A級戦犯とは何した人?決め方や代表人物もわかりやすく解説

広田弘毅

広田弘毅
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広田弘毅は外務大臣などを歴任後に、第32代内閣総理大臣を務めた人物です。彼が総理に就任したのは二・二六事件の直後であり、軍部の発言力は高まっていました。広田は軍部大臣現役武官制の復活や軍備予算の拡大など、軍部の様々な要求を受け入れました。

広田は1,27,55の項目で有罪となります。彼は軍国主義者ではありませんが「軍部に追随して共同謀議の一端を担った」とされ、文官としては唯一の絞首刑となりました。彼の絞首刑に驚いた国民も多く、全国から数十万という助命嘆願を求める署名が届いています。

文官における戦犯の筆頭として近衛文麿と松岡洋右が挙げられていましたが、近衛は逮捕前に自殺し、松岡は結核で病死。文官の大物として残された広田が絞首刑になったという意見も根強いです。

広田弘毅はどんな人?生涯・年表まとめ【内閣時代の政策や座右の銘、死刑判決の理由を紹介】

板垣征四郎

板垣征四郎
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板垣征四郎は陸軍軍人として関東軍参謀長や陸軍大臣などの要職を歴任した人物です。彼は関東軍高級参謀時代に石原莞爾と満州事変を起こした他、華北分離工作などの陸軍の対外政策に積極的に関与しました。

彼は東京裁判で1,27,29,31,32,35,36,54の項目で有罪となり、絞首刑判決となります。彼自身には明確な国家ビジョンがあったわけではなく「部下の責任は自分が取る」という姿勢を持ち、様々な侵略の責任を負う立場をとりました。

辻政信や石原莞爾など、アクの強い軍人達も板垣を信奉していたとされます。彼は陸軍が起こした様々な戦争責任を一身に受けて絞首刑となったのです。

なお、次の記事では今回紹介した3名を含めた主要なA級戦犯を紹介しているので、良ければ参考にしてください。

A級戦犯とは誰だったのか?主な人物まとめ【戦犯の定義も解説】

A級戦犯にまつわる3つの問題点

A級戦犯が起訴された東京裁判ですが、この軍事裁判には様々な問題点がありました。問題点を大別するなら以下の3つが挙げられます。

  • A級戦犯は後付け(事後法)だった
  • 選定基準はあいまいだった
  • 判事は意図的に決められていた

順番に解説していきますね。

A級戦犯は後付け(事後法)だった?

公判中の法廷内
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平和に対する罪という考えが初めて提唱されたのは1945年に開催されたロンドン会議です。A級戦犯達はそれ以前の様々な行為に対して有罪となりましたが、その頃には一連の罪は存在しませんでした。

「法令の効力はその法の施行時以前に遡って適用されない」という考えがあり、これを「法の不遡及」と呼びます。この考えに基づけばA級戦犯達が有罪になるのはロンドン会議以降になる筈です。事実、インドのパール判事は戦犯達全員に無罪判決を下しています。

法の考えは世界各国様々であり、西ヨーロッパ方面で発展した法系(大陸法)では「法の不遡及」という考えは浸透していますが、アメリカやイギリスで発展した英米法では過去の犯罪行為でも刑罰は課せます。東京裁判は法の認識の違いが露呈したとも言えます。

選定基準はあいまいだった?

A級戦犯となった重光葵
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前述した通りA級戦犯として逮捕されたのは126名ですが、最終的に28名に絞られました。この過程で連合国側は「誰を被告人にするか」という点で、激しい攻防が繰り広げられています。口を揃えて戦犯指定される者もいれば、選定が曖昧な者もいたのです。

例えば日本政府の全権として降伏文書に署名した重光葵外務大臣というA級戦犯がいます。アメリカは彼を裁く予定は皆無でしたが、ソ連が執拗に彼を戦犯指定に命じた為に重光はA級戦犯となり禁錮7年の判決を受けています。

反対に戦犯指定は免れないとされた731部隊の長を務めた石井四郎は、人体実験の詳細なデータをアメリカに提供した事から罪を免れたともされます。A級戦犯の選定の影には、未だに明るみにでない世界の闇が隠れているのかもしれません。

判事は意図的に決められていた?

被告人全員の死刑を望んだデルフィン・ハラニーリャ
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東京裁判の裁判官や判事は11人が選出されています。彼らはアメリカやイギリスなどの連合国側の人間で構成されました。その中にはフィリピン等の太平洋戦争期間に日本の占領下にあった国も含まれています。

判事達の中には全員の無罪を主張したインド出身のパール判事もいましたが、戦犯指定者全員の死刑を主張したフィリピン出身のハラニーリャ司法長官などもいました。ハラニーリャは太平洋戦争で日本軍の捕虜になった経緯もあり、強硬案を述べたとされます。

裁判官や判事の中に日本人は含まれていません。日本人は弁護士としてA級戦犯の弁護を務めたものの、判決を下す側の人間が連合国側の人間で構成されている以上、無罪判決は難しかったでしょう。判事の構成は、東京裁判が連合国のリンチされる理由の1つです。

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