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アメリカ建国の歴史を年表付で簡単に解説【13の州の特徴も】

「アメリカ建国っていつ?」
「アメリカを建国したのは誰?」

このような疑問をお持ちではありませんか?距離は遠くても、日本にとって一番身近な国と言っても過言ではない「アメリカ合衆国」ですが、どのような経緯でアメリカという国が作られたのか、詳しく知らない方もいるかもしれませんね。

アメリカ大陸には長きにわたりアメリカ先住民(インディアン)が暮らし、部族ごとに独自の文化や国家を形成していましたが、15世紀、ヨーロッパからの入植者がやってきます。イギリスを中心としたヨーロッパからの入植者たちは、インディアンたちを徐々に排除しながら植民地を拡大していきましたが、次第に本国イギリスからの独立を考え始めます。

今回は、大学時代アメリカ研究に没頭した著者が、アメリカ合衆国がどのように建国されたのか、インディアンたちはどうなったのかを含みながら、アメリカ建国の歴史や経緯をご紹介します。

アメリカ建国までの歴史

アメリカ合衆国の国旗

アメリカ建国までの歴史は以下のようにして作られました。

  • 1万5000年前:アメリカ先住民の祖先と言われる「パレオ・インディアン」がベーリング海を経てアラスカ、そして北米へと渡り、定住
  • 紀元前3000年:北米に定住した先住民たちは全米各地に広がり、いくつかの部族に分かれて独自の国家、文化を形成
  • 985年:パレオ・インディアンのアメリカ定住以降、初の入植者である古代スカンジナビア人がグリーンランドに上陸
  • 1492年:スペイン女王の承諾を受けたコロンブスが北米大陸を発見
  • 1498年:イギリス人ジョン・カボットが東海岸に入植する。以降フランス、オランダ、スウェーデンなどが北米大陸に上陸
  • 1620年:ピューリタンの新移民がメイフラワー号でアメリカに到着
  • 1754年:アメリカの植民地支配を巡って、北米植民地戦争が起こる
  • 1765年:印紙法が制定
  • 1773年:茶法に対する抵抗としてボストン茶会事件が起こる
  • 1775年:レキシントン・コンコードの戦いが起こり、アメリカ独立戦争
  • 1776年:大陸会議でトーマス・ジェファーソンが起草したアメリカ独立宣言が発表
  • 1783年:イギリスはアメリカに対してパリ条約を結び、13州は完全に独立
  • 1787年:フィラデルフィアで憲法制定会議が開催。主権住民の共和制、三権分立、連邦制を基本とするアメリカ合衆国憲法が制定され、現代アメリカ合衆国の基礎が作られた。
  • 1789年:初代アメリカ合衆国大統領にジョージ・ワシントンが就任

アメリカ建国の理由・きっかけ

アメリカ独立宣言

アメリカ建国のきっかけは、本国イギリスが植民地に様々な税金をかけたことでした。15世紀にコロンブスがアメリカ大陸を発見して以降、アメリカ大陸にはヨーロッパ各国からの移住者が増え、植民地での支配を巡って何度も戦争が繰り返されます。度重なる戦争によって財政が苦しくなった本国イギリスは、植民地側に様々な課税をし、戦費負担を負わせようとしました。

植民地に対する本国イギリスの扱いに反発した植民地側では独立志向が強まり、1775年アメリカ独立戦争が勃発します。戦争が続く中、植民地側は1776年に独立宣言が正式に公布しました。1783年、イギリスはパリ条約で独立を承認し、植民地側は独立を勝ち取りました。

アメリカ建国時の13州の特徴

13植民地

アメリカ建国によって、13の州が独立しました。13州は「ニューイングランド植民地群」「中部植民地群」「南部植民地群」の3つに分けられます。

ニューイングランド植民地群には、ニューハンプシャー州・マサチューセッツ州・ロードアイランド州・コネチカット州の4つの州があり、最初にオランダ人が入植した州もありますが、最終的にこれら4つの州はイングランドの植民地となりました。ロードアイランド州は、バプテストをはじめ、クエーカー教徒、ユダヤ人、カトリック教徒など信仰の自由を認めていた州です。

中部植民地群には、ニューヨーク州・ニュージャージー州・ペンシルバニア州・デラウェア州の4つの州があります。ペンシルバニア州のフィラデルフィアは、大陸会議の開催、独立宣言や合衆国憲法が発令されるなどアメリカ建国に際し重要な役割をはたしました。。

南部植民地群には、メリーランド州・バージニア州・ノースカロライナ州・サウスカロライナ州・ジョージア州の5つの州があります。メリーランド州は、最も古い州の一つで、イングランドからの囚人の年季奉公先として発展しました。バージニア州は、植民地戦争や独立戦争の舞台となり、多くの戦いが繰り広げられました。ジョージア州は、13植民地の中で一番新しい植民地です。

アメリカ建国で犠牲になったアメリカ先住民

ネイティブアメリカンンの貴重なカラー写真

アメリカ建国に際し犠牲になったのは、アメリカ先住民(インディアン)です。アメリカ大陸には、ヨーロッパからの入植者が開拓するより1万年も昔から様々なインディアンの部族が定住していました。インディアンはヨーロッパからの入植者にとって、友好的で助けてくれる存在でもありましたが、次第に敵対し争いを繰り返すようになります。

多くのインディアン達は、ヨーロッパからの入植者たちと接したことで天然痘、麻疹、インフルエンザ、レプトスピラ症など、彼らが免疫を持たない疫病によって亡くなりました。また、入植者によって多くの獲物が殺されたため、インディアン達は「飢えるか戦うか」という選択を強いられるようになります。

インディアンの文化には「契約」や「土地の売買」という価値観がなかったため、入植者たちによって騙されるような形で土地を奪われ、入植者たちが作った「保留地」へと強制移住させられました。この強制移住は、住み慣れた東部の土地から何のゆかりもない数千km離れた西部の土地へと追いやられたもので、その道中で数千以上のインディアンが命を落としたと言われています。

アメリカ建国の縁の地

フィラデルフィア

ペンシルバニア州フィラデルフィア

フィラデルフィアは、ペンシルバニア州最大の都市で、多くの大学がある学術都市です。1682年、クエーカー教徒のウィリアム・ペンが入植したのが始まりで、古代ギリシャ語で「兄弟愛の市」の意味する「フィラデルフィア」と名づけました。

フィラデルフィアは、1750年代まで北米最大の都市でした。独立に向けての大陸会議が開かれたのも、独立宣言や合衆国憲法が起草されたのもフィラデルフィアで、1800年までの10年間合衆国連邦政府の首都でした。

インディペンデンス国立公園

独立記念館

インディペンデンス国立公園は、ここを訪れればアメリカ建国の全てが分かると言っても過言ではない場所で、フィラデルフィア旧市街にある22ヘクタールの広さの公園です。独立宣言や合衆国憲法の署名がおこなわれた独立記念館、ジョージ・ワシントンの大統領就任式(2期目)がおこなわれた国会議事堂、市庁舎や自由の鐘などが楽しめます。

現在、インディペンデンスビジターセンターでは、アメリカのなり立ちや独立戦争のショートムービーが見れますし、ビショップホワイトハウスでは、18世紀のフィラデルフィアの上流階級の暮らしが、ドリードット邸では、中流階級の暮らしが展示されています。

エルフレス小径

エルフレスの小径

エルフレス小径は、石畳の静かなアメリカ最古の住宅街です。1713~1836年に建設された約30軒の可愛らしい家が立ち並び、ジョージア様式、フィラデルフィア様式の長屋風の低層住宅です。当時は、船大工、鍛冶屋、ガラス屋など多くの職人や商人が暮らしていました。

幅2mほどの石畳の小径と民家は、約300年間も変わっておらず、現在も居住者がいるとのこです。一軒の内部は1755年の家が再現してあります。

ボストン

ボストン

ボストンは、マサチューセッツ州の州都であり、1630年にイングランドからやってきた清教徒たちが作ったアメリカで最も歴史の古い街の一つです。ボストンでは、ボストン虐殺事件やボストン茶会事件などアメリカ独立戦争へのきっかけとなる事件がおき、独立戦争の最初の戦いとなったレキシントン・コンコードの戦いがあったのもボストンです。

他にも、バンカーヒルの戦いやボストン包囲戦など独立戦争の初期の戦いのいくつかの戦闘もボストンでおきました。アメリカ独立後も、国際貿易港として栄え、植民地初期から続くボストンの街は、社会的、文化的エリートが多く居住する街となりました。

ウォーターフロント

ボストン茶会事件の船と博物館

ウォーターフロントは港町ボストンを象徴するエリアで、ハーバー沿いにはコロンブス・ウォーターフロント公園やボストン茶会事件船と博物館があります。ボストン茶会事件博物館では、入場料を払って復元された茶会船(ビーバー号)に乗ると、植民地時代のコスチュームを着た博物館の人と茶箱を投げ捨てるパフォーマンスに参加できます。

博物館では、ホログラフィックを使用した3D映像や巨大スクリーンの映像によって、まるで自分が独立戦争の場にいるかのような臨場感あふれる体験ができますので、大人から子供まで楽しめます。

ダウンタウン

旧マサチューセッツ州議堂

ダウンタウンには、1713年に建てられたボストンで最も古いれんがの建物であるマサチューセッツ旧州議事堂があります。1年に1回独立記念日の午前10時に、バルコニーで独立宣言が読み上げられます。ボストンで300年以上もの間、重要な役割を担った重要な建物です。

他にも、1640年代にイギリスからの入植者達が開拓したノースエンドは歴史の古い地区で、植民地時代の独立革命家であるポール・リビアの住居や、1723年に建てられたオールドノーズ教会などがあります。フリーダムトレイルで、アメリカ最古の公園ボストンコモンを出発し、歩いて回れるようになっています。

アメリカ建国の歴史を年表で解説

紀元前1万2千年「パレオ・インディアンが北米大陸に用達」

メサベルデ国立公園の崖の宮殿

紀元前1万2千年前、ベーリング海を渡り、アラスカからアメリカ大陸にアメリカ先住民(インディアン)の祖先となるパレオ・インディアンが到達しました。北米各地に広がったインディアンは、各部族ごとに母系社会をきずき、部族ごとに独自の国家を形づくりました。

紀元前3000年ころには、現在のニューメキシコ州とアリゾナ州の河川流域で、トウモロコシの栽培が始まり、初期の灌がいが行われた跡が残っています。900年ころ、南西部にホピ族の祖先であるアナサジ族が崖の表面に沿って作ったプエブロ住宅は遺跡としても残っており、中でもコロラド州メサベルデ市の崖の宮殿には、200以上の部屋が、ニューメキシコ州のプエブロ・ボニトには、800以上の部屋があったといわれています。

985年「最初の西洋人が北米大陸に上陸」

レイフ・エリクソン

10世紀末に、ノルマン人(ヴァイキング)の航海士レイフ・エリクソンの船団がアメリカ大陸を発見したといわれています。カナダのバフィン島に到着後南下して、ニューイングランドからニューヨーク州までの一帯に定住を試みたようです。しかし、ベオスック族の祖先のインディアンと折り合いがつかなかったため十年ほどで立ち去り、元の入植地グリーンランドへと戻ったとされています。

1498年「ヨーロッパからの入植が始まる」

メイフラワー号

1498年、イギリス人ジョン・カボットが北米大陸の東海岸に到達し、1534年にはフランス人ジャック・カルティエがカナダに上陸します。その後も、ヨーロッパからの入植者は増え続け、バージニアやカロライナにはイギリス人、ルイジアナにはフランス人、ニューヨークやニュージャージーにはオランダ人、デラウェアにはスウェーデン人、フロリダにはスペイン人が入植し、それぞれに植民地を開いていきました。

1600年には、欧州から押し寄せた移民の数は何百万人へと拡大し、かれらの多くは、政治的抑圧から逃れるため、信教の自由のために北米にやってきました。特に、1620年にやってきた移民船「メイフラワー号」には、16世紀に起きた宗教改革と宗教戦争の影響で本国から逃れてアメリカを目指した多くの新教徒(ピューリタン)が乗っていました。

1755年「フレンチ・インディアン戦争が始まる」

フレンチ・インディアン戦争

フレンチ・インディアン戦争とは、北米大陸にお植民地で起きた英仏植民地戦争です。ヌーベルフランスとヴァージニア植民地からノバスコシアまでが主な戦場で、現在のペンシルバニア州ピッツバーグで起きた紛争がきっかけで始まりました。

当初はフランス軍が優勢でしたが、最終的にイギリス軍が制圧します。1763年、パリ条約でフランスがミシシッピ川の東側とカナダ全域をイギリスに割譲しました。

アメリカ植民地で起きた植民地戦争は他にも、フランス領カナダとイギリス領アメリカが戦った「ウィリアム王戦争」「アン女王戦争」「ラル神父戦争」「ジョージ王戦争」「ル・ルートル神父の戦争」などがあります。

1765年「印紙法の制定」

イギリスの収入印紙。

印紙法は、イギリス本国がアメリカ植民地に対し課した印紙税で、新聞やパンフレットなど出版物、法律上のあらゆる証書、許可証、トランプなどに印紙を貼ることを義務付けるものです。なぜ印紙法が制定されたかというと、度重なる戦争によって招いた財政悪化を、植民地への課税を増やすことで立て直そうとしたからでした。しかし、植民地側からの強い反発にあい、イギリスは印紙法を撤回しました。

1773年「茶法の制定とボストン茶会事件」

ボストン茶会事件

茶法は、植民地におけるオランダ商人からの茶の密輸入を禁止し、イギリス東インド会社に植民地における茶の販売独占権を与えるものです。その背景には、財政に生き詰まったイギリス東インド会社を助けるという目的がありました。

この茶法に反発した植民地の急進派の人々は、1773年12月16日の夜、モホーク族に扮してボストン港に停泊していた東インド会社の船を襲撃します。これが「ボストン茶会事件」で、人々は「ボストン港をティーポットにする」と叫びながら、342箱の茶箱を海に投げ捨てました。

これに対しイギリス政府は、翌年、ボストン港の閉鎖とマサチューセッツの自治の剥奪、ボストンにイギリス軍を駐留させるなどの抑圧的諸法を出しました。アメリカ人がコーヒーを好むようになったのは、茶法に反対する一連の運動のなかで紅茶をボイコットした代わりにコーヒーが普及したたからといわれています。

1775年「独立戦争開始」

コモン・センス

1775年、イギリス軍はマサチューセッツのコンコード植民地の武器を押収し、植民地軍の指導者を逮捕しようとしたところ、このニュースは瞬く間に13植民地に広まり、植民地は民兵を召集してボストンを包囲しました。これが、独立戦争最初の戦い、レキシントン・コンコードの戦いです。1776年3月、ジョージ・ワシントン総司令官率いる植民地軍は、イギリス軍をボストンから撤退させることに成功しました。

1776年に革命家トマス・ペインが「コモン・センス」の中で、「アメリカの独立は、人間の権利にもとづく正義の戦いである」と論じたことで、多くの植民地の人々は独立戦争に確信を持ち、自信と勇気を与えられたと言われています。

1776年「独立宣言」

独立宣言

1776年6月、大陸会議において、イギリスによる植民地支配の圧政から逃れるため、新しい政府を造ることを表明する「独立宣言」が採択されました。

1781年「独立戦争の勝利」

苦戦を強いられた植民地軍ですが、1777年のサラトガの戦いで大勝利をおさめ、さらにフランス、スペイン、オランダが植民地側についたことで勢いを増しました。1781年のヨークタウンの戦いで勝利を収めると、アメリカの独立は決定的なものとなります。1783年のパリ条約でアメリカの独立が認められました。

1787年「アメリカ合衆国憲法が制定」

初代大統領ジョージ・ワシントン

イギリスからの独立を勝ち取ったものの、13州合衆国は連合体に過ぎず、州ごとに異る政策で混乱をきたしていました。そこで1787年、統一政府を作るため憲法制定会議がフィラデルフィアで開催されます。

憲法制定会議で、住民主権である共和制、立法、司法、行政の三権分立、連邦制を基本とするアメリカ合衆国憲法が制定されました。1789年、選挙により初代アメリカ大統領に、ジョージ・ワシントンが就任し、ここに現在にいたるアメリカ合衆国が誕生しました。

アメリカ建国の関連作品

本・書籍

植民地から建国へ 19世紀初頭まで

アメリカ13植民地は、どうして独立したかったのか、そしてどのようにして独立を勝ち取ったのかそのあたりの歴史が詳しく書かれています。植民地時代からアメリカ建国までの経緯を知りたい方にはおすすめの一冊です。

検証アメリカ500年の物語

アメリカ建国についてというよりも、植民地時代からはじまり、独立と建国、さらにその後のアメリカ史について詳しく説明されています。ヨーロッパ人によるアメリカ大陸発見から現代まで、重要な人物や出来事が詳しく書かれ、まるで小説を読んでいるようなスリルと面白さが味わえます。

アメリカ・インディアン悲史

ヨーロッパ人のアメリカ大陸への入植以降、アメリカ先住民たちがどれほど苦難の道を歩んできたのか、読むのが辛くなりますが、無視してはいけない真実が語られています。虐げられ、殺されてもアイデンティティーを失わず、独自の文化を守りながらアメリカ政府と共存してきたインディアンたちの素晴らしさが良く分かる一冊。

アメリカ建国に関するまとめ

アメリカ建国についてご紹介しました。1776年にアメリカ独立宣言がなされ、アメリカ合衆国として建国されましたが、独立以前からアメリカ大陸には様々な部族の先住民たちが定住していました。

アメリカ独立を勝ち取り、建国した人々は政治的な自由、宗教の自由を求めて新大陸アメリカを目指した人達も多く、アメリカ建国は大きな勝利だったと言えるでしょう。しかし、彼らが勝ち取った勝利の裏には、インディアン達の大きな犠牲がありました。

この記事をきっかけに、アメリカ建国についての背景や歴史に、一人でも多くの人が興味をもっていただけたら嬉しいです。

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