カルチャー・クラブ
カルチャークラブはイギリスのロンドンで結成されたバンドで、アメリカのブラック・ミュージックであるソウル・ミュージック、中でもモータウンに影響された楽曲が特徴です。
代表曲は1983年のシングル「カーマは気まぐれ」で、10を超える国々のチャートで第1位に輝きました。日本でもよくテレビなどで流れているので特徴的なサビはご存じの方も多いはずです。ストーリー性のあるミュージック・ビデオも注目を集めました。
バンドメンバーの外見も特徴的で、特にバンドの中心人物であるボーカルのボーイ・ジョージは派手なメイクと奇抜な女装ファッションに身を包んでいます。のちに日本で流行するビジュアル系ロックにも大きな影響を与えました。
ユーリズミックス
ユーリズミックスはアニー・レノックスとデイヴ・スチュワートによるユニットです。もともと二人は同じバンドに所属していて、お互いの音楽的才能を認め合う形で1980年にユーリズミックスを結成しました。
音楽性としては電子音を中心とするエレクトロ・ポップに、アニー・レノックスのソウルフルな歌が融合したスタイルです。
1983年にシングル「スウィート・ドリームス」がアメリカで大ヒットを記録し、全米チャートで第1位を獲得しています。2年後の1985年にはスティーヴィー・ワンダーのハーモニカをフィーチャーした「ゼア・マスト・ビー・アン・エンジェル」が注目を浴びました。
日本のニューウェーブの代表的なアーティスト
ヒカシュー
1977年に井上誠と山下康によって結成されたテクノ・ポップ・バンド。その後、巻上公一、海琳正道、戸辺哲が加わり5人体制で活動を始めます。後述の「プラスチックス」「Pモデル」とともに「テクノ御三家」と呼ばれました。
デビューからしばらくはニューウェーブやテクノ・ポップ・バンドとしてのイメージが強いものの、ジャズやクラシック、民族音楽などを取り込みながら多種多様な音楽性を魅せています。3作目のアルバム以降はテクノ・ポップからは離れ即興を中心とした作風に変化していきます。
バンド名の由来は武満徹の作品である「悲歌」だといわれています。
プラスチックス
プラスチックスはイラストレーターの中西俊夫、グラフィック・デザイナーの立花ハジメ、ファッション・スタイリストの佐藤チカを中心に結成した伝説的テクノ・ポップ・バンドです。
活動初期は仲間内で結成されたアマチュアバンドでしたが、プログレッシブロック・バンドの四人囃子の佐久間正英と作詞家の鳥武実が加入したことで先進的なバンドへと変貌していきます。
のちにはラモーンズやトーキング・ヘッズなど海外の有名バンドとも共演し、3回にわたってワールドツアーを行うほどのバンドへと成長しました。
Pモデル
音楽プロデューサーである平沢進が1979年に結成し、同年にメジャーデビューを果たしたグループが「Pモデル」です。平沢はボーカルとギターを担当し、グループの活動と並行して楽曲制作・提供を行っていました。プロレスラーである長州力の入場テーマ曲も平沢の手によるものです。
前身バンドである「マンドレイク」ではハードロックやヘヴィメタルを演奏していましたが、そのころからバンドとは別の活動としてシンセサイザーを利用した楽曲制作も始めていました。
1988年に平沢がPモデルの「凍結」を宣言し、事実上の活動休止を迎えています。