。

※蕪村の時代では「俳諧」「発句」と呼ばれていましたが、便宜上本記事では「俳句」と表記します。

なお、与謝蕪村ってどんな人だったの?という疑問をお持ちの方は、ぜひこちらの記事(与謝蕪村の生涯・年表まとめ【名言や俳句、作品など歴史】)をお読みいただければと思います。

それでは、さっそく「春」「夏」「秋」「冬」の順でご紹介してまいります。

蕪村×春の俳句

春の訪れを告げる白梅は、古くから桜と並び愛されてきた。

白梅や墨芳しき鴻鸕館

季語

白梅(初春)

鑑賞

「白梅や」はそのまま「白梅だなぁ」という感動をあらわします。さらに「墨芳しき鴻鸕館」とつづきます。

鴻臚館は、来日した外国人のための外交施設です。「墨芳しき」というのは応接での筆談か、歓待の詩歌でしょうか。とにかく墨で字を書く場面、または書かれた文字が連想されます。

白梅の白と紙の白、そこに瑞々しい墨筆による文字が踊っています。

公達に狐化たり宵の春

季語

宵の春(三春)

鑑賞

季語「春の宵」は、暮れて間もない春の夜をさしています。日がのびてゆく春ですから、どこか浮足立つような感覚があります。

有名な蘇東坡の詩に「春宵一刻値千金」とあるように、この時間には魅力があったのでしょう。その浮かれ心を読んでか、狐が公達にばけているよ、という句です。

あなたも、春の宵には化かされないようご用心くださいね。

指南車を故地に引去ル霞哉

季語

霞(三春)

鑑賞

「指南」という語は、この「指南車」が語源とされています。指南車とは古代中国の黄帝が異民族を討つために用意した文字通り「南を指す車」です。

台車の上の仙人の人形が指さす方角が南です。その指南車をも故地(異民族の領地)に引き去るほどの霞だ、というわけです。

霧の中の緊迫した戦いのシーンは、非常にリアルです。

帰る雁田ごとの月の曇る夜に

季語

帰る雁(仲春)

鑑賞

たんに「雁」だと秋の季語ですが、「帰る雁」「雁帰る」だと春の季語に入ります。雁が帰ってゆく姿は、春ながら寂しい情景のひとつです。

さらに「田ごとの月の曇る夜に」とつづきます。「田ごと」は信州・姥捨山の棚田に映る月をさすとされています。

本当に棚田の田ごとに月が映るのかどうかはともかく、その空を往く雁たちの姿が印象的な俳句です。

かくれ住て花に真田が謡かな

季語

花(晩春)

鑑賞

「かくれ住て」「真田が謡」からもわかるとおり、この俳句は関ケ原の合戦後、紀州・九度山に幽閉された真田昌幸・幸村親子のことをモチーフとしています。

NHKの大河ドラマ「真田丸」を記憶されている方も多いのではないでしょうか。徳川の見張りの目も、花見には緩かったのかもしれません。

蕪村は、その後のこの父子の運命をはかない桜に例えたのではないか……とも感じられます。

菜の花や鯨もよらず海暮れぬ

季語

菜の花(晩春)

解説

蕪村と菜の花、とくれば「菜の花や月は東に日は西に」一択という空気を感じつつ、敢えてこちらの句を選びました。海の見渡せる場所に広がる菜の花畑です。

鯨もよらず、というのでこの海には時々現れるのでしょう。鯨をみようと待っていた蕪村ですが、とうとう鯨は姿を見せてはくれませんでした。そしてついには海も暮れてしまいました。

蕪村は落胆したかもしれませんが、菜の花はかわらず風に揺れていたのでした。

蕪村×夏の俳句

夏空に見られる入道雲は、「雲の峰」とも呼ばれる夏の季語。

御手討の夫婦なりしを衣替

季語

衣替(初夏)

鑑賞

ストーリー性のある俳句ということで有名なこの句は、御手討ちという異様な状況からはじまります。手討とは「主君が不始末のあった家来を自ら惨殺すること」をいいます。

夫婦の片方または双方が主君の縁者で、許されざる恋仲だったのかもしれません。そこから「衣替」という局面に転換します。この歌舞伎さながらの場面転換をになうのが「しを」の二文字です。

結果として、二人は許され、衣替ができたねというハッピーエンドを迎えました。

絶頂の城たのもしき若葉かな

季語

若葉(初夏)

鑑賞

城郭というものは、ふしぎなもので、敵兵を阻むための物理的な構造であると同時に、精神的な安堵も与えてくれるものです。身近に城郭を見て育ったという方には、よくわかる実感ではないでしょうか。

この句もそんな心持を「たのもしき」といっています。添えられているのは「若葉」。これからぐんぐん成長していく木々の緑が、城郭の漆喰や甍のコントラストに映えています。

「絶頂」も効いており、非常に勢いを感じる句です。

夏河を越すうれしさよ手に草履

季語

夏河(三夏)

鑑賞

蕪村を語る上でどうしても外せず選にいれました。だれにも語ることのない幼少期の記憶をもつ蕪村にとって、たった一つ自身の支えとしたのが母のルーツでした。

与謝という姓も母の故郷から名づけたほどです。この句は、その母の故郷・丹後で詠まれたとされています。

草履を手にもち、素足となって河を渡る爽快感を、とてもつよく感じることのできる句です。

さみだれや仏の花を捨に出る

季語

さみだれ(仲夏)

鑑賞

さみだれといえば、芭蕉「五月雨をあつめて早し最上川」、蕪村「さみだれや大河を前に家二軒」が両者の比較として用いられます。

しかしここも敢えてこちらの句を選びました。降りしきる雨の中を花を捨てる、という寂寥感のつよい句です。「仏の花」とは仏壇に供えていた花でしょう。亡くなったのは誰でしょうか。

愛しい想いがつよいほど、長くつづく慟哭……その悲嘆にさえ、雨は降り注ぎつづけています。

石陣のほとり過けり夏の月

季語

夏の月(三夏)

鑑賞

蕪村俳句の面白さの一つは、古典からの着想や故人とのコラボレーションを盛んにおこなっていることです。

この句は、「三国志」において諸葛孔明が小石を積んで陣をつくり、呉軍を窮地に陥れたくだりをモチーフにしています。その石陣のほとりをゆくとき、空には夏の月があった、という句です。

暑い日の夜に涼しさを与えてくれる「夏の月」ですが、孔明の石陣近くで見上げる月はいっそう涼しく感じられることでしょう。

飯盗む狐追うつ麦の秋

季語

麦の秋(初夏)

鑑賞

新見南吉の童話『ごんぎつね』の最後のシーンを彷彿する句です。

新見南吉は、童話作家として有名ですが、詩や俳句、短歌についても造詣が深く、半田第二尋常小学校卒業の答辞に「たんぽぽの いく日ふまれて けふの花」という句を詠んでいます。

新見南吉が、この蕪村の句から『ごんぎつね』を着想したのかどうか定かではありませんが、その可能性は大いにあったと考えられます。

蕪村×秋の俳句

秋の代名詞である紅葉は山々を彩り、「山装う」という季語を生んだ。

四五人に月落ちかゝるおどり哉

季語

月(三秋)

鑑賞

四五人が踊っているのは、村の秋祭りでしょうか。そこへ月が落ちかかっている、という情景を詠んでいます。

ありえない「落ちかかる」という表現によって、その月の存在感がひときわ浮き上がって見えてきます。踊っているのが四五人だというのも、具体的な情景イメージの助けとなっています。

なお、「祭り」はそれ単体で夏の季語に属し、秋の祭りは別途「秋祭り」といいます。前者が主として疫病払いを目的とするのに対し、後者は収穫を祝う目的があります。

朝がほや一輪深き淵のいろ

季語

朝がほ(初秋)

鑑賞

朝顔は、子どもたちが夏休みに栽培することが多いですよね。そのため夏のイメージがありますが、本来は秋の訪れをつげる花です。

たくさんの花が朝にひらき、昼にはしぼんでしまいます。その花の中に一輪、深い色に染まった花がある、ということを詠んでいます。簡単に詠めそうな俳句ですが、実際には相当注意深く朝顔の花の「色くらべ」をしないと詠めない句です。

蕪村は、絵師としての習性から、ものの色彩に関心が高かったのでしょう。

鳥羽殿へ五六騎いそぐ野分哉

季語

野分(仲秋)

鑑賞

野分は秋に吹くつよい風、とくに台風によって巻き起こる烈風をさします。厚く垂れこめた雨雲がしだいに広がり、風も次第に強まってゆくようなイメージです。

そのはげしい風をついて五六騎の早馬が駆けてゆきます。目的地である「鳥羽殿」とは、白河・鳥羽両上皇の院政時代を中心に栄えた離宮です。いったいどんな火急の用なのでしょうか。

馬の蹄の音、着物のばさばさと風にはためく音までも耳に聞こえてくるかのようです。

落穂拾ひ日あたる方へあゆみ行

季語

落穂(晩秋)

鑑賞

「落穂拾い」といえば、おおくの人が、フランスの画家ミレーの「落穂拾い」を連想されるのではないでしょうか。

蕪村(1716年-1784年)とミレー(1814年-1875年)とでは生きた時代が異なることや、ミレーが落穂拾いを完成させたのが1857年とされていることからも、両者の接点は伺えません。

この句をみても、ミレーの絵画と匹敵するほどに蕪村の俳句が写生的であることがわかります。むしろ「日あたる方」への動きがある分だけ蕪村に軍配が上がりそうです。

猿どのゝ夜寒訪ゆく兎かな

季語

夜寒(晩秋)

鑑賞

動物を詠んだ俳句といえば、小林一茶(1763年-1828年)が有名ですね。一茶の場合は、自己投影といっていいほどに動物たちに寄り添っています。

対して、蕪村の場合は、距離をおいて動物たちを眺め、活写しているように感じられます。「猿どの」というところから、猿と兎は旧知の仲なのでしょう。

秋も暮れようかという寒い夜に、兎はなぜ猿のもとを訪れたのでしょう。答えは、読むものの心に委ねられているかのようです。生き生きとした動物たちの姿を描いた「鳥獣戯画」のような俳句です。

獺の月になく音や崩れ簗

季語

崩れ簗(晩秋)

鑑賞

簗は鮎をとるための仕掛けで、ぱっと見は竹で組んだ滑り台のような外観をしています。上流に向けて設置し飛び込んできた鮎を捕まえるのです。

その簗も風雨にさらされるとそれほど長くはもちません。この句では、月夜に啼く獺(かわうそ)の声が響きわたる情景が描かれます。

月下の崩れた簗と相まって、去り行く秋のもの寂しさがつよく感じられる句になっています。

蕪村×冬の俳句

雪は、日本の四季を代表する風物詩「雪月花」のひとつ。

狐火や髑髏に雨のたまる夜に

季語

狐火(三冬)

鑑賞

「狐火」とは、冬の夜に山野や墓地でみられる怪しい火を指しています。たて続けに「髑髏」が登場し、おどろおどろしいことこの上ありません。しかも雨がたまっている髑髏です。

とにかく尋常な光景ではありません。冬の夜、しかも雨が降っている中ですから、視界はよいわけがありません。なぜこんなにも恐怖を詰め込んだ句を詠んだのでしょうか。

あるいは、蕪村幼少期の記憶と繋がっているのではないか……と勘ぐりたくなるような俳句です。

古池に草履沈ミてみぞれ哉

季語

みぞれ(三冬)

鑑賞

「古池」の句ということで、芭蕉「古池や蛙飛こむ水のをと」と対比される句です。「古池や」と切った芭蕉に対し、蕪村は「哉」を用いて一気に詠みあげる句法を選びました。

みぞれの降る中、池に沈んでいる草履がふと目にとまります。古池ですから、水底までは濁って見えないでしょう。草履は、池の縁のあたりに半没していたのかと思われます。

その草履を沈めるかのようにみぞれは降るのです。微かに、その音まで聞こえてくるような句です。

繋ぎ馬雪一双の鐙かな

季語

雪(晩冬)

鑑賞

雪の日、戸外に繋がれた馬を目にした蕪村です。印象的なのは「雪一双」です。一双とはなんでしょうか。その後に登場する「鎧」です。

鐙なのですから「一双」でなければおかしいですね。もちろん単に「鐙」だけでもよかったわけです。しかし、あえて「一双」と書いたことにより、鐙がひときわクローズアップされました。

馬は従順な性格なのでしょう、その瞼やまつ毛、はく息の白さまでもが浮かんでくるようです。

化さうな傘かす寺の時雨かな

季語

時雨(初冬)

鑑賞

これもまた、おどろおどろしい俳句ですが「狐火」の句よりは滑稽な雰囲気になっています。

寺を訪れた日の帰り際、運悪く時雨に見舞われ、寺の人が「お困りでしょう」と傘をかしてくれた……というシーンです。ただ、その傘が非常に年代物で、ところどころ穴の開いた唐笠でした。落語のような滑稽味が効いていますね。

街灯もないこの時代、雨の夜道はまっ暗闇だったことでしょう。傘を手に「化けないでくれよ」とつぶやき歩く姿が浮かんできます。

真がねはむ鼠の牙の音寒し

季語

寒し(三冬)

鑑賞

この句をみても、蕪村は動物と距離を置いている感じがあります。このあたり、絵師としての習性なのか、蕪村個人の性格なのか難しいところです。

「真がね」とは鉄のことです。その鉄をかじる鼠ですから、冬場の餌が少ない季節で腹を空かせているのかもしれません。

鉄ですから、どれだけかじろうが、ねぶろうが腹がふくれることはないのですが、その音だけが寒々と響いている様子です。

逢ぬ恋おもひ切ル夜やふくと汁

季語

ふくと汁(三冬)

鑑賞

締めくくりは、ちょっと珍しい恋の句です。しかも悲恋であることが「逢わぬ恋」「おもひ切ル」ににじんでいます。妻子ある身で若い恋人もいた蕪村の諧謔があふれる一句です。

「ふくと汁」は、漢字で書くと「河豚汁」です。寒い季節に熱々のふくと汁。それをもって恋を諦めるといっているわけですから、蕪村の好物だったのでしょう。じっさい蕪村には、ふくと汁を詠んだ句がたくさんあります。

立ちのぼるゆげや香りまでも漂ってくるような、剽軽な一句です。

与謝蕪村の俳句に関するまとめ

いかがでしたでしょうか。

今回は、与謝蕪村の俳句の中から、特徴的な句を季節ごとに6句ずつ選んでご紹介しました。

蕪村の俳句は「写実性・抒情性に富む」と評価されています。芭蕉の死後、廃れてしまった蕉風俳句の復興をめざす蕪村は、あらたに俳句の境地(=天明調)を切り拓きました。

私は、もう一歩踏込んで、蕪村の俳句を「江戸のVR(=バーチャル・リアリティー)」と呼んでいます。技術も機材もない江戸時代。蕪村の俳句は、現代のVRに勝るとも劣らないほどの「実感の高度な再現性」を備え、人々を魅了したに違いありません。

そういった目線で、今回の24句をいまいちど読んでいただけたらと思います。そして、与謝蕪村の俳句の世界に親しんでいただけたら幸いです。最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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