日本美術史の具体年表
593年「飛鳥時代」
どんな時代? – 仏教の伝来から仏教美術が始まった
蘇我馬子、聖徳太子らが仏教の伝来を受容したことから寺院や仏像が多く作られるようになりました。蘇我馬子が飛鳥に建立した法興寺が最初に作られた寺院とされ、その後四天王寺や法隆寺が建てられたとされています。この時代の寺院は火災に見舞われることも多く再建することも多かったです。そのため現在は存在していない寺院も多いですが、法隆寺に関しては再建を繰り返し現存する木造建築としては最古とされています。
活躍した仏師は?
- 鞍作止利(不明)
不明年「鞍作止利」
どんな人? – 飛鳥時代を代表する仏師
推古天皇が諸臣に対して仏像を造ることを命じた際に造仏の担当として任命されたのが鞍作止利(くらつくりのとり)です。鞍作止利の家系は仏教興隆に尽力した人が多く止利も仏師として数々の仏像を造りました。代表的な作品としては釈迦如来坐像や釈迦三尊像などがあります。 また鞍作止利が造る仏像には特徴があり ・古式の衣文 ・杏仁型の目 ・古式の微笑み ・太い耳たぶ などが特徴として挙げられ、これらの特徴がある仏像を「止利様式」と呼ぶこともあります。
710年「奈良時代」
どんな時代? – 遣唐使によってもたらされた文化から天平文化が誕生
710年に平城京に都が移され日本は遣唐使を多く派遣し、仏教をはじめ政治制度や先進的な技術の情報を集めていました。そうした外国からの文化を取り入れながら発展していくことを天平文化といい日本にとって大きく影響を与えた文化となりました。 古事記・日本書紀・風土記・万葉集など誰もが聞いたことのある書物もこの時代に作られており、特に万葉集については天皇や貴族といった社会的階級が高い身分の人から防人や農民といった身分の人まで幅広い身分の人が詠んだ歌が収められており芸術を多くの人が楽しんでいたことが分かる資料となっています。
活躍した僧侶は?
- 鑑真(唐)
- 行基(河内国)
- 道鏡(河内国)
688 – 763年「鑑真」
どんな人? – 僧侶でありながら美術文化を支えた偉人
鑑真といえば唐から5度に亘り来日を目指し6度目でようやく失明しながらも日本にたどり着いた苦労人。日本には律宗を広め、戒壇の設立や戒律制度の整備に貢献しました。また新田部親王の旧宅跡が与えられたことによって唐招提寺を建立。 唐招提寺には国宝や重要文化財に認定されている仏像や歴史資料が多々あり、古都奈良の文化財の1つとして世界遺産にも登録されているほど歴史的に重要でありながら美術的にも素晴らしい建物です。鑑真はこのほか、彫刻や薬草についての造詣も深く日本に知識を伝えたとされています。 鑑真が亡くなったことを惜しみ弟子が造った鑑真の彫像は現代まで伝わっており、これが日本最古の肖像彫刻となっています。
鑑真の名言
一を聞いて十を知るよりも、一を聞いて一を実行に移すべきである。/ 名言の引用元http://www.cc9.ne.jp/~kinryu-ji/kokoro.htm
794年「平安時代」
どんな時代? – 仮名文字が作られたことによって物語文学が発展
平安時代は遣唐使を廃止したため日本独自の文化が発展していきます。その代表的なものこそ漢字を基に作られた仮名文字です。仮名文字ができたことによって日本は物語文学が急速に発展し現代でも語り継がれる物語が誕生しました。 また仮名文字は物語文学だけでなく書道や絵画においても大きな影響力を持つことになりました。
活躍した歌人は?
- 紫式部(平安京)
- 清少納言(東北地方)
- 紀貫之(平安京)
あいう球