元禄文化とは?特徴から代表する人物・作品、化政文化との違いまで解説

元禄文化を代表する人物とその作品・功績

売れっ子作家だった「井原西鶴」

井原西鶴(1642〜1693)
出典:wikipedia

大坂出身の井原西鶴は、上方で流行していた自由で易しい誹風である談林派の俳諧師として活躍していました。その後、仮名草子を発展させた風俗小説である浮世草子を生み出し、第一作「好色一代男」は大評判となりました。

大ヒット作となり、上方版・江戸版の他に模倣作品も生まれるほどだった「好色一代男」
出典:国文学研究資料館

井原西鶴の浮世草子には、男女の好色生活を描いた好色物(代表作は「好色一代男」)、武家の生活を描いた武家物(代表作は「武道伝来記」)、町人物(代表作は「日本永代蔵」)があります。

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俳諧を芸術にした「松尾芭蕉」

松尾芭蕉(1644〜1694)
出典:荒川区公式サイト

松尾芭蕉は伊賀上野出身の俳人で、連歌の発句にすぎなかった俳諧を、和歌と対等の芸術的地位まで押し上げたことで知られています。松尾芭蕉の誹風は「蕉風」と呼ばれ、言葉の可笑しさではなく、言葉の外側にある余情を大切にしました。余情を包むリズムである栞(しおり)や、自然に溶け込んだ枯淡の心境である寂びといった美意識に重きを置きます。

文人画家で知られる与謝蕪村が描いた「奥の細道図」
出典:文化遺産オンライン

門弟である曽良と共に東北や北陸を旅した「奥の細道」や、関西から阿波方面を巡った「笈(おい)の小文(こぶみ)」といった俳諧紀行文が有名です。

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東洋のシェイクスピアと言われる「近松門左衛門」

近松門左衛門(1653〜1724)
出典:文化デジタルライブラリー

越前出身で京都で育った近松門左衛門は、三味線を伴奏楽器とする語り物である浄瑠璃の作者として修行を始めます。義太夫節を創始した竹本義太夫と組んで、世話物の代表作「曽根崎心中」など、現在の文楽の原型となった人形浄瑠璃で数多くのヒット作を生み出しました。他に近松門左衛門の有名作品として、時代物の「国性爺合戦(こくせんやかっせん)」があります。

滅亡した中国の明の家臣が、日本人の妻と子供を伴って明を再興するという筋書きの「国性爺合戦」
出典:文化デジタルライブラリー

また、上方歌舞伎の代表的な役者である坂田藤十郎とのペアで、現在でも上演されているような歌舞伎の名作も世に送り出しました。そのため近松門左衛門は、「作者の氏神」「東洋のシェイクスピア」などと呼ばれ、その才能は今でも高い評価を受けています。

荒事の「市川團十郎」と和事の「坂田藤十郎」

芝居小屋で歌舞伎を楽しむ人々
出典:文化遺産オンライン

17世紀初めに生まれた歌舞伎は、元禄時代には前髪を切り落とした野郎頭で舞台へ上がる野郎歌舞伎として全盛期を迎えます。常設の芝居小屋ができ、武士や町人が日常の娯楽として歌舞伎を楽しむようになります。

初代市川團十郎(1660〜1704)
出典:wikipedia

江戸では初代市川團十郎が勇猛な立ち回りを得意とする荒事(あらごと)を演じ、上方では初代坂田藤十郎が、色男役を優美に魅せる和事(わごと)の名手として高い人気を誇りました。

元禄を代表するトップデザイナー「尾形光琳」

一度見たら忘れられない意匠性が高く評価されている尾形光琳作「燕子花図屏風」
出典:casabrutus.com

京都呉服屋出身の尾形光琳は、本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)や俵屋宗達といった先人たちの芸術を継ぎつつも、装飾性に富んだ「琳派」と呼ばれる画風を確立しました。絵画、工芸、着物のデザインなど、尾形光琳はさまざまな分野で活躍しました。その印象的なデザインは今も世界中のファンを魅了しています。

鉢の外と内の文様が一体となり、紅葉の形に透かし彫りされている尾形乾山の代表作「色絵紅葉文透彫反鉢」
出典:文化遺産オンライン

弟の尾形乾山(けんざん)は京焼の名工である野々村仁清(ののむらにんせい)に陶磁器を作る指導を受けました。斬新な意匠は兄の尾形光琳の作品にも通じるところがあります。

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