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福沢諭吉の名言20選!発言に込められた意図や背景も解説

天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず

誰もが知るこの名言は、慶應義塾の創設者であり、一万円札にも描かれている福沢諭吉の言葉です。幕末から明治という激動の時代を生き、政治や教育、人生に対する名言を数多く書き残した福沢諭吉ですが、取り違えた名言も見受けられます。

最も有名な福沢諭吉の名言

例えば、「世の中で一番楽しく立派なことは、一生涯を貫く仕事を持つこと」などで知られる「福澤心訓」と呼ばれる7箇条の教訓は、福沢諭吉のものではありません。しかし、福沢諭吉は未来の日本へ向けた数々の名言を遺していることから、これも福沢諭吉のものではないか?と憶測を呼んだのも納得できますね。

では福沢諭吉自身が発した名言とはどんなものがあるのでしょうか?この記事では、福沢諭吉の名言を、その発言の意図や背景の解説ともに20選ご紹介します。最後には、福沢諭吉の名言をもっと知ることのできる本も3選載せていますので、ぜひ参考にしてみてください。

福沢諭吉の名言と意図、背景

福沢諭吉

人はみな平等

天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずといへり

福沢諭吉の代表作とも言われる、1872年に出版された「学問のすゝめ」の冒頭部分です。文末に「いへり」とあることから、「アメリカ独立宣言」から引用されている箇所と考えられています。「人はみな平等である」という意味ですね。

江戸時代は明確な身分制の社会でした。儒教が浸透し、上下の秩序こそ大切にしなければならないと考えられていました。しかし新しい明治の世となり、人に上下の別はないと価値観が大きく転換します。福沢諭吉はそれを民衆にわかりやすく伝えようとしたのです。

勉強すれば人は変われる

賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり

これも「学問のすゝめ」から。「本来人はみな平等であるけれども、その違いが出てくるとすれば、それは学問の有無によるものだ」ということです。

今の私たちにとっては、この名言を勇気づけられるものと感じるか、荷が重いと感じるかは人によるかもしれません。勉強すれば良いとわかっていてもなかなか出来ないよね、というのが本音という人もいるでしょう。しかし明治時代の人たちにとって、これは新しい時代の発想だと眩しく感じたに違いありません。

やるなら極めよ

学問に入らば大いに学問すべし。農たらば大農となれ、商たらば大商となれ

「勉強するならとことん勉強しなさい。農業をやるなら大農家を、商業をやるなら大商人を目指しなさい」という意味の言葉で、「学問のすゝめ」に出てきます。

明治時代には、自分の得意なことを極めて日本の第一人者を目指そうとした若者が多くいました。志を高く持ち、本気で叶えようと努力をしました。現代でも、やるからにはどんなことも大いにやってみるというのは大切なことです。

実学こそ肝要

活用なき学問は無学に等し

「学問のすゝめ」の一節です。「ただ知識を得るだけでは学問を修めたとは言えない、学問は活用しなければ意味がない」という意味です。福沢諭吉は、実学が大切だと考えていました。自身が設立した慶應義塾でも、塾生に繰り返し述べています。

最初は知識を吸収することが必要です。しかし、インプットだけでは知識が身についたとは言えません。それがアウトプットできるようになり、さらには世のため人のために生かすことができるようになることを目指すべきだと福沢諭吉は訴えているのです。

独立して生きるべし

一身独立して一国独立する

「学問のすゝめ」では、民衆は国家に対して責任を持つ市民であるという話をしています。その前提として、「まずは自分自身が独立するべきだ。誰かに甘えたり依存したりすることをやめ、その上でこの国が自分たちの国であることを自覚し、責任を持つことで日本は独立することができる」と訴えているわけです。

「こんな世の中になったのは今の政府が悪い」といった非難をするのではなく、そういう政府にしたのは私たち市民であることを認識しなければいけないのです。

退かなければ進む

おおよそ世間の事物、進まざる者は必ず退き、退かざる者は必ず進む。進まず退かずして潴滞(ちょたい)する者はあるべからざるの理なり。

これも「学問のすゝめ」にある文章です。「進歩しなければ必ず退歩するものだが、退いていなければ必ず進歩しているものである。進歩も退歩もしないというような停滞をすることはない」と述べています。

こんなに勉強を頑張っているのに、学力が向上しているように思えないこともありますよね?しかし、一生懸命勉強しているなら、学力が下がることはないのです。学生を勇気づけてくれるアドバイスですね。

人との交わりを恐れてはいけない

人生活発の気力は、物に接せざれば生じ難し。

人間の交際について述べた「学問のすゝめ」の一節です。「人間が生き生きと過ごすための気力は、物事に接していないと生まれにくいものだ」という意味です。

人間は本来関わることを好むものですが、人との交際を避けようとする人もいます。そういう人は、世間と隔絶することがかっこいいと思っているように見えますが、それは単に心が弱くて人と接する勇気がないからだと福沢諭吉は書いています。

人を受け入れることを拒めば、相手もまた受け入れなくなり、互いに歪み合うだけでそれはただの禍でしかないという福沢諭吉の主張は、人間関係だけではなく外交関係でも言える話ですね。

学問は取捨選択する力を養うもの

信疑の際につき必ず取捨の明めいなかるべからず。けだし学問の要はこの明智を明らかにするにあるものならん。

「学問のすゝめ」の一節です。西洋の文明は、因習に囚われることなく、疑ってかかるところから発展したわけで、疑問に思うことで真理に辿り着くことができます。しかし何でも疑えば良いということでもありません。

「信じるべきものと疑うべきものを判断する力が必要で、そのために学問をしているのだ」と福沢諭吉は述べているのです。

生活することだけに満足してはならない

蟻の門人となるなかれ。一身の衣食住を得てこれに満足すべきものとせば、人間の渡世はただ生まれて死するのみ。

「蟻の門人となってはいけません。自分の着るもの、食事、住まいを得てそれだけに満足するのであれば、人間はただ生まれて死ぬのみになってしまいます」という意味で、「学問のすゝめ」に書かれています。

ただ生物として「生きる」ことだけに満足せず、世の中に貢献しようという志を持って生きなさいということですね。生活することはとても大事なことですが、それに加えて、世の中のために役立つことを成そうという志を抱いて行動をすることが、この世に生を受けた人間としての責務であるということでしょう。

自由と我儘は違う

自主・任意・自由ノ字ハ、我儘放盪ニテ、国法ヲモ恐レズトノ義ニ非ラズ、総テ其国ニ居リ、人ト交テ、気兼ネ遠慮ナク、自分丈ケ存分ノコトヲナスベシトノ趣意ナリ、英語ニ之ヲ「フリードム」又は「リベルチ」ト云フ、未ダ的当ノ訳字アラズ

「西洋事情」という、福沢諭吉が幕末以降に西洋の事物を紹介した書物に書かれた一節です。「『自由』の言葉の意味は、法律を気にせず勝手気ままに行動することではない、誰かに遠慮することなく自分の意見を言ったり行ったりするという意味だ」と書かれています。

この本が出版されてから、すでに150年近く経っていますが、いまだに「自由」の意味を履き違える人も多いように感じます。福沢諭吉が「自由」という訳語をあてた初心を、もう一度振り返ってみるのも良いでしょう。

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1 COMMENT

かなり昔に

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」が名言というわけではないと思います。

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずといへりといへり」とあるように
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言われている、と書いただけであって
福沢先生の真意ではないのではないでしょうか。

「人はみな平等」とは言っていないかと。
身分の差があることは認めており、その差を是正するために学問の重要性を説いたのではなかったかと思います。
(記憶違いだったら失礼しました)
京堂

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