無期懲役は地獄?人生終了と言われる7つの理由

地獄の無期懲役になった有名な凶悪犯達

前述した通り、2020年末時点で無期懲役として服役している囚人は1744人。その中には、私達が知っている有名な凶悪犯もいます。今回はその中から以下の4人の凶悪犯を解説します。

  • 緒方純子-北九州連続監禁殺人事件
  • 小島茂夫-名古屋アベック殺人事件
  • 湯浅成美-船橋18歳少女殺害事件
  • 小島一朗-2018年東海道新幹線車内殺傷事件

後は番外編として、実名報道がなかった「61年間服役していた男」についても解説しましょう。犯人達のその後を知る事で、無期懲役が地獄である事が実感できるかもしれません。

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犯人①:緒方純子 – 北九州連続監禁殺人事件

緒方純子
出典:ぽこあぽこ

緒方純子は、2002年に発覚した北九州連続監禁殺人事件の犯人の1人です。事件の主犯は緒方の内縁の夫である松永太。彼は人の弱みにつけ込み、被害者同士で殺し合いをさせる形で7人を殺害し、2011年12月に死刑が確定しています。

緒方は松永に加担する形で自分の家族を殺害。当初は死刑判決が下るものの、無期懲役判決が確定し、現在は麓刑務所に服役中です。緒方は加害者でもあり加害者でもある微妙な立場であり、無期懲役判決の確定は弁護団の努力があったからでした。

緒方が服役して既に20年。彼女の精神面は安定しており、今でも刑務所での報奨金から、被害弁償を続けています。弁護人には「既に出所出来るとは思っていない」と述べており、現在の状況を受け入れているようです。

地獄とも言える無期懲役ですが、緒方にとっては殺害を強要されていた日々の方が地獄だったのかもしれません。

犯人②:小島茂夫 – 名古屋アベック殺人事件

事件現場に花を手向ける人々
出典:elife

小島茂夫は、1989年に起きた名古屋アベック殺人事件の主犯です。小島ら未成年の6人グループは、理容師の男性と理容師見習いのアベックを強盗目的で誘拐し、犯行が発覚する事を恐れて後に殺害。その凄惨さから、少年法のあり方に疑問が投げかけられました。

小島は元々は死刑判決でしたが、最終的に無期懲役となっています。小島は、死刑判決を受けた時から被害者遺族への手紙を書き始めました。1997年からは報奨金も合わせて送っています。彼は、自分の犯した罪に深い反省の念を抱き、著しく矯正しているそうです。

彼は取材にもたびたび応じており、以下の事を述べてきます。

仮釈放後の自分の生き方がその後の受刑者の仮釈放にも影響するので、社会に役立つ人間になれるように心と体を鍛えている。

ただ2022年時点で、事件から33年が経過しているものの、彼が釈放されたという話は聞いていません。いくら反省していても、彼の行った所業を考えるなら、仮釈放される可能性は限りなく少ないと言えるでしょう。

犯人③:湯浅成美 – 船橋18歳少女殺害事件

湯浅成美
出典:ニュース速報Japan

湯浅成美は、2015年に発生した船橋18歳少女殺害事件の主犯であり、事件当時は18歳でした。湯浅達は、飲食費や卒業アルバムなどを返さなかった友人女性に立腹。男3人と共謀して友人女性を穴に埋めて窒息死させ、財布を奪い逃走したのです。

事件では強盗殺人として処理され、1名を除く3人に無期懲役判決がくだります。湯浅は判決前に「10年くらいで出所して、ネイルサロンを開きたい」と述べていましたが、無期懲役は事実上の終身刑。その夢が叶う事はありません。

湯浅はSNSで日々の出来事を投稿しており、かなり派手な様子が分かります。そんな彼女が、SNSも化粧もないまま30年以上も服役するのは、地獄以外の何者でもありません。

そして女性刑務所は数が少なく、無期懲役犯と2年以下の囚人が同室である事もザラです。彼女の刑務所の情報はありませんが、既に発狂しているのでは?と推測している人もいるのです。

犯人④:小島一朗 – 2018年東海道新幹線車内殺傷事件

小島一朗
出典:デイリー新潮

小島一朗は、のぞみ265号内で鉈を使用して1人を殺害し、2人に重傷を負わせた犯人です。彼は、幼少期に複雑な家庭で育ちました。そして「自分が何をしても、生存権を保証してくれる場所」として刑務所を選んだのです。

彼は無期懲役になる事を望み、実際に無期懲役が決まると法廷で万歳を連呼しました。彼は刑務所の中で、精神が崩壊したのか「ハンガーストライキを起こす」「汚物を体に塗りたくる」などの迷惑行為や自傷行為を繰り返しています。

刑務官はそんな小島を「仕事の責務」として、止めに入ります。小島はその度に「自分の生存権が保障されている」と喜びを感じているのでした。彼はそんな生活を死ぬまで繰り返すのでしょうか。

番外編:61年服役した男(実名報道なし) – 強盗殺人

61年服役した男が収容されていた熊本刑務所
出典:法務省

最後に解説するのが「61年服役した男」です。彼は、1957年に強盗殺人を起こし、21歳で無期懲役判決となり服役。当時は無期懲役でも18年以下で囚人の多くが出所していましたが、受け入れる場所がないという理由で、彼は5度に渡る仮釈放申請を却下されています。

この男は出所した時点で82歳。福祉施設に預けられるものの、服役中に精神崩壊を起こし、職員の声かけには応じるものの、理解しているかは分かりませんでした。やがて職員の言う事を聞かなくなり、「刑務所に連れて行け」と怒鳴るようになったのです。

もちろん被害者への懺悔の言葉もありません。被害者の命日にお寺に連れていかれるものの、ブツブツと独り言を呟くのみです。そして出所から1年後にあっさりと亡くなりました。

人を殺し、人生の大部分を無期懲役犯として生きていく。彼がこの世に生まれた理由はなんだったのでしょうか。私達は彼を反面教師にし、「決して犯罪を犯してはならない」と肝に銘じる事が大切です。

まとめ

今回は、無期懲役が地獄といわれる理由を服役中の無期懲役犯も交えて紹介しました。不景気で国民の閉塞感が漂う中、凶悪な犯罪に手を染めてしまう人も少なくありません。

それでも「シャバ」には自由があり、私達には自分のしたい事をする権利があります。無期懲役となると、全ての自由は奪われ、精神的にも肉体的にも地獄のような日々が待っています。

犯罪には決して手を染めない事が何よりも大切である事。今回の記事を通じて、その事に気づいていただけたら幸いです。

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