「モンロー主義ってなに?簡単に教えてほしい」
「モンロー主義はなぜ提唱されたの?」
「モンロー主義と孤立主義の違いって?」
この記事を見ているあなたはこのように思っているのではないでしょうか。
モンロー主義は、アメリカ外交の基本方針です。1823年にアメリカのモンロー大統領によって声明されたモンロー教書が元となっており、アメリカとヨーロッパは互いに干渉しないという内容です。
第二次世界大戦でモンロー主義は破棄されたも同然ですが、近年ドナルド・トランプがアメリカ大統領となったことにより話題にあがりました。
そこで今回は、モンロー主義の意味と背景を簡単に解説します。またモンロー主義が破棄された経緯や国際連合との関係、ジョンヘイなどの重要人物についてもご紹介します。ぜひ、参考にしてください。
この記事を書いた人
一橋大卒 歴史学専攻
Rekisiru編集部、京藤 一葉(きょうとういちよう)。一橋大学にて大学院含め6年間歴史学を研究。専攻は世界史の近代〜現代。卒業後は出版業界に就職。世界史・日本史含め多岐に渡る編集業務に従事。その後、結婚を境に地方移住し、現在はWebメディアで編集者に従事。
モンロー主義とはなにか?
モンロー主義とはアメリカの外交姿勢
モンロー主義とは、特にアメリカがヨーロッパ諸国に対して、お互いに干渉しないと提唱したモンロー教書の内容を指します。簡単に言うと、アメリカはアメリカでやっていきヨーロッパの国々には関わらないので、ヨーロッパ諸国もアメリカに関わらないでください、という意味です。
1823年にアメリカが議会の年次教書(大統領が連邦議会に対して発する意見書で、三権分立で議会が持つ立法権に大統領が関われる制度)で発表して以来、アメリカ外交の基本方針となりました。
モンロー主義は誰が提唱したのか
モンロー主義は当時のアメリカ大統領ジェームズ・モンローが提唱しました。
詳しくは後ほど解説しますが、モンロー主義の元となったモンロー教書はイギリスが提案したものです。そのため、ラテンアメリカの植民地支配の復活やヨーロッパ諸国の介入に反対するという声明を、イギリスと共同で発表する予定でした。
しかし、共同発表するには、イギリスへの不信感が高すぎました。
最終的にモンロー大統領は、国務長官であったジョンの単独宣言で声明を出すべきという意見を取り入れました。共同声明にした場合アメリカ自身の行動も制限される恐れがあったからです。
こうして、モンロー教書は、提案にあった植民地主義の否定に、アメリカとヨーロッパの相互不干渉を付け加えた形で発表されたのです。
モンロー主義の内容
モンロー主義の元となったモンロー教書の内容は、1823年12月に議会へ送られました。その内容は大きく分けて4つです。
- ヨーロッパの戦争に干渉しない
- 南北アメリカに現在存在する植民地や属領を認め、干渉しない
- 南北アメリカの植民地化を、これ以上望まない
- 現在、独立に向けた動きのある旧スペイン領に対する干渉は、アメリカの平和に対する脅威と受け止める
もともとアメリカの初代大統領ワシントンやジェファソン大統領は、他国と同盟を結ぶべきではないと表明していました。そのため、モンロー主義の考え方は昔からあったのです。
モンロー教書はこの考え方を取り入れ、さらにヨーロッパからの干渉を牽制するために南北アメリカ大陸への不干渉を含めました。