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三筆とは?覚え方から代表作品、三蹟との違いも簡単に紹介

三筆とは日本の書道史で最も優れた3人の呼称です。三筆といえば、平安時代に活躍した空海・嵯峨天皇・橘逸勢(たちばなの-はやなり)が有名ですが、実は江戸時代や明治時代にも三筆がいました。

三筆の1人・空海
出典:Wikipedia

とはいえ、読者の皆さんの中には、

三筆と呼ばれる人物がたくさんいすぎて混乱する…
三筆と三蹟って何が違うの?
誰がどの作品を作ったのかわからない…

といった疑問や関心を持っている方も多いのではないでしょうか。三筆の代表作も知りたい方もいるはず。

そこで今回は、書道の歴史に奥深さに感銘を受けた筆者が、三筆の言葉の意味と三筆と三蹟の違い、時代別の代表作や三筆の覚え方までわかりやすく紹介します。

この記事を読めば、三筆のことを理解できるだけでなく、三蹟のことも理解できるでしょう。

この記事を書いた人

一橋大卒 歴史学専攻

京藤 一葉

Rekisiru編集部、京藤 一葉(きょうとういちよう)。一橋大学にて大学院含め6年間歴史学を研究。専攻は世界史の近代〜現代。卒業後は出版業界に就職。世界史・日本史含め多岐に渡る編集業務に従事。その後、結婚を境に地方移住し、現在はWebメディアで編集者に従事。

三筆とは?

三筆は日本書道に大きな影響を与えた

三筆とは日本の書道史において、字を書くのが上手な3人を指した呼称です。各時代に三筆と呼ばれる人物がいたため、3人ではなく大勢います。

ちなみに最も有名な三筆は、平安時代に活躍した三筆と江戸時代の寛永年間に活躍した三筆です。また、三筆と同じような言葉の三蹟も三筆と同じ意味を持っています。

日本書道の基礎を築く

中国東晋の書家・王羲之
出典:Wikipedia

三筆は9世紀ごろに活躍した空海・嵯峨天皇・橘逸勢(たちばなの-はやなり)といった能書家を指したことが始まりです。

この時代の書式の特徴は、で流行っていた王羲之(おうぎし)と呼ばれた中国東晋の書家にならったもの。の影響を受けた書式ですが、三筆たちは独自のアレンジを加え日本風の書式を築き上げました。

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貴族や天皇も筆を執った?

9世紀の日本はの影響を色濃く受けていた

三筆である空海と橘逸勢は遣唐使として唐へ渡った留学生です。彼らが唐風の書式を持ち帰ったことで貴族の間でも愛用されました。

また、嵯峨天皇は唐の文化に興味を持っていた人物だったこともあり、在位の間は宮廷内も唐の文化や書式に影響を受けることになります

三筆は各時代に存在した

三筆は昭和時代までいた(画像は昭和天皇)
出典:Wikipedia

三筆は平安時代ではなく、各時代にもいました。平安時代における三筆の次は戦乱が終わった江戸時代の寛永期に活躍した三筆、次いで幕末の三筆、明治の三筆と続き、昭和の三筆まで存在しました。

三筆と三蹟の違い

三蹟とは?

三蹟の1人・小野道風
出典:Wikipedia

三蹟は10世紀に活躍した小野道風(おのの-みちかぜ/とうふう)・藤原佐理(ふじわらの-すけまさ/さり)・藤原行成(ふじわらの-ゆきなり/こうぜい)を指す言葉で、入木道の三蹟(じゅぼくどうのさんせき)とも呼ばれています。また、3人が生きていた時代では、三蹟のことを三賢と称していました。ちなみに入木道とは書道のことです。

活躍した時代の違い

三蹟の1人・藤原佐理
出典:Wikipedia

三筆が活躍した時代は9世紀ごろで、その当時は遣唐使の派遣により唐の文化が色濃く反映していました。反対に、三蹟が活躍した時代は10世紀ごろで、その頃には遣唐使の派遣が終了しており、日本独自の文化である国風文化が花開いていました。

書式の違い

三蹟の1人・藤原行成
出典:Wikipedia

三筆の書式の特徴は、唐の文化に影響された書式で、それを独自に改良し日本風の書式を作り上げます。三筆の書式は三蹟にも影響を与え、彼らによって日本様式の書式・和様が生み出されました。

和様は、国風文化で誕生した仮名と調和できる書式となります。

【時代別】三筆と代表作品

平安時代初期の三筆

空海:774年〜835年

空海(774~835)
出典:Wikipedia

空海は真言宗の開祖となった僧侶です。空海の代表作は、天台宗の開祖・最澄に宛てた手紙『風信帖』と、神護寺で儀式・灌頂を行った人物を書き出した『灌頂歴名』があります。

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嵯峨天皇:786年~842年

嵯峨天皇(786~842)
出典:Wikipedia

嵯峨天皇は809年に天皇に即位し、在位中は唐の文化に影響を受けた文化を繁栄させました。嵯峨天皇の代表作は、僧侶の光定が延暦寺で受戒したことを証明する『光定戒牒』があります。

橘逸勢:782年?~842年

橘逸勢(782?~842)が筆を執った『伊都内親王願文』
出典:Wikipedia

橘逸勢は平安時代にいた貴族です。空海と遣唐使として唐に留学しました。逸勢の代表作は、逸勢自身が書いたものではないと考えられている『伊都内親王願文』があげられます。

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