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日清戦争の原因・きっかけをわかりやすく解説!結果も簡単に紹介

「日清戦争の原因って何だったの?」
「そもそもどうして日本は清と対立したの?」
「日清戦争から日露戦争までの流れがいまいちわからない…」

明治維新を経た日本初めての戦となった日清戦争。戦争自体は、欧米諸国へ日本の強さを知らしめる結果となりました。

日清戦争の様子
出典:Wikiwand

しかし、日清戦争は、単に日本と清の対立だけで引き起こされた戦ではありません。ロシアをはじめとする列強諸国が複雑に絡み合って起きた戦争なのです。そのため、日清戦争の原因があいまいな人も多いはず。

そこで、この記事では日清戦争の原因を勃発のきっかけや日露戦争との関係も交え、わかりやすく解説します

この記事を読めば、日清戦争の原因や日露戦争までの流れをスムーズに理解できますよ。

この記事を書いた人

Webライター

岩野 祐里

Webライター、岩野祐里(いわのゆり)。5歳の頃、イギリス史に夢中になり図書館へ通いながら育つ。大学では国際文化を専攻し、イギリス史と英文学の研究に没頭。その後、大学院にて修士課程を修了。研究論文は「19世紀英国の社会と犯罪」について。歴史全般の研究歴は11年、イギリス史は21年に及ぶ。現在はWebライターとして活動中。

日清戦争とは

日本軍が一斉射撃をする様子
出典:Wikiwand

日清戦争とは、1894年から1895年にかけて起こった日本と清との戦争です。清とは17世紀から20世紀にかけて中国本土に存在していた王朝であり、「眠れる獅子*」とも呼ばれるほど他国から恐れられる国でした。

そんな清に対して、朝鮮半島の利権を巡って日本は戦争をしかけます。当時ロシアの南下政策が始まっており、日本と清にとって朝鮮半島は重要な場所でした。詳しくは「日清戦争が起きた3つの原因」にて後述します。

日本が大国である清を破る様子を描いた風刺画
出典:Wikiwand

しかしながら、清は近代化した欧米諸国が恐れるほどの大国。小さな島国である日本が勝てるとは誰も思っていませんでした。ところが、日本軍は近代的な戦法で清軍を圧倒。劇的な大勝利をおさめて、欧米列強に衝撃を与えることとなります。

1895年に下関条約が結ばれ、日本の思惑通り朝鮮半島は独立国となりました。しかし、その後に朝鮮はロシアの保護国となり、今度はロシアと対立。日露戦争勃発へと向かうことになりました。

*眠れる獅子
巨大な力を持ちながらも、本領を発揮せずにいる国や人物のこと。清に関していえば、戦力のほどが分からず欧米諸国から恐れられていた様子を例えて「眠れる獅子」と呼ばれていた。しかし、日清戦争で敗北後は欧米諸国の恐れは払拭される。
日清戦争とは?原因や結果、結ばれた条約までわかりやすく解説

日清戦争が起きた3つの原因

日清戦争中の「平壌の戦い」の様子
出典:Wikiwand

日清戦争が起きた原因は、大きく次の3つにわけられます。

  • ロシアのアジア進出
  • 朝鮮半島を巡る対立
  • 朝鮮半島内の反乱

しかしながら、すべての出発点は「列強国に対する脅威」です。ロシアなどの欧米列強に飲み込まれないように、日本も清も独自の観点から対策を練りました。

その結果、両者の意見が食い違い日清戦争が勃発したのです。つまり、それぞれの国が自国を守りたいがゆえに日清戦争は起こったといえるでしょう。

①ロシアのアジア進出に日清が脅威を感じたから

ロシアの巨大さが分かる風刺画
出典:Wikiwand

当時、欧米諸国は産業革命による急速な近代化によって国力を強めていました。そして、日本や清をはじめとするアジア地域を植民地化しよう進出していたのです。

特に、日本と清が警戒していた国がロシア。ロシアは極寒の地域にあるため、冬は海が凍ってしまい港が使えずにいました。そのため、冬でも利用できる港を探して南下政策を始めていたのです。

南下政策の中でも、暖かい地域に位置するアジア諸国はロシアにとって格好の場所でした。こうしたロシアの動きに対して、日本も清も脅威を感じていたのです。

当時のロシアの脅威は計り知れないものだった

ロシアがアジア進出が進めば、独立国家体制が危ぶまれ、最悪の場合は日本も清も植民地として支配されてしまうかもしれません。

そのため、日本はロシアに対抗しようと自国の近代化を進めました。黒船来航で列強国の近代化を目の当たりにしていたからです。これが、日清戦争中の軍力における差を生み出すことになります。

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