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福沢諭吉の名言20選!発言に込められた意図や背景も解説

天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず

誰もが知るこの名言は、慶應義塾の創設者であり、一万円札にも描かれている福沢諭吉の言葉です。幕末から明治という激動の時代を生き、政治や教育、人生に対する名言を数多く書き残した福沢諭吉ですが、取り違えた名言も見受けられます。

最も有名な福沢諭吉の名言

例えば、「世の中で一番楽しく立派なことは、一生涯を貫く仕事を持つこと」などで知られる「福澤心訓」と呼ばれる7箇条の教訓は、福沢諭吉のものではありません。しかし、福沢諭吉は未来の日本へ向けた数々の名言を遺していることから、これも福沢諭吉のものではないか?と憶測を呼んだのも納得できますね。

では福沢諭吉自身が発した名言とはどんなものがあるのでしょうか?この記事では、福沢諭吉の名言を、その発言の意図や背景の解説ともに20選ご紹介します。最後には、福沢諭吉の名言をもっと知ることのできる本も3選載せていますので、ぜひ参考にしてみてください。

この記事を書いた人

一橋大卒 歴史学専攻

京藤 一葉

Rekisiru編集部、京藤 一葉(きょうとういちよう)。一橋大学にて大学院含め6年間歴史学を研究。専攻は世界史の近代〜現代。卒業後は出版業界に就職。世界史・日本史含め多岐に渡る編集業務に従事。その後、結婚を境に地方移住し、現在はWebメディアで編集者に従事。

福沢諭吉の名言と意図、背景

福沢諭吉

人はみな平等

天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずといへり

福沢諭吉の代表作とも言われる、1872年に出版された「学問のすゝめ」の冒頭部分です。文末に「いへり」とあることから、「アメリカ独立宣言」から引用されている箇所と考えられています。「人はみな平等である」という意味ですね。

江戸時代は明確な身分制の社会でした。儒教が浸透し、上下の秩序こそ大切にしなければならないと考えられていました。しかし新しい明治の世となり、人に上下の別はないと価値観が大きく転換します。福沢諭吉はそれを民衆にわかりやすく伝えようとしたのです。

勉強すれば人は変われる

賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり

これも「学問のすゝめ」から。「本来人はみな平等であるけれども、その違いが出てくるとすれば、それは学問の有無によるものだ」ということです。

今の私たちにとっては、この名言を勇気づけられるものと感じるか、荷が重いと感じるかは人によるかもしれません。勉強すれば良いとわかっていてもなかなか出来ないよね、というのが本音という人もいるでしょう。しかし明治時代の人たちにとって、これは新しい時代の発想だと眩しく感じたに違いありません。

やるなら極めよ

学問に入らば大いに学問すべし。農たらば大農となれ、商たらば大商となれ

「勉強するならとことん勉強しなさい。農業をやるなら大農家を、商業をやるなら大商人を目指しなさい」という意味の言葉で、「学問のすゝめ」に出てきます。

明治時代には、自分の得意なことを極めて日本の第一人者を目指そうとした若者が多くいました。志を高く持ち、本気で叶えようと努力をしました。現代でも、やるからにはどんなことも大いにやってみるというのは大切なことです。

実学こそ肝要

活用なき学問は無学に等し

「学問のすゝめ」の一節です。「ただ知識を得るだけでは学問を修めたとは言えない、学問は活用しなければ意味がない」という意味です。福沢諭吉は、実学が大切だと考えていました。自身が設立した慶應義塾でも、塾生に繰り返し述べています。

最初は知識を吸収することが必要です。しかし、インプットだけでは知識が身についたとは言えません。それがアウトプットできるようになり、さらには世のため人のために生かすことができるようになることを目指すべきだと福沢諭吉は訴えているのです。

独立して生きるべし

一身独立して一国独立する

「学問のすゝめ」では、民衆は国家に対して責任を持つ市民であるという話をしています。その前提として、「まずは自分自身が独立するべきだ。誰かに甘えたり依存したりすることをやめ、その上でこの国が自分たちの国であることを自覚し、責任を持つことで日本は独立することができる」と訴えているわけです。

「こんな世の中になったのは今の政府が悪い」といった非難をするのではなく、そういう政府にしたのは私たち市民であることを認識しなければいけないのです。

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2 COMMENTS

かなり昔に

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」が名言というわけではないと思います。

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずといへりといへり」とあるように
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言われている、と書いただけであって
福沢先生の真意ではないのではないでしょうか。

「人はみな平等」とは言っていないかと。
身分の差があることは認めており、その差を是正するために学問の重要性を説いたのではなかったかと思います。
(記憶違いだったら失礼しました)
京堂

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