ヒッタイトとはなに?歴史や文化、神話まとめ【地図付きで分かりやすく紹介】

ヒッタイト新王国時代

ヒッタイト新王国時代の勢力図(赤)ヒッタイト(緑)エジプト

ヒッタイト新王国時代は別名「ヒッタイト帝国時代」とも呼ばれ、ヒッタイト王国が再び歴史へ姿を表します。王国が最も繁栄した時代でもありますが、同時に多くの変化が起こった時代でもあります。

トゥドハリヤ1世の政治

紀元前1430年頃、トゥドハリヤ1世の治世が始まります。彼は他国と条約や同盟を次々と結んだ外交手腕から、国際政治の先駆者と呼ばれています。

トゥドハリヤ1世は、再びキズワトナと手を結び、フルリ人の都市アレッポとミタンニを征服してさらに西へと勢力を拡大しました。ヒッタイト人がアナトリア南部の土地へ定住するにつれ、隣接する地域の人々と条約を結びます。

この頃のヒッタイトの王権は世襲制へと変わっており、王は神として扱われました。市民からは「わが太陽」と呼ばれ、崇められ始めます。そのため王は高位の聖職者としての一面を持ち、聖なる都市を巡ったり、祭祀を執り行ったりしました。

侵略されるヒッタイト王国

一時は首都まで陥落し、滅亡の危機だったヒッタイト

トゥドハリヤ1世が死去すると、再びヒッタイト王国は衰退します。敵が各方面から攻め込み、首都のハットゥシャまでも陥落しました。外敵との抗争により、ヒッタイト王国は混乱し、滅亡の危機にひんしていました。

特に大きな勢力を持っていたアルザワ王がエジプトに送った書簡では「ヒッタイトは滅亡した」と書かれていたほどです。

しかし、ヒッタイト王国は滅びず、シュッピルリウマ1世が王位につくと力を取り戻します。

彼は小国と条約を結び、バビロニア王女を王妃に迎えるなど外交に手を尽くします。そうして準備が整うと、アレッポやミタンニを征服し息子たちに支配させました。さらにエジプトと同盟を結ぼうと、息子をツタンカーメンの未亡人と婚姻させようとしました。

しかし、肝心の息子はエジプトへ到着する前に殺され、結局同盟は結ばれませんでした。

シュッピルリウマ1世が病死し、その後息子が王位を継ぎましたが、すぐに病死したためごく短期間の治世に終わりました。

やがてムルシリ2世が即位すると、彼はヒッタイトから疫病を取り除くことを天空神に願う儀式を行いました。ムルシリ2世は有能な武将として、周辺諸国の反乱を収めることに成功しました。

カデシュの戦い

エジプトと平和条約を結んだハットゥシリ3世とその妻プドゥヘパが描かれたレリーフ

ムルシリ2世からムワタリに王位が移ると、領土拡大を狙うエジプトとシリアの覇権を争うことになります。

ヒッタイトの繁栄は、交易路と鉱山に支えられていました。シリア北部はメソポタミアとの交易路がある、重要な地域です。そんな国の行く末に関わる要所をエジプトが攻撃してきたため、争いがおきました。

この戦いはオロンテス河畔のカデシュで起きたことから「カデシュの戦い」とも呼ばれています。

カデシュの戦いの勝敗ですが、実は定かではありません。記録によると、両者ともこの戦いに勝利した、と主張しています。しかし戦いの後、両国の勢力に変化がないため、実際はほぼ引き分けであったと見られています。

カデシュの戦いの後、ムワタリはシリアの支配を重視し、都をハットゥシャからシリアに近いタルフンタッシャに移動させました。しかし、次の王ムルシリ3世は再びハットゥシャに都を戻しています。

ムルシリ3世の治世はハットゥシリ3世によって王位を追われてしまい、7年間という短期間で終わりました。ハットゥシリ3世は冷戦状態になっていたエジプトと平和条約を結び、娘を嫁がせます。このとき締結された「カデシュの条約」は世界初の平和条約です。

カデシュの戦いとは?原因や結末、その後の影響まで解説

ヒッタイト王国の滅亡

海の民の進出と勢力図

エジプトとの平和条約締結に成功したヒッタイトですが、同じ頃アッシリアが勢力を急速に伸ばしていき、相対的に力を失っていきました。ヒッタイトの目がエジプトに向いている間に、アッシリアはミタンニを征服し、ユーフラテスへと侵略の手を伸ばしていきます。

そもそもエジプトの条約は、アッシリアが国境に侵入してくることが多くなったため、その対応として行われたものです。

ハットゥシリの治世が終わり、彼の息子トゥドハリヤ4世が王位につきます。彼はアッシリアの侵攻を食い止めることに成功します。次の王シュッピルリウマ2世も、海の民との海戦に勝利しますが、その頃にはすべて手遅れでした。

すでに海の民は地中海沿岸部まで侵略しており、ついにはヒッタイトの要所キリキア(旧キズワトナ)を奪われてしまいます。防衛の要となっていたキリキアを失い、ヒッタイトは外敵からの攻撃を防ぎ切れなくなってしまいました。

結果、紀元前1180年ごろに首都ハットゥシャは全焼。ヒッタイト王国の歴史は途絶えました。これ以後、「新ヒッタイト」と呼ばれる小さな国家がシリア北部やアナトリアで興りましたが、アッシリアに統合されていきます。

ヒッタイトの関連作品

ヒッタイトのおすすめ漫画

天は赤い河のほとり

ヒッタイト新王国時代に、現代の少女がタイムトリップしてしまうという漫画です。

実際の人物や王国が多く登場し、わかりやすく描かれています。ヒッタイトに興味はあるけれど、本から入るのはちょっと、という方が雰囲気をつかむのにおすすめです。

ヒッタイトに関するまとめ

ヒッタイトについて解説しましたが、いかがでしたか?最後に簡単にまとめます。

  • ヒッタイトは現在のトルコがある地域で発展した古代の民族。人類で初めて鉄を使った
  • ヒッタイトは軍事だけでなく、外交にも優れており世界初の平和条約をエジプトと締結した
  • ヒッタイトの歴史は強い王と弱い王が繰り返し出現し、同時に繁栄と衰退を繰り返した。最後には国が弱っていたところを海の民に侵略されて滅亡した

現代、鉄は日常のあらゆるものに使われています。その元となっているのはヒッタイト人です。もし、彼らが製鉄の技術を磨いていなかったら、今の生活は少し違ったものになったかもしれません。

歴史上で起こった数々の出来事は、さまざまなことに影響しています。もし、あの出来事がなかったら、もしこの民族がいなかったら、今の世界はどうなっていたのか。歴史は、そういったIFを想像する楽しみもあります。

この記事が、歴史を楽しむきっかけになれば幸いです。長くなりましたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。

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