【年表付】オードリーヘップバーンはどんな人?映画やファッション、名言を紹介

1951年 – 22歳「『ジジ』『ローマの休日』の主役に大抜擢」

『ジジ』を演じるオードリー

舞台「ジジ」の主役に抜擢

1951年に、オードリーはブロードウェイの舞台「ジジ」の主役に選ばれました。映画の撮影でフランス・リヴィエラを訪れていたところ、「ジジ」の原作者であるフランス人小説家シドニー=ガブリエル・コレットに気に入られたのです。

「ジジ」は独身貴族で贅沢な暮らしをしているガストンと、後に社交界の花となる無邪気な少女・ジジのラブストーリーです。それまで端役ばかり演じていたオードリーでしたが、いきなり掴んだ主役の座をしっかり演じ切っています。

映画「ローマの休日」の主役を勝ち取る

『ローマの休日』のワンシーン

「ジジ」への出演が決まったころ、オードリーは無名の女優を探していたウィリアム・ワイヤー監督の目に止まりました。彼女の出世作で永遠の名作「ローマの休日」は、「ジジ」の千秋楽を待って撮影が始まりました。名こそ知られていなかったオードリーでしたが、映画が公開されるや否や一躍トップスターの座に躍り出ることになります。

1954年 – 25歳「1度目の結婚」

『戦争と平和』のときのオードリーとメル・ファーラー

共演したメル・ファーラーと結婚

「ローマの休日」以降、さまざまな映画の主役を務めるようになったオードリーでしたが、人気絶頂の最中に結婚します。相手は舞台「オンディーヌ」で共演した俳優メル・ファーラー。12歳年上で3度の離婚歴があるファーラーとの結婚に周囲は大反対しましたが、オードリーは意志を貫きました。

1950年代に出演した映画

先にご紹介した作品以外でオードリーが出演した映画は次のとおりです。

  • 麗しのサブリナ
  • パリの恋人
  • 昼下りの情事
  • マイヤーリング
  • 尼僧物語
  • 緑の館

どの役を演じるにしても役作りに余念がないオードリーでしたが、特に「尼僧物語」のときには修道院に数日間滞在したといわれています。この映画では心の葛藤に悩む修道女・ルークを演じ、英国アカデミー賞の最優秀主演英国女優賞を受賞しています。

1961年 – 32歳「『ティファニーで朝食を』が公開」

トールマン・カポーティ原作の「ティファニーで朝食を」

長男出産の3か月後には撮影

1960年、オードリーは長男・ショーンを出産しました。本当なら彼女はそのまま家庭で子供を育てたかったのですが、出産から3か月後には「ティファニーで朝食を」の撮影に臨んでいます。産後であることとこれまで演じてきた役柄や彼女自身とは大きく違った女性・ホリーを演じることに不安があったようですが、やはり見事に演じ切りました。

この映画の冒頭でオードリー演じるホリーがまとっているリトルブラックドレスはブランド「ジバンシィ」のもので、これまでで最も有名なドレスだといわれています。

1960年代に出演した映画

「ティファニーで朝食を」以外で1960年代にオードリーが主演した映画をご紹介します。

  • 許されざる者
  • 噂の二人
  • パリで一緒に
  • シャレード
  • マイ・フェア・レディ
  • いつも2人で
  • 暗くなるまで待って

西部劇「許されざる者」では、オードリーは落馬事故に遭い、背中を4カ所も骨折しています。さらにその事故の影響で、彼女は2度目の流産も経験しました。オードリーは深く傷つき、長男のショーンを妊娠したときには大事をとって1年間休業しています。

離婚と2度目の結婚

アンドレア・ドッティとオードリーヘップバーン

オードリーは1965年にスイス・トロシュナ村に家を買い、1967年からは家族との時間を大切にするために女優業を控えると決めていました。けれども、1968年にメル・ファーラーとは離婚してしまいます。彼女が次に恋をしたのは10歳年下のイタリア人精神科医アンドレア・ドッティでした。

1968年に出会った2人は急速に惹かれ合い、翌年1月には結婚しています。1970年には次男・ルカも誕生しました。

1975年 – 46歳「映画界へ復帰」

「ロビンとマリアン」で映画界に復帰

復帰から最後の映画出演まで

1975年、オードリーヘップバーンは8年ぶりに映画に出演します。ショーンコネリーと共演した「ロビンとマリアン」はロビンフットとその恋人・マリアンを描いた映画で、オードリーはマリアンを演じました。

オードリーは1989年、完全に女優を引退します。復帰からそれまでに出演した映画は次のとおりです。

  • 華麗なる相続人
  • ニューヨークの恋人たち
  • おしゃれ泥棒2
  • オールウェイズ

最後の映画出演作となった「オールウェイズ」はスティーブン・スピルバーグの監督作品です。彼の映画「E.T.」を観て感動したオードリーは、監督からオファーをもらったとき喜んで引き受けたといいます。

2度目の離婚と「最後の恋人」との出会い

オードリーは1982年、2番目の夫アンドレア・ドッティと離婚しました。ドッティはオードリーのことも前夫との子供・ショーンのことも大切にしていましたが、少々女性関係が激しい人物だったようです。家族としての形を残すため、オードリーはドッティと暮らした家の前に新しい家を建て、そこに息子・ルカと暮らしました。

別居を始めたのは1980年なのですが、オードリーはその年に「最後の恋人」となるロバート・ウォルダースと出会いました。2人はオードリーの離婚後に一緒に暮らし始め、彼女が亡くなるまで一緒に過ごしています。

1 2 3 4 5 6

コメントを残す