人類史上最悪の事件ランキングTOP25!世界&日本の事件を紹介

20位:九州大学生体解剖事件 | 佐藤吉直大佐(西部軍)・小森卓軍医(西部軍)・石山福二郎(九州大学教授) – 1945年

この中のアメリカ兵捕虜8名が人体実験の犠牲となった
出典:コロナッシングラボ

1945年に九州方面の空襲で撃墜されたアメリカ人捕虜10名を裁判なく死刑とし、内8名を人体実験した事件です。石山福二郎教授の指揮の元で、九州帝国大学(現:九州大学)において、同大学15名の医学部関係者や参謀が立ち会って実施されています。実験の内容は以下の通りです。

  • 肺の切除
  • 心臓の停止実験
  • その他の脳や肝臓などの臓器等の切除
  • 血管を薄めた海水を注入する実験
  • どれだけ出血すれば人間が死ぬかの実験

これらの実験を受けた捕虜たちは、延命措置も取られず出血多量で死亡し、臓器は標本にされたといいます。人体実験を受けなかった2名の捕虜は、女学校の校庭で斬首されました。

責任者の石山福二郎教授
出典:コロナッシングラボ

終戦後に軍と医師団は、「犠牲になった米兵は原爆投下で死亡した」として実験の隠ぺいを図りました。しかし結局GHQの調査で事実が判明し、1948年の横浜軍事法廷で軍事関係者2名、九大関係者3名に死刑判決が下っています。

責任者の佐藤吉直は絞首刑、小森卓は空襲で死亡、石山福二郎は取り調べ中に自殺しました。自殺した石山の遺書には「一切は軍の命令なり、全ての責任は余にあり」と書かれていたそうです。この事件は遠藤周作の小説「海と毒薬」のモチーフとなり、後に映画化しています。

19位:アメリカ連続殺人犯 | ロバート・ハンセン – 1971~1983年

ロバート・ハンセン
出典:441 notepad

アメリカのアラスカ州で起こった連続殺人事件です。立件されただけで17名、実際は30名以上殺害したと考えられています。事件の発覚はトラック運転手から「裸足で手錠をかけられた女性を乗せた」という通報からでした。犯人として挙がったのはロバート・ハンセンというパン屋で、人当たりが良いため当初警察も半信半疑だったものの凶器のライフルが発見されたために逮捕されています。

逮捕されたロバートの供述によると、売春婦を獲物に見立てた「狩猟ゲーム」をしていたことが判明。ターゲットは10代の家出少女や売春婦で、自宅に連れ込み暴行して小型飛行機に乗せて人気のない荒野に行き、逃げ惑う女性を追い回し射殺していたといいます。逮捕後ハンセンは禁固461年の刑を受け服役していましたが、2014年に刑務所で死去しました。

18位:恐怖の館殺人事件 | フレデリック・ウェスト – 1964~1992年

フレデリックと妻のローズ
出典:海外のシリアルキラー

イギリスで後に「恐怖の館」とあだ名された自宅で、犯人のフレデリックと妻のローズとともに若い女性を惨殺し、遺体を自宅の庭に埋めていた事件です。被害者数は分かっているだけで12名です。フレデリックとローズは共に似たような環境に育ち、近親相姦に全く罪悪感が無かったといいます。

そして実の娘を妊娠させた頃から、徐々に女性を誘拐し殺害を開始。殺害後は被害者の遺体を徹底的に破壊することを好んだといい、妻に売春行為させてのぞき穴から様子を覗いて興奮していたといいます。そして性行為を拒む娘を逆上して殺害しています。

被害者女性の一部、虐待・拷問の上に殺害した
出典:ハナママゴンの雑記帳

その後娘の友人の通報により、夫婦は娘たちに対する強姦の容疑で逮捕されたのをきっかけに、事件が明るみに出ました。逮捕後フレデリックは刑務所内で自殺、妻は終身刑となり現在も刑に服しています。

17位:マルク・デュトルー事件 | マルク・デュトルー – 1995~1996年

マルク・デュトルー、ベルギーで「最も嫌悪される男」と呼ばれている
出典:世界犯罪目録

1995〜1996年にベルギーで発覚した少女監禁・殺害事件です。犯人のマルク・デュトルーは6名の少女を誘拐、地下壕に閉じ込め強姦し、少女4名を殺害しています。

デュトルーは8歳の少女2名を誘拐して監禁し、2か月後にはバカンスに来ていた17歳と19歳の少女を拉致監禁しました。10代の2人はドラッグを打たれて窒息死しています。そして1995年末に車の窃盗で半年間刑務所に入ったために、8歳の少女2人は餓死してしまいました。

犯人の妻ミッシェル・マルタン
出典:バンデモニウム

出所後2人が亡くなっていたため、1996年に12歳の少女を誘拐し強姦。次に14歳の少女を誘拐する時に目撃者がいたためにデュトルーは逮捕されました。この時に2人の少女は救い出され、犯人の妻も共犯として逮捕されています。逮捕後マルクは終身刑、共犯者の妻は30年の懲役が言い渡されました。

16位:インディアナ少女虐待死事件 | ガートルード・バニシェフスキー – 1965年

犯人と被害者女性
出典:rediit

アメリカのインディアナ州で起こった、アメリカ史上最悪と言われた拷問殺人事件です。犯人はガートルード・バニシェフスキーという女性と二人の子供、遊び友達の2人の男性が逮捕されています。バニシェフスキーは7人の子供を養うシングルマザーで、生活が貧しかったためにベビーシッターを副業としてはじめ、預かったのが被害者2人だったのです。

しかし次第に犯人の少女たちに対する態度が悪化していき、姉妹の姉に拷問していくようになります。妹を庇う姉に対して鞭や板で打ち据えたりしていき、次第に犯人の子供や近所の子供まで参加。虐待が娯楽化していたといいます。

被害者には煙草の火が150も押し付けられていた

行為はエスカレートし、全身150か所にタバコの火を押しつけ、糞尿を食べるように強要したといいます。また焼けた針で、「私は売春婦、そしてそれを誇りに思う」という言葉を体に刻みつけました。衰弱した被害者は死亡。通報により警察が駆けつけたときに犯人は「どこかの男に酷い目にあっていたのを助けた」と証言したものの、姉に守られ無事だった妹の証言により全てが露見。ガードルードは終身刑となり、逮捕された子供たちは更正施設に送られました。

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2 COMMENTS

FBI

ジェフリーダーマーは黒人の少年が好みだった訳では有りません。地域柄 ゲイバーで出逢う相手として黒人の確率が高かった事が主な理由です。本来なら同じ人種のハンサムな青年が好みだったと語っています。

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