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性善説と性悪説の違いは?詳しい中身や共通点を詳しく解説!

「性善説と性悪説の違いがよくわからない」
「結局どっちが正しいのかを知りたい」

よく議論されることに、「性善説と性悪説は、どちらが正しいのか」という問題があります。紀元前に提唱され、今に至るまで続くこの2つをめぐる議論は、現在の哲学者も頭を抱える問題でもあるのです。しかし、これら2つのどちらが正しいのかと言われれば、「答えはない」というのが応えになるでしょう。それぐらい難しい問題でもあるのです。

とはいえ、性善説と性悪説について、その思想についてあまり深く知らない人も少なくありません。また、何気なく使っていたとしても、意味があっているとも限りません。そこで今回は、性善説と性悪説の違いと共通点を解説していきます。そして、性善説と性悪説の論争には、なぜ「答えがない」という結論になるのかも説明していきましょう。

性善説と性悪説とは?

そもそも、性善説と性悪説の意味を、みなさんは正しく理解できていますか?おそらく多くの人は自信がないことでしょう。思想のお話なので難しいことはわかっていますが、性善説と性悪説の違いや共通点を説明する上で、この2つの意味はきちんと抑えておく必要があるのです。

では、それぞれの説の内容について詳しく見ていきましょう。

性善説は「人は生まれながらにして善」という思想

性善説を唱えた孟子
出典:Wikipedia

性善説とは、「人は生まれながらにして善である」という思想です。今から2300年前の中国で、孟子(もうし)によって唱えられたものです。

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ここで言う「性」とは、性別のことではなく人間の本質・本性という意味になります。つまり、人は、生まれたときにはいい人であるという考え方が、性善説の本来の意味なのです。性別で善悪が変わるわけではないので注意しましょう。

また、「善」というのも、ただの「いい人」という意味にとどまらないのが難しいところです。性善説は、儒教(じゅきょう)の祖である孔子(こうし)を開祖とする学問から生まれた考え方で、人のゴールは聖人(せいじん)という、現代の言葉でいう「人格者」になることを目標としています。つまり、性善説とは、人間は生まれた時から全員、聖人になれる素養をもって生まれてきているのだと言っているのです。

孟子は、この性善説を各地の王に説いて回りました。しかし、ほとんどの王たちには受け入れられることは残念ながらありませんでした。当時、武力がすべてであった各国の統治体制から、人徳をもって統治する重要性を、孟子は理解させることができなかったのです。しかし、性善説の考え方は儒学者によって伝えられ、現在に至っているのです。

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性悪説は「人は生まれながらにして悪」という思想

性悪説を唱えた荀子
出典:Wikipedia

一方の性悪説は、「人は生まれながらにして悪である」という、性善説とは真逆の思想です。唱えたのは荀子(じゅんし)という儒学者であり思想家で、現在は「諸子百家」という中国思想家の1人として数えられています。

性善説との大きな違いは、生まれたときの人間の本性にあります。性善説が、生まれながら「いい人」であると唱えたのに対して、性悪説では生まれた時、人は「悪」であると言っているのです。

ただし、ここでいう「悪」とは「悪人」という意味ではありません。荀子は、人は生まれた段階では「弱い存在」であり、そのままにしておけば、本当に悪人になってしまうと唱えていました。つまり、性善説とは「人間は生まれた時は弱い存在だ」と言いたいのです。最初から聖人になる素養を人は持ち合わせていない、というのが荀子の意見です。

性悪説は、誕生してからその後、儒学者よりも法家に受け入れられました。特に韓非子はその影響を強く受け、のちに「法治国家」という、法の力で人を制御する必要があるという思想にたどり着いたのです。

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性善説と性悪説の違いは生まれた時の人間の状態

孟子、荀子が学んだ儒教の開祖である孔子
出典:Wikipedia

性善説と性悪説の違いは、それぞれの見出しの中で触れたとおり、人間が生まれたときの状態の違いです。かたや聖人になる素養を全員が持っているという「善」、かたや全員が聖人になる素質を持っていないという「悪」の考え方の違いなのです。

そもそもこの2つは、理想主義的な考え方と現実主義的な考え方に分けることができます。この2つが唱えられた時代の中国は、戦国時代と呼ばれる7つの国が対立していた時でした。7つの国はのちに秦の始皇帝によって統一されるのですが、武力によってその領土を争っていました。

孟子は、武力による中国大陸の統一は長続きしないと考え、徳による統一を各国の王に説いて回っています。しかし、現実問題として、もし自分が性善説を採用して国家を運営しても、他国から武力で攻められてしまえば滅ぼされてしまうという考え方から受け入れられることはほとんどありませんでした。

一方の性悪説は、当時の中国の情勢を鑑みたうえで生まれた思想です。しかし、こちらも各国の王に受け入れられることはありませんでした。その理由は、儒教の勉強をしなさいと遠回しに言われていたからです。ましてや自分たちを「悪だ」と言われているようなものなのですから、王の気分がいいわけはありません。そんなことを勉強する暇があれば、どうやって戦争に勝つべきかを考えた方がよかった王にとって、どちらも現実的な思想とは言えなかったのです。

性善説と性悪説の共通点

性善説と性悪説に、明確な違いがあることは分かりました。しかし、この2つには共通点も少なからず存在しています。では、どこに共通点があるのでしょうか。ここでは、性善説と性悪説の共通点を、3つご紹介します。

起源は性白紙説(せいはくしせつ)

性白紙説を唱えた告子
出典:捜狗百科

性善説と性悪説には、どちらももととなる考え方がありました。それこそが、「性白紙説」です。

別名「性無記説(せいむきせつ)」とも呼ばれるこの思想は、孟子・荀子が登場する少し前に登場した考え方です。その名が示すとおり、「人の善悪は生まれながらには決まっていない」とした説で、提唱したのは思想家の告子(こくし)です。残念ながら、性白紙説どのような経緯で生まれたのかは定かになっていません。ですが、この考え方がもとになって、孟子は性善説を、荀子は性悪説を成立させたのです。

また、提唱した告子自信についても謎が多いのが特徴です。その理由は、彼の記した書物が、その死後散逸してしまったことにあります。ただ、断片的に分かる史料からは、存命中に孟子と論争した記録が残されています。

告子をめぐってはさまざまな説が噂されていますが、未だに決定的な証拠や理由付けとなる史料は見つかっておらず、今後の研究が待たれます。

成立したのもほぼ同時代

戦国時代の勢力図
出典:Wikipedia

性善説と性悪説は、どちらも中国の戦国時代に成立したという共通点もあります。

それぞれ、韓(かん)、趙(ちょう)、魏(ぎ)、楚(そ)、燕(えん)、斉(さい)、そして秦(しん)の7カ国に分かれてしのぎを削っていた時代です。いずれものちに秦によって統一されるのですが、性善説と性悪説が登場した当時は、まだそれぞれの国がほぼ拮抗した力を持っていた時でした。ちなみに、これらの国をまとめて、戦国の七雄とも呼びます。

この時代は約200年にもわたり、中国大陸が分裂していた時代でもありました。その様子を見て、武力による統治や侵略が、いかに人民の心から離れていっていたかを説くため、孟子と荀子は説いて回っていたのです。性善説と性悪説は、どちらも武力による統治を終わらせるために生まれたといっても過言ではないのです。

結論は「教育が大事」

儒教はその後非常に重要視され、中国の官吏登用試験「科挙」の試験問題にもなった
出典:Wikipedia

根本的な考え方が違うように見える性善説と性悪説ですが、実は人としての最終目標はまったく同じなのです。そのゴールが、儒教における最高の人間である聖人になることです。

儒教の祖である孔子は、徳を積んでこそ聖人になれると説いていました。この徳が、いつ頃、どのようにして身につくのかという話は、孔子の死後も絶えず議論をされていました。その結論として、孟子と荀子は生まれたときには決まっていると仮定し、それぞれ、性善説と性悪説を唱えるに至ったのです。

実は、性悪説に関しては、生まれたときの状態こそ「悪」で会っても、勉強、つまり儒教を学ぶことで聖人になれる可能性はあると説いていました。つまり、「最初はみんな弱い存在だから、どんな色にも染まるけど、勉強したらえらくなれるんだよ」といっているのです。対して性善説を唱えた孟子も、生まれた時から「善」であるとは言いながら、「さぼっていれば簡単に悪になるから、勉強を続けなさい」と説いていました。

つまり、この2人は儒教を学ぶ大切さを、それぞれ違う角度で訴えていただけなのです。

性善説と性悪説はどちらが正しい?

目指すべきゴールは同じでも、ではどちらの立場に立って人と接すればいいのか。性善説と性悪説の議論に決着を求める人の中には、こう思っている人もいるでしょう。

最初にも述べましたが、性悪説と性悪説のどちらが正しいかの答えは、まだ出ていませんし、おそらくこの先も出ないでしょう。では、なぜそう言い切れるのかを説明していきます。なお、ここでは性善説・性悪説の考えを、一般に理解されている「人はみんないい人(悪い人)である」という意味で話を進めています。

結論は出ていない

秦の始皇帝は儒教弾圧のため焚書坑儒を行ったことで有名
出典:Wikipedia

性善説と性悪説をめぐっては、その思想が登場してから今日に至るまでどちらが正しいのかの論争が繰り広げられています。しかし、その結論は今もって出ていません。

その理由は「信じる人次第でなんとでもとれる」からです。

仮に、性善説の立場をとっている人がいたとします。この人からすれば、周りの人はみんないい人です。魔がさして誰かに裏切られたとしても、おそらくこの人は「まあ、根はいい人だから」といって許すことができるでしょう。裏切られたことに対する怒りよりも、相手の心の奥底にある善に期待をするわけです。

反対に、性悪説の立場の人がいたとします。この人からすれば、周囲の人間全員が悪者です。いつ自分を裏切ってもおかしくないですし、極端な話殺されてしまうかもしれません。だから性悪説の考えに立つ人は、周りの人を信用せず、1人で生きていくことを選ぶでしょう。

かなり極端な例ですが、みなさんの周囲にも似たような人はいると思います。このように、人によって考え方は異なるのですから、性善説と性悪説のどちらが正しいという議論に決着がつかないのは、ある意味当たり前の話なのです。

決めてしまうと危険でもある

朝鮮半島では儒教はたびたび弾圧の対象になった
出典:Wikipedia

では、無理矢理にでもどちらが正しいかを決めてしまうことはできないのでしょうか。白黒はっきりさせたい人にとって、「決着がつかない」という結論では居心地も悪いことでしょう。

しかし、よく考えてほしいのです。

仮に全員が性善説の考えを持ったとすれば、この世から犯罪はなくなるでしょう。全員が全員を信頼する思想が出来上がるだけに、誰かを裏切るなどという考え方そのものがなくなるかもしれません。しかし、それは表面上の話であって、誰かが悪いことをしても許してしまう文化が出来上がってしまいます。つまり、下手をすれば無法地帯が出来上がってしまうのです。

一方の性悪説の立場に、全員が立ったとなれば、それはそれで大変な世の中になります。法の支配によってガチガチに固められた社会の中で、誰がいつ自分を裏切るのかにおびえながら生きていかなければなりません。これによって犯罪そのものはなくなるでしょうが、ギクシャクした世界になってしまう可能性もあります。

こちらも極端なイメージでのお話ではありますが、どちらか一方に偏りすぎるというのもよくないのです。あえてグレーのままで残しておいた方が、性善説と性悪説の場合はいいのかもしれません。

ビジネスでは使い分けられている

性善説と性悪説をめぐる論争は、ヨーロッパでも行われている
出典:朝日新聞GLOBE+

どちらかに傾きすぎると危険な性善説と性悪説ですが、意外にもビジネスの現場では使い分けられています。使い分けされるタイミングは、ビジネスの相手が、日本か海外かによる違いです。

日本相手のビジネスであれば、こちら側は性善説の立場に立つことがほとんどです。「お客様は神様です」という言葉が示すとおり、日本人はただお金のやり取りをするだけではなく、相手との関係性を非常に重視します。そのため、接待などの付き合いを通じて関係を作り、「○○さんのお願いだったら仕方ないなぁ」という風に言わせることがビジネスの付き合い方だと思っています。相手がいい人だと思っていないとここまでの行動は出来ません。

対して海外とのビジネスになれば話しが変わってきます。「ビジネスライク」という言葉があるように、海外においてビジネスとは非常にドライなもので、そこに人と人の関係はありません。あくまでモノとモノ、会社と会社の付き合いがあるだけなのです。しかも、第三者がより良い条件を提示してくれば、海外の企業は手のひらを返してくることさえあります。この考え方の違いに、日本のビジネスマンは性悪説の考え方を借り、相手がいつ裏切ってもおかしくないという前提でいるのです。

このように、ビジネスそのものの考え方を性善説・性悪説の考え方に置き換えているのがビジネス現場なのです。もちろん、双方に一部例外もあるので、すべてにこの条件が当てはまるわけではありません。

性善説性悪説が学べる書籍

性善説・性悪説の考えをより深く学ぶための書籍は数多く出ていますが、その両方を一緒に学べるものはそう多くはありません。今回はそんな数少ない書籍の中から、特におすすめしたい3冊の書籍をご紹介します。

知っていると役立つ「東洋思想」の授業

性善説・性悪説はもちろん、諸子百家の考え方がこれ1冊で学べる本です。各章ごとに、前半で思想とキーワードを説明し、後半でその思想を深堀していくという2ステップで理解度を深められる構成となっています。

ビジネスに効く教養としての中国古典

ビジネスの基礎知識として中国古典を抑えたいならこちらがおすすめです。作者の守屋洋氏は東洋思想研究の第一人者と合って、分かりやすい解説で読者に東洋思想の奥深さを伝えてくれます。

史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち

生真面目な本はちょっと…と思うのならこちらがおすすめです。哲学者の面白いエピソードやたとえ話の分かりやすさは、普段本を読まない人でもすぐに惹き込まれることでしょう。インド哲学も学べるボリューム満点の1冊です。

性善説性悪説に関するまとめ

性善説と性悪説の考え方の違いや共通点、なぜ結論が出ないのかについてお話してきました。思想ゆえ、結論が出ないのは仕方がありません。しかし、人の本性は果たしてどちらなのか、気になる人も当然います。今後の研究や論争で、新たな解釈や知見が見出されれば、決着がつくかもしれません。

しかし、あまりどちらかに偏りすぎてしまうのもよくありません。バランスよく性善説と性悪説の考え方を持ってこそ、良好な人間関係や社会秩序が守られることはいうまでもないでしょう。

性善説と性悪説、あなたなら、どちらを信じますか?

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