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天才作家!伊藤計劃とはどんな人?生涯・年表まとめ【死因や名言、作品についても紹介】

伊藤計劃(いとうけいかく)は、2000年代に活躍したSF作家です。彼の発表した作品はとても少なく、作家としての活動期間は実質2年だけと極めて短いのですが、そのSFでありながらリアルに感じる世界観や、文体、装飾的な独特の言語センスは、現在でも多くのSFファンの心をつかんで離しません。

伊藤計劃

彼の代表作である3本の長編作品は、2015年に『Project.Itoh』と題されてアニメーション映画化されており、その映像のクオリティの高さや独創的な主題によって、SFファン以外にも伊藤計劃の名を大きく広めることとなりました。

そんな少ない作品数でありながら、伊藤は『ブレイブ・ストーリー』等で名を知られる宮部みゆきや、『ゴールデンスランバー』『アヒルと鴨のコインロッカー』等でおなじみの伊坂幸太郎などの有名作家から多大なリスペクトを受けています。処女作である『虐殺器官』について、宮部からは「私には3度生まれ変わってもこの作品は描けない」、伊坂からは「才能に嫉妬を覚え、ファンになった」と激賞され、多くの作家やSFファンから「ゼロ年代SFのベスト」とまで称されている人物こそが、伊藤計劃という作家なのです。

有名作家の宮部みゆきからも高い評価を得ている

この記事では、そんな彼がどんな人生を歩み、どのような作品を描いてきたのかを深堀りしていきたいと思います。大学時代、伊藤計劃の作品をたまたま手に取ったことで「見える世界が変わった」とすら感じ、現在では伊藤計劃作品の二次創作をネット上で執筆するまでの熱狂的なファンになってしまった筆者が、この記事を担当させていただきます。

伊藤計劃とはどんな人物か

ペンネーム伊藤計劃
名前伊藤聡
誕生日1974年10月14日
生地東京都
没日2009年3月20日(34歳没)
没地不明
配偶者なし
埋葬場所不明
代表作品・『虐殺器官』
・『ハーモニー』
・『屍者の帝国』(円城塔との共著)

伊藤計劃の生涯をハイライト

1974年10月14日、東京都で生まれた伊藤計劃。家族構成については、父母と3つ下の妹がいることは取材によって明らかになっていますが、それ以上のことは明らかになっていません。

かねてより映画や漫画などの創作に強い興味を持っていた彼は、武蔵野美術大学の美術学部映像学科に入学し、そこから自身の手による創作活動をスタートさせました。

伊藤の母校である武蔵野美術大学は、彼の創作活動が表舞台に出る原点ともなった。

美術大学という創作の道に進んだ伊藤は、大学在学中である1999年に、漫画作品『ネイキッド』でアフタヌーン四季賞を受賞。同時期には尊敬するクリエイターである小島秀夫との出会いも経験し、彼自身の抱く世界観を明確化していくことになります。

伊藤が創作者としてデビューした作品『ネイキッド』は、『蘇る伊藤計劃』に収録されている。

そうして大学を卒業し、Webディレクターとして働き始めた伊藤でしたが、ここで彼を病魔が襲うことになります。「ユーイング肉腫」という治療の難しいガンであると宣告され、完治は絶望視された伊藤でしたが、彼は入退院を繰り返しつつ執筆活動を敢行。

伊藤計劃を蝕んだ「ユーイング肉腫」というガンは、発見も治療も難しい病だった。

そして転移した肺ガンの寛解を得た2006年、わずか10日間で処女作である『虐殺器官』を書き上げ、文壇に発表しました。壮絶な状況下で執筆され、2007年に読者の目に触れる形で発表された『虐殺器官』は、多くのSFファンから好評を博し、伊藤計劃の名は一躍文壇に知れ渡ることとなったのです。

その後も彼は執筆活動を続け、尊敬する小島秀夫の依頼による『メタルギアソリッド4』のノベライズや、長編作品である『ハーモニー』を発表。また、『ハーモニー』を発表した後も歴史や文学、技術や心理学などの広範な資料を集め、次回作の構想を練っていたことが記録されています。

しかし、病魔は伊藤の体を蝕み続け、2009年の3月20日、伊藤は病院のベッドの上で34年間の短い生涯を終えました。2009年の12月に、『ハーモニー』は様々な賞を受賞することになるのですが、その事実を伊藤が知ることはなかったのです。

構想段階だった『屍者の帝国』の刊行や、3作品のアニメ映画化など、伊藤の作品は彼の死後も息づき続けている。

しかし、その死後も“伊藤計劃”の名は文壇に残り続けることになりました。

2012年には伊藤のプロットと遺稿を引き継ぐ形で、円城塔が『屍者の帝国』を「伊藤計劃との共著」という形式で刊行。2015年から2017年にかけて、彼の作品である『屍者の帝国』『ハーモニー』『虐殺器官』のアニメ映画が公開されるなど、多数のメディア展開が行われ、伊藤の名はなお広く知れ渡ることになったのです。

SFが伊藤の文学ジャンル

伊藤計劃は主にSFジャンルの作品を執筆する作家でした。

彼はSFという文学ジャンルについて、「社会とテクノロジーのダイナミクスを扱う唯一の小説ジャンル」と認識していたようです。そんな彼の認識を知ってから作品を読むと、「これはたしかに”伊藤計劃のSF”である」と感じられると思います。

伊藤はサイバーパンクのファンだった

伊藤はSFの中でも「サイバーパンク」と呼ばれるジャンルを特に好み、好きな作家として「サイバーパンクブームの火付け役」であるブルース・スターリングの名を挙げています。

サイバーパンクとは、科学技術と人体の融合など、様々なガジェットによる「過剰に進み過ぎた社会」をメインに据えた作品の総称です。現在で言えば、『マトリックス』や『ソードアートオンライン』、あるいは少々古いですが『ロックマンエグゼ』あたりが、広い意味でのそのジャンルに当たると言える作品でしょう。

そのようなサイバーパンク的な傾向は伊藤計劃の執筆した作品にも色濃く見られ、『虐殺器官』と『ハーモニー』は共に、社会に根差したガジェットが物語の主題として深く組み込まれている作品となっています。

「一人称視点」が文章の特徴

主人公視点の一人称作品が特徴のひとつ

伊藤計劃の文章の特徴的な点として特に顕著な点は、全ての作品が主人公の視点で描かれた1人称作品であるという事です。ライトノベルや推理小説でよく見られるスタイルですが、伊藤の描く複雑なキャラクター性が、主人公の思考が読者に直接伝わることで幾分か分かりやすくなっており、また、「主人公以外の思考が読者に伝わらないこと」「主人公の信じていることが、たとえ誤認であっても真実として描かれること」を利用したトリックとしても、その文体は活用されています。

また、ルビやレトリックによる文章装飾や、体言止めの多用、”?”マークの代わりに”…”が使われていることも大きな特徴です。伊藤はこれらの部分に関して、ウィリアム・ギブスンの作品である『ニューロマンサー』を邦訳した、黒丸尚の影響を受けていることを明かしています。

文体にも伊藤の個性が現れている

伊藤の作品は基本的に「登場人物から読者への語り掛け」の形式で描かれており、そのため小説自体が、登場人物の回想やテキストのような形式で描かれていることも特徴的です。小説ではなく誰かの日記を読んでいるような、あるいは登場人物がそのまま読者に呼び掛けているようなその文体が、現在も続く伊藤計劃のカリスマ性を高めることに、一役買っていると言えるかもしれません。

また、SF作品の中でも特に世界観の構成が緻密で、それ故に造語が多いことも特徴。「侵入鞘(イントルード・ポッド)」「肉旅客機(ミート・プレーン)」「空飛ぶ海苔(フライング・シーウィード)」など、それだけではわけのわからない単語の目白押しですが、それ故に現実とは異なる、「リアルな創作の世界」を堪能することができるのも、伊藤計劃作品の大きな特徴となっています。伊藤自身は「人や組織、架空の名前を考えているのが一番楽しい」と、円城塔との対談で語っており、その文体は純粋な彼の趣味であることが分かるでしょう。

「生」と「死」という命題を扱うことも

生と死をテーマにした作品が多い

伊藤計劃の作品は、主題として「生と死」「生きるとは何か」「人間とは何か」という難しい命題を扱っていることが多く、その答えは作品を通して、割合一貫したものになっています。また、サイバーパンクな世界を通じて「社会構造の中に生きる人間」と「その社会に馴染めない人間」の対比構造を描くことも多く、その作風は「行き過ぎた現代社会」を描いた『虐殺器官』や、「ユートピアの臨界点」を描いた『ハーモニー』に、特に色濃く表現されています。

そのような重い主題と、それに対する彼なりの解答を描き、「教育的」「啓示的」な作品だと受け取られがちな伊藤計劃の作品ですが、伊藤自身は自身の描いた『虐殺器官』について「現代社会における閉塞感とか悲壮感だとかを描いた作品ではない」「作中で目指したものは『こんな状況でも人間は無神経に生きてるぞ』と言う爽快感」だと発言しています。

筆者としてもいまだに「爽快感!?」となる発言ではありますが、伊藤計劃の類稀な観察眼や、ブラックユーモアを理解することができれば、たしかにそのように読むことができるのかもしれません。

伊藤計劃の趣味は?

伊藤は大の映画ファンだった

伊藤計劃の好んでいたものとして真っ先に挙げられるのは、やはり”映画”と”文学”でしょう。友人の間では「映画と漫画と音楽に夢中になり過ぎて二浪したのだ」とも言われていたようです。

伊藤の映画や文学に関する造詣の深さは、確かに並大抵のものではなく、彼の処女作である『虐殺器官』の本文をパラ読みするだけでも『プライベート・ライアン』『太陽の帝国』『マッドマックス』などの、実在する映画や文学作品の名前が登場しています。それも、単純に名前が「登場」するだけではなく、きちんとストーリーの展開に則した形で名前が「使用」されているため、伊藤が本気でそれらの作品について熟知したうえでストーリーに使用していることが、一読するだけでも理解できるでしょう。

ゲームやアニメにも関心があった

ゲームやアニメなども好んでいたようで、特にコナミから発売されているゲーム作品、『メタルギア』シリーズを好んでいたことが有名です。伊藤と『メタルギア』については、ただの作品とそのファン以上の関わりがあるのですが、その点は後のトピックで語らせていただきます。

また、伊藤は映画に対しての評論活動も積極的に行っていました。『伊藤計劃:第弐位相』と名付けられた彼の個人ブログは、書籍としての出版も成されているほか、現在もネット上にそのままの形で保存されています。

ブログの中で伊藤は、東西を問わず様々な映画についての評論を行っており、その異常なまでの創作に対する審美眼を見ることができます。前述の大学時代の後輩である篠房六郎は、伊藤の映画評論について「自分がぼんやりと見ていたものを、多角的かつ微細にとらえ、新たな視点を提供してくれる」と絶賛しています。「褒め過ぎでは?」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、そんな方も伊藤計劃のブログを読めば、それが過剰な褒め方ではないことを理解してくれるでしょう。

ともかく、伊藤が創作を好み、それに対するあまりにも深すぎる知見を持っていたことについては、疑う余地は全くありません。

性格は完璧主義者のビビりだった..?

伊藤計劃の性格について、3つ年下の妹は「凄く慎重で完璧主義。人の評価をとても気にするビビりだった」と答えています。慎重で完璧主義な一面は作品から、ビビりな一面は前述の部誌のエピソードからも読み取ることができるでしょう。

創作活動には人一倍熱かった

しかしそんな慎重さの一方で、伊藤の創作活動への情熱は異常なほどに熱く、彼は晩年「僕は両足を失ってでも生きたい。書きたい物がまだまだたくさんある」と、病床の中で創作への情熱を口にしたとのこと。慎重でありながら、創作に対しては何処までも情熱的な人物だったことが伝わります。

実際、彼の処女作である『虐殺器官』は、9か月間の治療の終了と同時に執筆を開始し、僅か10日間で書き上げた作品なのだそう。文庫本換算で約400ページの作品を10日で書き上げ、しかもその作品が高い評価を得る辺り、伊藤計劃が創作活動に対し、熱すぎるほどの情熱を燃やしていたことが、皆さんにも伝わってくれるのではないでしょうか。

伊藤計劃の死因は?

伊藤計劃の死因は肺ガン。伊藤の体に巣食ったガンは、寛解と再発と転移を何度も繰り返し、その闘病生活は8年にも及んでいたようです。

長きにわたって闘病生活を強いられた

伊藤を侵していた病魔は「ユーイング肉腫」というガン。骨に発生する珍しい形のガンで、滅多に転移することが無い代わりに、転移してしまえば手の施しようがないガンでした。その病巣は伊藤の右足の神経を侵しており、手術によって病巣を取り除くと、伊藤の右足は「ただそこにぶら下がっているだけ」になってしまったそうです。

そうして一度は病魔との戦いを乗り越えた伊藤ですが、2005年には左右の肺にガンが転移していることが発覚。2006年には肺の一部を切除し、以降はほとんど入退院を繰り返す生活を送ることになります。その頃の伊藤の様子は、ブログ『伊藤計劃:第弐位相』に細かく記され、彼の(少なくとも表向きは)明るい入院生活を覗き見ることができます。

病状の進行を止めることができず

そして2009年。この時期になると、伊藤の体には6か所にガンが転移しており、もはや寛解どころか手すら付けられない状況に。病状の悪化と、それに伴う治療の激化で食欲も失くしていた伊藤でしたが、ある日、夕食が好物のカレーであることを母から聞かされると、「じゃあ食べてみる」と数口を食べ、そのままその日のうちに、眠るように息を引き取ったのだそうです。2009年3月20日、享年は34歳でした。直接の死因は、再発した肺ガンであるとされています。

伊藤計劃と『PSYCHO-PASS』の関係

重厚かつ繊細な世界観で人気を博すアニメ・『PSYCHO-PASS』シリーズにも、実は伊藤計劃の影響があるようで…?

『PSYCHO-PASS』シリーズと言えば、若者を中心に多くの世代から人気を集める、SFクライムアクションアニメです。満たされているが故にどこか閉塞感のある社会の描写や、ユートピアとディストピアの本質などを描く作風からは、どこか「伊藤計劃らしさ」を感じる方も多いことでしょう。

とはいえ、『PSYCHO-PASS』の初回放送は2012年10月。伊藤計劃の夭折からは年単位で時間が経過しているため、実のところこの作品自体に「伊藤計劃がクリエイターとして参加していた」という事実はありません。

しかしその一方で、『PSYCHO-PASS』の脚本を担当していたシナリオライター・虚淵玄が、かなり熱狂的な伊藤計劃ファンで、その作品からかなり影響を受けている人物だということはご存知でしょうか?

虚淵玄は、『魔法少女まどか☆マギカ』『Fate/Zero』などの脚本を担当した、重々しく物悲しい作風に定評があるシナリオライター。

虚淵氏は、デビュー当時から伊藤計劃作品の熱心なファン。それもシナリオライターとしてのデビュー後も、伊藤計劃との対談の機会を「恐れ多いから」と断ってしまうような、心酔していると言えるレベルの大ファンだったというのです。

実際、『PSYCHO-PASS』の中に登場する槙島聖護(まきしましょうご)というキャラクターが、作中で伊藤計劃の作品を愛読、紹介していたり、『Project:Itoh』と『劇場版PSYCHO-PASS』がコラボしていたりと、虚淵氏のリスペクトあっての伊藤計劃と『PSYCHO-PASS』の関係性は、客観的にもかなり多く見受けられます。

主観的な、それこそ『PSYCHO-PASS』作中の用語であったりセリフ回しであったりも含めれば、そのリスペクトを示す部分はより多く見受けられることでしょう。皆さんも是非、そう言った部分を探してみていただき、伊藤計劃という作家の影響の大きさを実感してみてほしいと思います。

作家「円城塔」と多くの共通点が見られる?

伊藤計劃と関係の深い人物として真っ先に挙げられるのは、筆者としてはやはり、作家の円城塔であると思います。

伊藤と円城は、共にデビュー作で「小松左京賞最終候補」にノミネートされ、ハヤカワJコレクションから作品が刊行。「ベストSF2007」の国内篇で伊藤が1位、円城が2位を取るなど、作品同士の関わりはもとより、共に1970年代前半の生まれであることや、「小説ではない文章で」文章執筆に慣れていたことなど、人物としても非常に多くの共通点が見受けられる二人です。

円城塔

なにより、伊藤計劃の作家としてのデビューには円城塔が深く関わっており、円城が伊藤に対して「僕は作品を早川に送ったんですが、伊藤さんもどうです?」と誘ったことがデビューのきっかけとなっていたことを、伊藤が対談で明かしています。伊藤はそのエピソードに関し、「円城さんのことは恩人だと思っています」と口にしており、彼らの関係と友情は、伊藤の生涯を通じて続きました。

また円城は後に、早逝した伊藤が残した30ページほどの原稿を引き継ぎ、『屍者の帝国』と言う作品を刊行しています。伊藤計劃と円城塔の共著として発表された『屍者の帝国』は、伊藤計劃らしさと円城塔らしさが見事に混ぜ合わされた本格SF作品として、多くの読者から高い評価を受けています。

伊藤は小島秀夫との親交も深かった

小島秀夫

円城塔との関係が有名な伊藤計劃ですが、『メタルギアシリーズ』の制作者である小島秀夫と親交があったことも有名です。

元々伊藤の方が、小島の最初の作品である『スナッチャー』の大ファンであり、伊藤は自身のことを「コジマ原理主義者」と自称していました。事実、伊藤の処女作である『虐殺器官』の原型となったのは、小島の処女作である『スナッチャー』の二次創作小説であるとも言われています。

そんな伊藤と小島の出会いは「東京ゲームショー98春」でのこと。『メタルギアソリッド』のブースで、伊藤は小島に新作トレーラーの感想を熱心に語り、コジマの方も熱心なファンとして伊藤のことを記憶したそうです。その後も伊藤は小島にファンレターや自作の同人誌を送り続け、ファンとクリエイターとしての交流が行われていました。

二人の出会いのきっかけとなったのは「メタルギアソリッド」

その関係性の変化の過程は本人たちしか知り得ませんが、少なくとも2001年時点では、入院した伊藤を小島が見舞う程度には親密な友人関係を築いていたようです。また、小島は見舞いの際に、社外秘であった新作『メタルギアソリッド2』のカットシーンを持参。それを見た伊藤は「ゲームが完成するまでは死にません」と口にしたという話も残っています。

その後、伊藤が『虐殺器官』によって作家デビューを果たすと、小島は伊藤に、開発中の新作『メタルギアソリッド4』のノベライズを依頼します。それを受けた伊藤は、メタルギアソリッド4のノベライズを「ゲームのノベライズ」ではなく、「再読可能な小説」として執筆しました。提出された作品の出来栄えには小島も舌を巻いたようで、以降の『メタルギア』のノベライズについても、伊藤に依頼したいと考えていたようです。

しかし、伊藤は再び病床に伏してしまいます。

伊藤の病状は思わしくなかった

その病状は重く、小島が見舞いに訪れても、伊藤は虚ろな表情のまま、殆ど返事もない状態だったとのことです。しかし、そんな伊藤を見かねた小島が、構想中の新作『メタルギアソリッド ピースウォーカー』について話し始めると、伊藤は生気を取り戻し、「完成するまで頑張ります」と口にしたというエピソードが残っています。

そんな小島の訪問からひと月が過ぎた頃、残念なことに、伊藤は眠るように息を引き取ってしまいました。伊藤の死の翌年に発売された『メタルギアソリッド ピースウォーカー』のエンディングクレジットには、「この『PEACE WALKER』を伊藤計劃氏に捧ぐ」というメッセージが収録されています。

伊藤計劃が影響を受けた・与えた人物

黒沢清

伊藤は他にも、「贔屓の映画監督」として黒沢清、押井守、リドリー・スコット、デヴィッド・フィンチャーの名を挙げており、特に黒沢清の映画作品から強い影響を受けたと、インタビューやブログなどで度々口にしています。

伊藤に影響を与えた黒沢清

伊藤の作品だけを読んでも、黒沢清作品のような「乾ききった恐ろしさ」や、押井守作品のような「近未来的でサイバーチックな世界観」、彼ら全員に共通する「映像的な視点から成る文章表現」などに、その影響を垣間見ることができるでしょう。

黒丸尚

他にも、後のトピックで解説する”独特の文体”については、黒丸尚(くろまひさし)という翻訳家の影響を受けていることを、後のインタビューで明らかにしています。

吉上亮など気鋭の作家たちに影響を与えた

彼は黒丸の文章について「とにかく読みやすくてカッコよかった」「小説のすごさに、文体から入った」と口にしており、その強い影響を窺い知ることができます。

反対に、伊藤計劃が影響を与えた人物というと、それはこの記事全てを埋め尽くしても足りないほど多く、とても絞り切れません。筆者泣かせではありますが、彼が今も尚、多くのSF作家から多大な尊敬を集めていることが、それだけでも読者の皆様に伝わってくれると思います。

伊藤の死後に刊行された、『伊藤計劃トリビュート』と言う短編集だけを見ても、吉上亮(よしがみりょう)、長谷敏司、草野原々(くさのげんげん)、伏見完(ふしみたもつ)、柴田勝家(しばたかついえ)などの気鋭の作家たちが名を連ねています。伊藤計劃の名は彼の死後も尚、燦然とSFの文壇に輝き続けているのです。

伊藤計劃の作品一覧と代表作

【長編】

  • 虐殺器官(2007)
  • METAL GEAR SOLID GUNS OF THE PATRIOTS(2008)
  • ハーモニー(2008)
  • 屍者の帝国(2012)※円城塔との共著

【中編】

  • The Indifference Engine(2007)
  • From the Nothing, with Love(2008)

【短編】

  • セカイ、蛮族、ぼく。(2007)

【短編集】

  • 『The Indifference Engine』(2012)

伊藤計劃の代表作その1・『虐殺器官』

これが、ぼくの物語だ。

地獄はここにあります。頭の中、脳みその中に。

9・11テロ以降、管理社会の色が濃くなった近未来の社会を舞台に、全世界で頻発する虐殺を渡り歩く謎の男・ジョン・ポールと、それを追うアメリカ情報軍の大尉・クラヴィス・シェパードを描いた作品です。

伊藤計劃にとっては処女作でありながら、「第7回小松左京賞の最終候補」「ベストSF2007国内篇第1位」「月刊プレイボーイミステリー大賞1位」「第28回日本SF大賞候補」などの華々しい評価を受けており、現在でも多くの熱狂的なファンを抱える、伊藤計劃の代表作の一つです。

2017年2月には、ノイタミナムービーの企画「Project:Itoh」の3作目として劇場アニメが公開。主人公であるクラヴィスを中村悠一、ジョン・ポールを櫻井孝宏が演じ、ファンの裾野を大きく広げる名作を生み出しました。また、2016年にはハリウッドでの実写映画の製作が発表されています。

劇場版アニメも公開

異様でありながらどこかユーモラスなテクノロジー描写。現実的で学術的な根拠に基づく、理知的で説得力のある近未来の世界観。現代の社会にも通じる、閉塞しているような社会構造の描写と、それに対する不満。そして、タイトルにもなっている「虐殺器官」の正体に関する意外性と納得……。全編を通して、伊藤計劃”らしさ”が色濃く発揮された作品であり、伊藤計劃の世界を余すことなく堪能できる作品となっています。

世界観の描写が、我々の生きる社会の現状とあまりにも「似すぎている」ため、現実と虚構の区別があやふやになりかけてしまう、ある意味で恐ろしさすら覚える作品です。筆者にとっても、伊藤計劃に”ハマる”きっかけになった作品であり、この作品に出合ったことで「見える世界が変わった」とすら思っている作品でもあります。それほどまでに克明でリアルな作品であり、誤解を恐れずに言えば「”危険な”作品」だと言ってもいいでしょう。

伊藤計劃作品の中でも、もっとも現代社会に近く、それでいて最もSF要素の強い作品は、間違いなくこの『虐殺器官』となっています。社会派小説好きの方やSF好きの方は、まずはこの作品から伊藤計劃に触れることをお勧めいたします。

伊藤計劃の代表作その2・『ハーモニー』

「大災禍(ザ・メイルストロム)」と呼ばれる全世界規模の争乱を経て、徹底した生命社会――――病気が根絶され、誰もが互いを気遣い合うユートピア――となった未来。その社会に息苦しさを感じる3人の少女たちが志した、「生命社会に対する抵抗」によって始まる物語です。

アニメーション映画は、ノイタミナムービーの企画『Project:Itoh』の2作目として、2015年11月に公開。主人公である霧慧トァンを沢城みゆきが、ヒロインである御冷ミァハを上田麗奈が演じ、透明感があり、どこまでも優しいながらどこか残酷な世界観を、見事に映像作品として表現しました。

主演を務めるのは沢城みゆき

本作は伊藤計劃の執筆した2作品目であり、彼が単独で執筆した中では、遺作として扱われる作品でもあります。この作品が刊行されてから半年を待たずに、伊藤は病によってこの世を去ってしまうのですが、その死後に伊藤は本作で「第30回日本SF大賞」の大賞を受賞、アメリカのSF文学賞である「フィリップ・K・ディック賞」の特別賞を受賞しており、それだけでもこの作品に対する高い評価を理解してもらえるでしょう。

このトピック冒頭の引用を見ていただいてもわかるように、主人公であるトァンの語るデジタルデータの形式で物語が進んでいきます。若干読みにくさを感じる点もありますが、「なぜそのような語り口なのか」がわかった瞬間に、その必然性に目を剥くことになるのは間違いありません。読み始めたのなら、必ず最後まで読み切ってください。

独特なデジタルデータの世界観

伊藤自身は『ハーモニー』を「女の子がつるんでアハハウフフする話」と評していますが、そこはやはり伊藤計劃作品。社会が完成しきっているからこそ生じる、その状況に対する閉塞感と歪みを、まるでその社会を見てきたかのようにリアルに描き、伊藤計劃なりの「ユートピアとディストピア像」「人間の意識とは何か」についての解答を表しています。

前作であり、作品の前日端にも当たる『虐殺器官』に比べると、割合静かな印象を受ける作品ではありますが、「『虐殺器官』で描かれた問題提起への解答と、その解答によって生じる新たな問題」が描かれ、読者である我々の心の中に、間違いなく考えさせられるものを遺していく作品です。

『虐殺器官』と比べると、バイオレンスな描写は少ないため、そのような描写が苦手な方。あるいは登場人物の心理的な動きに重点を置いて読みたい方は、こちらの作品から伊藤計劃に触れることをお勧めいたします。

伊藤計劃の代表作その3・『屍者の帝国』

必要なのは、何をおいてもまず、屍体だ。

死体を蘇生して使役する「屍者技術」が確立された19世紀末。「原初の屍者技術」である「ヴィクターの手記」を巡って、全世界で繰り広げられる冒険と戦いを描いたSF冒険作品です。伊藤計劃によって執筆された部分は、冒頭30ページほどとプロットのみであり、伊藤の早逝後にとん挫したそれらの原稿を円城塔が引き継いで完成させた、「伊藤計劃と円城塔の共同執筆作品」となっています。

純粋なSF冒険活劇として楽しめるのももちろんですが、根底には「人間の意識とは?」「魂とは?」という重厚なテーマが敷かれ、伊藤計劃・円城塔作品の息吹を感じる骨太さを感じる小説作品です。

伊藤計劃作品にみられた、要所要所に仕込まれたパロディーも本作には踏襲されており、登場人物の多くも、かつて19世紀末に生きた実在の人物、もしくは19世紀末を舞台にした文学作品の登場人物で占められています。作品の結末も「ある”超”有名な文学作品」へと続く形になっていますので、文学好きには必読の作品とも言えるでしょう。

ただ、これは伊藤計劃と言うより円城塔の作風として、哲学的で難解な表現が多く、特に物語の終盤はそれが顕著。どれだけ読書を重ねてきた方でも、一度読む程度では理解が追いつかず、何度も時間をかけて読む必要があるのはほとんど間違いないため、普段あまり読書をしない方には少々厳しい作品であるように感じます。

哲学的が故に難しい作品でもある

しかし難解である分、作品世界に相応の深みが存在するのもまた事実。まずは上記2作品『虐殺器官』と『ハーモニー』を読み込み、そこからさらに深く伊藤計劃の世界を知りたいと感じた方には、間違いなく読んで損はしない事をお約束いたします。

また、『屍者の帝国』も上記2作品同様にノイタミナムービーの企画でアニメーション映画化されており、『Project:Itoh』の1番目として2015年10月に公開。主演を細谷佳正と村瀬歩が務め、濃厚な「屍者」の物語を大いに盛り上げてくれました。

映画版は、原作とは少々設定が異なりますが、それ故に話の筋が理解しやすく、原作版よりもエンターテインメント性に優れた作品として楽しむことができます。読書が苦手な方や、『屍者の帝国』を読むのに挫折した方は、まずは映画版から作品に触れると良いかと思います。

伊藤計劃作品を「読む」「見る」順番

それぞれの作品、あるいは小説と映画という媒体の違いでも、かなり違った顔を見せるのが伊藤計劃作品の大きな特徴。

伊藤計劃の作品は、その独特の文体や世界観こそどの作品でも共通していますが、作品の雰囲気そのものはどれも違っており、何も知らずに適当な順番で作品を読むと混乱してしまいがちです。

さらに、映画版と原作小説で異なる点も多いため、「小説と映画を同じ順番で見て、作品の内容を理解する」というのもなかなか難しいと言えるでしょう。

というわけでこのトピックでは、筆者の独断ではありますが一応の「この順番で読んで /見て行けば理解しやすい」という順番を示していきたいと思います。

伊藤計劃作品を「読む」順番

原作小説を読んでいく場合は、基本的には「出版順」に読んでいくのがベター。

まずは原作小説で伊藤計劃の世界を「読む」場合ですが、筆者は「(『メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット』→)『虐殺器官』→『ハーモニー』→『屍者の帝国』」の順番で読んでいくことをお勧めします。

伊藤計劃の作品は、単体で独立して読むことも勿論できますが、基本的には同一の世界観で展開されている(と思われる)ため、まずは伊藤計劃作品の世界観や思想を理解するために『虐殺器官』を読んでほしいと思います。

その後に、『虐殺器官』で示された疑問や応えへの回答や反論でもある『ハーモニー』。そして最後に、伊藤の描く作中世界における“根本”と思しき描写が時折登場する『屍者の帝国』を読むと、その世界観をより理解しやすい形で読み進めていくことができるでしょう。

とはいえ、伊藤計劃の独特の文体は非常に読む人を選ぶため、「買ったはいいけど読みづらくて……」となってしまう可能性もあります。その場合は、『虐殺器官』よりも先に、ゲーム原作のある『メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット』の方を読んでみて、「自分が伊藤計劃の文体に馴染めるか」を確認してみると良いかと思います。

伊藤計劃作品を「見る」順番

映画の方も、基本的には「発表順」に見ていくのがベターだが、そこは好みにも左右される部分。

伊藤計劃作品を映画として「見る」場合は、筆者個人としては「(『屍者の帝国』→)『ハーモニー』→『虐殺器官』」の順番で見ることをお勧めいたします。

「読む」場合とは順番が逆転していますが、これは『映画版:屍者の帝国』が原作よりもエンタメ作品としての要素が強く押し出され、他の2作品とのつながりが薄い作品になっている事や、『映画版:虐殺器官』は結末部分が小説と少し変わっているため、『ハーモニー』を見てからの方が結末を理解しやすいという2つの要因が理由です。

とはいえ、どれも単独で楽しめる作品ではありますので、結局は好みを優先するのが最もいい視聴方法でしょう。どれも複雑な要素が少しオミットされ、エンタメとして見やすく再編されているため、世界観のつながりを匂わせる部分は気にせずとも見ることができます。

ただし可能であれば「『ハーモニー』→『虐殺器官』」は連続して、そしてできれば原作小説を読んだ上で視聴していただいた方が、より作中世界が理解しやすくなるかと思われます。

伊藤計劃の名言は?

非モテの星から来た男が愛と勇気を教えてくれる

『伊藤計劃:第弐位相』のプロフィール欄の言葉です。
伊藤計劃のユーモアが分かる、単純なようで難解、けれどクスリと笑える一言になっています。

地獄はここにあります。頭の中、脳みその中に。

『虐殺器官』作中より。主人公であるクラヴィスの同僚であり後輩の兵士・アレックスの言葉です。
『虐殺器官』という作品を象徴する言葉であり、伊藤計劃が我々に提起した「苦しみとは何か?」という問いのように、筆者には映ります。

わたしの心が、幸福を拒絶した。

『ハーモニー』作中より。何を隠そう、筆者の根幹を揺らがした言葉の一つです。 
「全ての人々が慈しみ合う社会とは、本当に幸福なのか?」
この『ハーモニー』を読み終えてから、全人類に考えてほしい問いだと思います。

両足がなくなっても書きたい。僕はこれから20年、30年書きたいことがいっぱいあるから、どうしても、何を失っても生きたい

2005年ごろ、肺ガンが見つかった頃の伊藤計劃自身の言葉です。
彼の強すぎる創作への執念が伺える一言。その執念が実り、『屍者の帝国』の全てを彼が執筆していたら。そしてそれ以降も「伊藤計劃の描く世界」が続いていたなら。
伊藤計劃が早逝してしまったことを、惜しまざるを得ません。

これがわたし。これがわたしというフィクション。わたしはあなたの身体に宿りたい。あなたの口によって更に他者に語り継がれたい。

死の数か月前に寄稿したエッセイの結びの文です。
「物語とは?」「生きるとは?」という問いに対する、伊藤計劃の回答だと筆者の目には映ります。
死の数か月前に遺した言葉。そう考えると、より深い意味を考えてしまわざるを得ません。

伊藤計劃にまつわる都市伝説・武勇伝

都市伝説・武勇伝1 伊藤計劃流「良い映画評論・悪い映画評論の見分け方」

作品の評価に対する伊藤の考え方

皆さんは映画を見に行く際、あるいは小説や漫画などを買う際に、その作品の評判を気にするでしょうか?

もし気にするという方がいらっしゃれば、何を参考にしてその作品の評判を調べるでしょうか?Twitter、NAVERまとめ、あるいは個人のブログ……。現代の社会には、多くの評価や評論が溢れています。「人類総評論家時代」とも言うべき時代が、今の時代なのかもしれません。

この記事で取り扱っている伊藤計劃も、自身のブログで多くの映画について評論を行い、その知見の鋭さを多くの作家仲間やクリエイターから絶賛されていました。

そんな伊藤がブログに遺した、「この言葉とその類語を使っている評論は”信用できない”」という言葉を、このトピックでは纏めさせていただきます。

  • ストーリーが読めてしまうからよくない。
  • 「エンターテインメントor芸術」としては素晴らしい
  • 人物描写が「浅いor深い」
  • テーマが「浅いor深い」
  • テーマが「見えてこないor描けていない」
  • 社会との関連性が「濃いor薄い」
  • ある思想、社会批評が良く描けて「いるorいない」ので「良いor悪い」
  • 登場人物に感情移入が「できるorできない」

一見すると「偉そうなこと言いやがって」と思う方もいるかもしれない羅列ですが、冷静に読んでみるとこれらは全て「個人の感じ方による」ところの文章のようです。人物描写の濃い薄いに関しては少々例外的ですが、これも「セリフで語られていないだけで、俳優の演技や喋り方、あるいは口癖や背景描写などで表現されている場合が多々ある」と伊藤は述べています。

もちろん映画の楽しみ方はそれぞれですので、そのような評論が、必ずしも”悪い”というわけではありません。しかし、様々な作品の評判を調べる時に、伊藤計劃が遺したこれらの「信用できない要素」を覚えておくと、「本当に面白い作品」を探し当てるための手掛かりになるかもしれません。

都市伝説・武勇伝2 伊藤計劃独自の文章・その原点

伊藤計劃の作品に初めて触れた方は、ほとんど間違いなく「なんだこの文章は!?」と感じることになるかと思います。

1人称視点の語りにも拘わらず、口語的ではなく文語的で文学的な地の文。”?”マークがほとんど使用されない独特のセリフ回し。造語とルビに装飾された仰々しい文体etc……。明らかに一般的な娯楽小説とは一線を画す要素の目白押しです。

しかし彼のそのような文章の原点は、我々にとっても意外と身近なところにありました。

伊藤の特徴的な文体の原点はブログ

その原点というのは、なんと「ブログ」。そんな我々にとっても身近なところから「伊藤計劃の世界」は始まったのだと、彼は円城塔との対談で明かしています。彼にとって、その独自の文章表現は、あくまでも「ブログのノリが染みついているもの」だったようです。

伊藤自身が1998年ごろに立ち上げた最初のウェブサイトは、アーカイブ化されて保存されており、2004年より始めた『伊藤計劃:第弐位相』というはてなダイアリーのブログもまた、現在も最後の更新が行われたときのまま、ウェブ上に残り続けています。また、ブログの内容は『伊藤計劃記録』と題され、様々な対談の内容や、寄稿したエッセイなどと纏められたうえで出版されています。様々な”濃い”話が収録されている、伊藤計劃ファン必携の代物です。

独特の文章と重厚すぎるストーリーで、今も尚多くのファンを魅了し続ける伊藤計劃。しかし彼は、いわゆる「超越的な」視点を持った人物ではなく、意外と読者である我々に近い作家だったのかもしれません。

伊藤計劃の略歴年表

1974年
東京都に生まれる
1974年10月14日に、東京都に生まれます。家族構成は、父母と妹に関しては確認されていますが、厳密な家族構成は分かっていません。
1989年?
千葉八千代松陰高校に入学
この頃に千葉八千代松陰高校に入学します。この頃の彼についての記録は、公的には残っていませんが、映画と音楽とマンガを好む、いわゆるオタク少年であったことは、後の作風やエピソードから想像できます。
1994年?
武蔵野美術大学に入学
2浪した末に、伊藤は武蔵野美術大学に進学。2浪の原因について、友人からは「映画とマンガに耽溺しすぎたから」だと言われています。

伊藤は大学では漫画研究会に所属。部誌に様々な作品の「予告編」を掲載するも、「本編」は一向に掲載せず、本編の発表を固辞し続けたそうです。

1998年
小島秀夫との出会いと、個人サイトの立ち上げ
この年の春の「東京ゲームショー」にて、伊藤は尊敬するゲームクリエイター・小島秀夫との初対面を果たします。小島もまた、熱心に作品の感想を語る伊藤のことを覚え、二人は後に友人関係となるのです。

また、伊藤はこの年に個人サイトを立ち上げます。このサイトで名乗ったハンドルネームこそが、後のペンネームである「伊藤計劃」です。現在サイトそのものは消えてしまっていますが、アーカイブが保存されているため、現在でも伊藤計劃の始まりを見ることは可能となっています。

1999年
『ネイキッド』にて、アフタヌーン四季賞佳作を受賞
漫画雑誌『月刊アフタヌーン』主催の漫画賞「アフタヌーン四季賞 冬のコンテスト」にて、佳作を受賞。選考員は、2019年現在『空母いぶき』を連載中の、かわぐちかいじでした。

受賞作である『ネイキッド』は、2015年に発売された『蘇る伊藤計劃』に収録。内容に好き嫌いはありますが、伊藤計劃らしさが見える作品です。

2001年
右足にガンが見つかる
大学を卒業した伊藤は、Webディレクターとして働き始めます。

しかしこの年に、大学時代より患っていた右足の痛みが悪化。診断の結果「ユーイング肉腫」という珍しいガンが見つかり、伊藤は右足の自由を失うこととなりました。

2004年
はてなダイアリーにて個人ブログ『伊藤計劃:第弐位相』を開始
1月、伊藤は「はてなダイアリー」にて『伊藤計劃:第弐位相』というブログを開始。主に映画の評論を行いました。

ブログは現在もウェブ上に残っているほか、インタビューや対談も合わせた全2巻構成の書籍、『伊藤計劃記録』として文庫化されています。

2005年
肺ガンが見つかる
「ユーイング肉腫」の手術から約4年、ガンが左右の肺に転移していることが見つかります。これにより、伊藤は翌年に手術で肺の一部を切除。彼はこの時に「何を失っても生きたい。書きたい物がまだたくさんある」という言葉を残したそうです。
2006年
『虐殺器官』の執筆
肺ガンが一応の寛解を見せたのとほぼ同時に、彼は処女作である『虐殺器官』の執筆にとりかかります。

執筆に掛けた時間は、なんとわずか10日間。『虐殺器官』はこの年の「小松左京賞最終候補」に残りますが、それには落選。しかし友人である作家・円城塔の言葉をきっかけとした伊藤が、早川書房へ原稿を送ったことにより、翌年に『虐殺器官』が刊行されることになります。

2007年
『虐殺器官』の刊行により作家デビュー
6月にハヤカワSFシリーズJコレクションより『虐殺器官』が刊行。これにより伊藤計劃は名実ともに作家としてデビューを果たします。『虐殺器官』はこの年の「ベストSF2007第1位」や、「ゼロ年代SFベスト1位」に選ばれるなど、伊藤の文壇デビューは華々しいものでした。

しかしこの時期、既に伊藤は入退院を繰り返す生活になっていました。その時の様子については、現在も残る個人ブログ『伊藤計劃:第弐位相』に記録されています。

2008年
『メタルギア』『ハーモニー』の刊行
6月、小島秀夫からの依頼による『メタルギアソリッド4』のノベライズが刊行。12月には『ハーモニー』が刊行され、伊藤計劃の名前が文壇を賑わせる年になりました。しかしこの時、伊藤の全身には既にいくつもがんが転移しており、彼は抗がん剤やモルヒネを用いての、辛い治療の日々を送っていたようです。

しかしその中でも伊藤は、次回作の構想に関して「死者を労働力にした世界を書きます」と、次回作執筆への情熱を口にしていたと、円城塔が『屍者の帝国』のあとがきで語っています。

2009年
早すぎる死と、遅すぎた受賞
3月20日、伊藤計劃は病院のベッドの上で、静かにこの世を去りました。享年は34歳。作家としての活動期間はわずか2年と、あまりにも若すぎる死でした。

この年の12月、『ハーモニー』は「日本SF大賞」「第40回星雲賞」「ベストSF2009第1位」を受賞しますが、伊藤自身がその受賞を知ることは、残念なことにできなかったのです。

2010年
英訳版『ハーモニー』が刊行
この年の7月、アレクサンダー・O・スミスによる英訳版が、翻訳SFレーベルの”Haikasoru”より刊行。フィリップ・K・ディック賞の特別賞を受賞しました。

『虐殺器官』の英訳版も、2012年に”Haikasoru”より発売されています。

2012年
『屍者の帝国』が刊行
この年の8月に、伊藤計劃と円城塔の共同名義で『屍者の帝国』が発表されました。前半部分30ページは、伊藤の遺した原稿がそのまま使われ、その後の部分を円城が執筆する形式をとっています。
2015年
『屍者の帝国』『ハーモニー』のアニメ映画が公開
ノイタミナムービーの企画『Project:Itoh』の公開が開始。第1弾として10月に『屍者の帝国』が。第2弾として11月に『ハーモニー』が公開されました。『虐殺器官』の公開も、本来は11月に予定されていたのですが、担当していたアニメーションスタジオの倒産という事情により、『ハーモニー』が繰り上げで公開。『虐殺器官』は無期限の公開延期という憂き目にあうこととなりました。

また、映画の公開に合わせて、3作品のコミカライズもこの年に続々と刊行。『虐殺器官』『屍者の帝国』は全3巻、『ハーモニー』は全4巻が発売されています。

2016年
『虐殺器官』のハリウッド実写化プロジェクトが発表
『虐殺器官』のハリウッド映画化が発表。監督は”復讐3部作”のパク・チャヌクが務めることが発表されています。

しかし続報は出ておらず、ファンの間では続報の発表が待ち望まれているところです。

2017年
『虐殺器官』のアニメ映画が公開
この年の2月、公開中止も危ぶまれていた『虐殺器官』が満を辞して公開。多くのファンが歓喜に沸き、新たな伊藤計劃ファンが多数生まれることとなりました。

惜しまれた早逝の後も高まり続ける、伊藤計劃の人気。彼の”計劃”はこれからも続いて行きそうです。

伊藤計劃の具体年表

1974年 – 0歳「東京都に生を受ける」

伊藤計劃の誕生

伊藤計劃の誕生

伊藤計劃は1974年の10月14日、東京都に生を受けました。伊藤計劃というのは勿論ペンネームであり、本名は伊藤聡でした。

家族構成は、両親と3つ年下の妹がいることは没後の取材などで分かっており、その名前まで明らかにされていますが、存命中の人物であり、不用意に名前を公開することで何らかの迷惑がかかることも懸念されるため、この記事では名前の公開は行いません。

また、この記事の執筆に当たっての資料となった記事には、伊藤の両親と妹の名前が公開されていますが、それらの情報を頼りに『聖地巡り』等を行うことは、ご遺族の迷惑になる可能性がありますので、絶対におやめください。

1989年頃 – 15歳「千葉八千代松陰高校に入学」

高校に入学

この頃、伊藤計劃は千葉八千代松陰高校に入学します。八千代松陰高校の卒業生には、伊藤計劃の他に、お笑い芸人であるジャングルポケットの斉藤慎二などがいます。

学校では地味で控えめな青年だった

高校時代の伊藤については、さほどのエピソードが残っているわけではありません。しかし、彼の後の作風や、ブログにおけるプロフィールの文などから考えるに、映画、文学、音楽、漫画等を愛する、いわゆるオタク少年だったのではないかと思われます。伊藤も後のインタビューで自身のことを「非モテで地味な少年だった」と語っています。

高校入学以前よりSF作品を読んでいたという事もインタビューで語られており、中学時代に「SFとしての意識はせず」筒井康隆(つついやすたか)、小松左京(こまつさきょう)の作品を読んでいたそうです。また、彼の独特の文体は、ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』で日本語訳を担当した、黒丸尚の影響があることも、同じインタビューの中で語っています。

1994年頃 – 20歳「武蔵野美術大学美術学部映像学科に入学」

2浪の後、武蔵野美術大学へ

伊藤の出身校 武蔵野美術大学

高校を卒業した伊藤は、2年間の浪人生活の後に武蔵野美術大学の美術学部映像学科に入学します。2年間浪人したことについては、友人から「映画に夢中になり過ぎていたから浪人したんだ」と揶揄われていたようです。

大学に進学した伊藤は、漫画研究会に所属。漫画研究会には部誌が存在し、部員たちはこぞって漫画や小説などを寄稿していたとのことです。しかし伊藤は、作品の「予告編」を部誌には寄稿するものの、その本編は一向に寄稿しようとはせず、後輩である漫画家・篠房六郎が「なんか書いたらどうすか?」と執筆を勧めても、「いやぁ、僕はいいっす」と固辞していたというエピソードが残されています。

そんな伊藤の性格について、伊藤の3つ年下の妹は「凄く慎重で完璧主義。ビビりで、人の目を凄く気にしていた」と取材に対して語っています。

そのように作品の発表を避け続けていた一方、伊藤の映画評論の冴えはこの頃から有名だったようで、前述の篠房は「先輩の映画評論は、文字通り視力が違った」「自分がぼんやりとしか見ていなかったものを多角的に捉えて、新しいものの味方を教えてくれた」と、伊藤の映画評論を絶賛しています。

小説家としてではなく、映画評論家としての伊藤計劃は、この頃からその片鱗を発揮していたと言えそうです。

1998年 – 24歳「小島秀夫との出会いと、個人サイトの立ち上げ」

『メタルギア』の生みの親、小島秀夫との出会い

小島秀夫

この年の春の東京ゲームショーにて、伊藤はかねてより尊敬していたゲームクリエイターの小島秀夫と知り合うことになります。伊藤は以前より「小島原理主義者」を自称するほどの、小島の作品の熱狂的なファンであり、特に『スナッチャー』という作品を好んでいました。

その出会いはファンとクリエイターの関係性からで、ゲームショーの『メタルギアソリッド』ブースで、伊藤が小島にトレーラーの感想を熱心に語ったことがきっかけだったそうです。あまりにも熱心に感想を語る伊藤の姿は、小島の記憶にも色濃く残ったのでしょう。

伊藤はこのゲームショー以後も、小島に対して度々ファンレターや自身の作った同人作品を送っていたようです。この時期の伊藤が執筆した作品は、そのほとんどが小島作品に関する二次創作であったとも言われています。

初の個人サイト「SPOOKTALE:index」の立ち上げ

伊藤の原点とも言える個人サイト

小島と知り合ったこの年、伊藤は初の個人サイトである「SPOOKTALE:index」を立ち上げ、更新を開始します。そして、そのサイトで名乗ったハンドルネームこそが、後の彼のペンネームとなる「伊藤計劃」だったのです。

現在、サイトそのものは消えてしまっていますが、アーカイブによって保存が成され、伊藤計劃の始まりを見ることが可能になっています。メカニカルでどこか中2病めいたそのサイトの雰囲気からは、伊藤計劃という人物の原点を、確かに感じることができるでしょう。

1999年 – 25歳「『ネイキッド』にて、アフタヌーン四季賞の佳作を受賞」

漫画作品『ネイキッド』にて、賞を受賞

月間アフタヌーンでの受賞

この年、伊藤は漫画作品『ネイキッド』にて、『月刊アフタヌーン』主催の漫画賞「アフタヌーン四季賞 冬のコンテスト」で佳作を受賞することになります。その時の審査員は、現在『空母いぶき』を連載中の、かわぐちかいじでした。

『ネイキッド』は長らく発表されずにいましたが、2015年に発売された『蘇る伊藤計劃』にて遂に発表。好き嫌いがはっきり分かれる、『虐殺器官』以上に洋画的でハードSF的な世界観の作品ですが、後の伊藤計劃らしさがはっきりと伝わる、ファンには必読の作品となっています。

2001年 – 27歳「右足に「ユーイング肉腫」が見つかる」

闘病生活の始まり

順調に作家活動を続ける予定だったが…

大学を卒業しWebディレクターとして働き始めた伊藤でしたが、それと時を同じくして、大学時代より患っていた右足の痛みが悪化。その痛みはひどく、その頃の伊藤は夜も眠れないような状況だったようです。

伊藤の母は彼を連れて病院を回りましたが、診断は何処の病院も「坐骨神経痛」というもの。しかし、ある日訪れた鍼灸院の盲目の鍼灸師だけが、伊藤の右足の痛みの正体を見抜いたのだと言います。

伊藤の右足の痛みの原因は、「ユーイング肉腫」というガン。骨にできる珍しいガンで、転移することは滅多にないものの、どこかに転移してしまえば手の施しようのないガンでした。そのガンが伊藤の右足の神経を侵していたのです。

すぐに神経を侵していたガンを切除すると、伊藤の右足は「ただそこにぶらさがっているだけ」の状態になってしまったそう。しかしこれは伊藤の闘病生活の始まりに過ぎなかったのです。

小島秀夫からの見舞い

大好きなゲームの生みの親との交流

この年の9月、ユーイング肉腫によって入院した伊藤のもとに、小島秀夫が見舞いに訪れたというエピソードが残っています。ファンとクリエイターだった彼らは、この時期になると友人になっていたようです。

小島は見舞いの際に、当時は社外秘だった『メタルギアソリッド2』のカットシーンを持参。その映像を見終わった伊藤は「ゲームが完成するまでは死にません」と口にしたといいます。

その後、一度目の病魔との戦いを乗り越えて退院した伊藤を、小島は『メタルギアソリッド2』の発表会に招待。作品に対する評価は賛否両論がありましたが、伊藤はそれらの声に対し「こんな作品を喜ぶのは俺だけだ!」と、賛否の声を肯定しつつ、作品を擁護しています。

2004年 – 30歳「個人ブログ『伊藤計劃:第弐位相』が開始」

『伊藤計劃:第弐位相』

今も伊藤の奇跡がウェブ上に残される

この年の1月に、伊藤は「はてなダイアリー」で『伊藤計劃:第弐位相』というブログを開始。主に映画やドラマなどに対する評論を行いました。

そのブログは現在も、伊藤が最後に更新した2009年1月7日の書き込みで止まったままウェブ上に残されており、2004年以降に伊藤計劃が辿った足跡や、作品執筆の裏話、あるいは彼の創作論などを無料で読むことができます。

またブログの文章に、様々な対談やインタビュー、寄稿したエッセイなども合わせて収録する形で『伊藤計劃記録』という全2巻の文庫本が、ハヤカワ文庫より発売されています。伊藤計劃の「”公”の声」も「”私”の声」も同時に読むことができる書籍ですので、人物としての伊藤計劃を知りたい方にはおススメのシリーズです。

2005年 – 31歳「肺ガンが発覚」

ガンの転移の発覚と、切除

体はガンに蝕まれていた

一度目の病との対峙から4年後、伊藤の体に再びガンが宿っていることが発覚します。右足にあったガンが肺に転移する形のガンであり、これ以降伊藤は、入院と退院を繰り返す、辛い闘病生活を余儀なくされることになるのです。

その手術は翌年に行われ、伊藤はその時点で肺の一部を切除。彼はこの手術が行われたころに、

両足がなくなっても書きたい。僕はこれから20年、30年書きたいことがいっぱいあるから、どうしても、何を失っても生きたい

という、創作への執念を感じさせる言葉を口にしたと、伊藤の母が取材に対して答えています。この頃の伊藤のブログには、(少なくとも表向きは)明るい筆致で闘病の様子が描かれており、ブラックユーモアに優れる伊藤のセンスと、その闘病生活の厳しさを垣間見ることができるようになっています。

2006年 – 32歳「処女作である『虐殺器官』を執筆」

『虐殺器官』を執筆し、文壇に発表

処女作の執筆を開始

この年の5月、ガンが一応の寛解を見せたため、伊藤はこの時とばかりに処女作の執筆を開始。

僅か10日ばかりで書き上げられたその作品『虐殺器官』は、この年の「小松左京賞」の最終候補にまで残るも、あえなく落選。しかし伊藤はそのことをあまり気にすることはなく、次回作の執筆に意欲を燃やし、次に応募する賞を選んでいたようです。

ところが、伊藤とウェブ上で親交があった作家・円城塔が、伊藤に「早川書房への『虐殺器官』の原稿の応募」を提案。伊藤もそれに乗る形で早川書房に原稿を送り、それによって翌年に『虐殺器官』が刊行されることになるのです。

伊藤はこの時のエピソードについて、「円城さんからの勧めが無ければ、僕のデビューはありませんでした」「円城さんは僕の恩人だと思っています」と語っています。

2007年 – 33歳「『虐殺器官』の刊行」

『虐殺器官』にて、華々しく文壇デビュー

賞の受賞で伊藤の認知度が高まった

この年の6月に、ハヤカワSFシリーズJコレクションより『虐殺器官』が刊行。これにより伊藤計劃は、名実ともに作家として文壇にデビューすることになるのです。

『虐殺器官』は、この年の「ベストSF2007国内篇1位」「ゼロ年代SFベスト国内篇1位」を受賞し、伊藤計劃という新人作家の名前を、文壇に知らしめる作品となりました。この時の「ベストSF2007」の第2位は、円城塔の『Self-Reference ENGINE』であり、彼らは後の対談で、お互いに「相手の方が1位だと思っていた」と語っています。

しかし、この時期の伊藤の病状は再び悪化。寛解と再発を繰り返すガンと伊藤の闘いの記録は、彼のブログ、『伊藤計劃:第弐位相』で読むことが可能です。

2008年 – 34歳「ノベライズ版『メタルギア』、『ハーモニー』の刊行」

『METAL GEAR SOLID GUNS OF THE PATRIOTS』

大ファンだったメタルギアのノベライズを担当

この年、伊藤計劃は2本の作品を世に送り出しています。6月に発売されたこの作品は、伊藤が敬愛する小島秀夫から依頼を受けて執筆した、『メタルギアソリッド4』のノベライズ版です。

一般にゲームのノベライズは、ライトノベル的な軽いものであることが多いのですが、伊藤はこの作品を「再読ができる一本の小説」として執筆。その重厚な出来栄えには、小島秀夫も舌を撒いたと言われています。

伊藤計劃らしさがありながらも、『メタルギアソリッド4』という原作が存在することによる、話の筋の分かりやすさが何よりの特徴。伊藤計劃作品が「難しすぎる」と感じた方、あるいは『メタルギアシリーズ』のファンだという方は、まずはこの作品から伊藤計劃の世界に入ると良いかもしれません。

『ハーモニー』と「物語ること」について

物語の視点に一石を投じた

12月には、伊藤計劃の代表作であり遺作でもある『ハーモニー』が刊行。SF好きだけでなく、多くの作家や読書家にも、伊藤計劃の名前を大きく刻み込む作品となりました。SF書評家・評論家の大森望は、『ハーモニー』のことを指して「21世紀最高の比類なき恐怖小説」と評価しています。

また、この頃になると伊藤は様々な媒体で、「物語る」という事についての持論を遺しています。『ハーモニー』の刊行に当たってのインタビューでは、「3人称視点(神様視点)に対する違和感」「物語は誰かに寄生しないと存在しえない」「『神が物語を書いている』ということが受け入れがたい」などの持論も語られ、「物語るとは?」という不変の議論に一石を投じました。

そのやり取りから、伊藤はあくまでも自身の事を「物語世界を見る神や書き手ではなく、物語の中に存在する観察者であり聞き手である」と位置付けていたように思えます。あくまでこの記事の筆者の解釈なのですが、そのように考えると、「伊藤計劃は死してカリスマになった」という主張には苦言を呈したくなるところです。

病状の悪化

病魔は着々と進行した

『ハーモニー』によって、文壇にその名を轟かせた伊藤でしたが、彼の中に巣食う病魔は着々と進行していました。この頃の伊藤の体には転移した6つのガンが。もはや通常の治療は意味をなさず、抗がん剤やモルヒネによる辛い闘病が、この時期の伊藤を襲っていたようです。 そのような状況の中でも、伊藤は次回作の原案を構想し、プロットと冒頭の数ページを執筆。担当の編集者に「次は死者を労働力にする世界を書きます」と口にしていたと言われており、彼が前向きに生きようとしていたことが伝わります。そしてその原案こそが、後に円城塔によって完成を見ることになる『屍者の帝国』に繋がっていくこととなりました。

2009年 – 34歳「早すぎる死と、遅すぎた受賞」

あまりにも早い死

この年の初めになると、伊藤の病状は急速に悪化。彼は食欲も失い、ブログの更新も1月初めで止まっています。

2月に小島秀夫が見舞いに訪れた際にも、当初はほとんど反応を示さなかったようですが、小島が未発表の新作『メタルギアソリッド ピースウォーカー』の構想を話すと、伊藤は元気を取り戻し「完成するまで頑張ります」と口にしたそうです。

天才のあまりにも早い死

しかし、小島との約束は果たされることはありませんでした。3月20日、伊藤計劃は病院のベッドで静かに永眠。その最期の様子については、「夕食のカレーを数口食べ、そのまま眠るようにこの世を去ってしまった」と、伊藤の母が星雲賞授賞式にて話されています。

小島秀夫は伊藤の死に際し、2010年に発売された『メタルギアソリッド ピースウォーカー』のエンディングにて、「この『PEACE WALKER』を伊藤計劃氏に捧ぐ」とのメッセージを収録して哀悼しています。また、後に伊藤に依頼する予定だった『メタルギアソリッド3』『メタルギアソリッド ピースウォーカー』のノベライズについては、長谷敏司と野島一人にそれぞれ受け継がれ、2014年に刊行。伊藤計劃の重厚な世界観を受け継いだ「再読可能なノベライズ」として、いずれも高い評価を得ました。

『ハーモニー』にて、様々な賞を席巻

数々の賞で脚光を浴びる

伊藤の死から9カ月が過ぎた12月。『ハーモニー』は多くの賞を受けることになりました。

まず「日本SF大賞」の大賞。通常、故人の受章は特別賞で行われていましたが、『ハーモニー』は大賞を受賞することになりました。故人の受章は前例がなく、それだけでも『ハーモニー』が文壇で高い評価を得ていたことが伝わります。

次に「第40回星雲賞」。こちらもSFに関する賞ですが、SF大賞とは異なり、読者からの投票で受賞作が決まる形式となっています。作家ではなく読者の目線から見ても、『ハーモニー』は鮮烈な作品だったのでしょう。

そして「ベストSF2009国内篇第1位」。『虐殺器官』に続き、伊藤計劃は2作目でも同じ賞を取ることとなったのです。

しかし、それらの賞を受けたことを、伊藤計劃本人が知ることはありませんでした。多くの名誉ある賞を受け、次回作が期待されている中で、伊藤計劃は世を去ってしまったのです。

しかし、彼の歩みはまだ終わってはいませんでした。

2010年 – ―歳「英訳版『ハーモニー』が刊行」

英訳版『ハーモニー』が刊行

英語版作品の発行

この年の7月、アメリカの翻訳SFレーベル”Haikasoru”のアレクサンダー・O・スミスにより、『ハーモニー』の英訳版が刊行。英語圏にも「Project Itoh」の名が轟くことになりました。

『ハーモニー』はアメリカでも非常に高い評価を受け、この年のフィリップ・K・ディック賞で特別賞を受賞しています。

また、2012年には『虐殺器官』の英訳版も”Haikasoru”から刊行。『虐殺器官』は韓国、中国でも翻訳されて出版されており、伊藤計劃の名は、今もなお全世界に広がっているのです。

2012年 – ―歳「円城塔により『屍者の帝国』が刊行」

『屍者の帝国』

共同著者 円城塔

8月、伊藤が残した30ページ分ほどの原稿と未完のプロットを元に、円城塔が『屍者の帝国』を発表。「伊藤計劃と円城塔の共著」として位置づけられた作品は、大きな話題を呼びました。

『屍者の帝国』は、「第33回日本SF大賞特別賞」「第44回星雲賞日本長編部門受賞」「第2回SUGOI JAPAN Awardエンタメ小説部門1位」を受賞し、伊藤計劃らしさと円城塔らしさが混ぜ合わされた傑作として、高い評価を受けています。

円城は『屍者の帝国』について、「伊藤計劃ならばどう書くか、という文章ではない」「伊藤計劃の文章を受けた円城塔がどう書くか」と発言しています。「伊藤計劃をトレースした円城塔の世界」ではなく「円城塔が描く伊藤計劃の世界」が、『屍者の帝国』なのだという事でしょう。

もちろん『屍者の帝国』が面白い作品だというのは純然たる事実ですが、「伊藤計劃による『屍者の帝国』」が、どのような作品だったのか。想像してみるのも面白いかもしれません。

2015年 – ―歳「『屍者の帝国』『ハーモニー』の映画化と、3作品のコミカライズ」

『Project:Itoh』第1段・『屍者の帝国』

作品の映画化

2014年に制作が発表された『Project:Itoh』の第1段・『屍者の帝国』のアニメーション映画が10月に公開されました。アニメーション制作は『進撃の巨人』の”WIT STUDIO”が担当し、そのアニメーションのクオリティや映像美によって、伊藤計劃ファンの裾野を大きく広げる作品として評価を受けています。

主演は細谷佳正と村瀬歩。助演には花澤香菜や楠大典、三木眞一郎などの実力派が名を連ね、3部作全てに『メタルギアシリーズ』の主人公・スネークを演じる大塚明夫が出演するなど、キャスティングにもスタッフの愛が感じられる作品です。

ストーリーは原作とは少々変わっていますが、その分話の筋が分かりやすくなっており、原作の『屍者の帝国』が難しすぎた人にとっては、入門作品として楽しめるものになっているのも魅力です。この記事から伊藤計劃に興味を持ってくださった方がいれば、まずは映画3部作から入るのも良いかもしれません。

『虐殺器官』『ハーモニー』『屍者の帝国』のコミカライズが発表

作品がコミカライズされる

映画の公開に合わせて、3部作のコミカライズが発表されました。それぞれ別の掲載紙で連載され、2019年12月時点で、いずれも完結しています。

『虐殺器官』は『月刊ニュータイプ』にて、2015年5月号より連載が開始され、その後は『コミックNewtype』に移籍して連載。作画を麻生我等が担当し、全3巻で完結しました。

『ハーモニー』も、虐殺器官と同様に、『月刊ニュータイプ』2015年5月号より連載開始。作画を三巷文が担当し、全4巻で完結しました。また、『コミック百合姫』での連載も予定されていましたが、続報はなく、残念ながら計画は頓挫してしまったようです。

『屍者の帝国』は、『月刊ドラゴンエイジ』の2015年10月号から連載が開始。作画を樋野友行が担当し、1年ほどの連載を経て完結しました。単行本は全3巻です。原作とも映画とも違うストーリー展開で、賛否両論のある作品ですが、その分エンターテイメントの要素は強くなっているため、その系統の作品が読みたい方にお勧めします。

『Project:Itoh』第2弾・『ハーモニー』

『屍者の帝国』の公開の1か月後、第2弾として『ハーモニー』が公開されました。アニメーション制作は『鉄コン筋クリート』の”STUDIO 4℃”が担当。静謐で優しく、それなのにどこか残酷な世界観を、映像として見事に表現しています。

主演を務めるのは沢城みゆき

主演は沢城みゆきが務め、助演には上田麗奈や洲崎綾などの若手実力派の他、榊原良子等のベテランも名を連ね、作品の重層的な世界を見事に盛り上げていました。

ストーリーは基本的に原作準拠で進みますが、それ故に「映像表現の妙」が光ります。特に最終局面のシーンなどは、「こう表現したか……!」と息を呑むことは間違いありません。

原作ファンは言わずもがな、映像のクオリティが高い作品を見たい方にもお勧めしたい作品になっています。

2016年 – ―歳「『虐殺器官』のハリウッド映画化が発表」

『虐殺器官』ハリウッドへ

ハリウッドでの映画化が決定

『虐殺器官』のハリウッドでの実写化が発表。監督は『オールド・ボーイ』などの”復讐3部作”で知られる、パク・チャヌク監督であることが発表されています。

ファンからの期待も高まっていますが、残念ながら2019年12月時点で続報はなく、公式からのアナウンスが待たれているところです。

2017年 – ―歳「『虐殺器官』のアニメーション映画が公開」

『Project:Itoh』第3弾・『虐殺器官』

2月、度重なる公開延期により、公開中止も危ぶまれていた『虐殺器官』が遂に公開され、伊藤計劃ファンを大いに沸かせました。

アニメーション制作は、倒産してしまった”manglobe”から引き継ぐ形で、『ゴールデンカムイ』の”ジェノスタジオ”が担当。『虐殺器官』の制作継続を目的に立ち上げられたスタジオなだけに、その気合の入った映像は、観客の度肝を抜くことになりました。

主演を務めたのは中村悠一

キャスト陣も、主演に中村悠一。助演に櫻井孝宏、三上哲、梶裕貴、石川界人、小林沙苗など、人気と実力を兼ね備えたメンバーが勢揃い。乾ききった残酷な世界観を見事に表現し、観客の意識をスクリーンの中へと連れていってくれます。

そんな映像と演技のクオリティもさることながら、複雑な構成の原作から見事に要素を差し引きし、分かりやすさと『虐殺器官』らしさを両立させた脚本の手腕も、流石という他ありません。原作で重要な要素の一つは、丸ごと消されてしまっているのですが、その分原作とは異なる「映画版:虐殺器官」として楽しめる名作だという事に、疑いを挟む余地はないでしょう。

『虐殺器官』の公開により、3部作の公開が無事終了。『Project:Itoh』は、従来の伊藤計劃ファンの期待に応えるのみならず、新たな伊藤計劃ファンを作り上げるという、最高の結果を生みました。

伊藤計劃の名は全世界の人々の心に深く刻まれ、これからも彼の物語は続いていくのでしょう。

これがわたし。これがわたしというフィクション。わたしはあなたの身体に宿りたい。あなたの口によって更に他者に語り継がれたい。

伊藤計劃が遺した、この言葉をなぞるように。

伊藤計劃 の関連作品

おすすめ書籍・本・漫画

虐殺器官

伊藤計劃のデビュー作であり、代表作の一つです。内容の説明は、記事前半のトピックをご覧下さい。

伊藤計劃らしい、洋画的なミリタリーSF作品です。世界観が緻密に練り上げられ、まるでキャラクターがどこかのパラレルワールドに息づいているんじゃないかと錯覚しそうになる程の、リアルすぎて恐ろしい作品となっています。

SF好きやミリタリー好き、あるいは中2病の気がある方は、まずはこの作品から伊藤計劃に触れることをお勧めします。

ハーモニー

伊藤計劃の2作目の長編であり、遺作でもある作品です。内容の説明は、記事前半のトピックをご覧下さい。

伊藤計劃のブラックなセンスが光る、「ユートピアの臨界点」が描かれます。読み終えたとき、人によってはこれまでの価値観が反転してしまうかもしれない作品です。そうでなくとも鮮烈な印象を残す事は間違いない作品ですので、ぜひとも最後まで読み切ってください。

SF好きは勿論、ヒューマンドラマ好きの方にもおすすめの作品です。

屍者の帝国

伊藤の死後、円城塔との共著という形で出版された作品です。内容の説明は、記事前半のトピックをご覧下さい。

「伊藤計劃の世界を円城塔が描いた」作品であるため、伊藤計劃と円城塔という二人の作家の特色が混ぜ合わさった、重厚でありながら小気味よい物語が展開される作品となっています。少々文章の難しさや小ネタの多さはありますが、再読するごとにどんどん深みにはまっていくような世界観は、凡百の小説では味わえません。

世界観重視の作品が読みたい方にぴったりのSF長編作品です。

メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット

この記事でも度々登場した『メタルギア』のノベライズです。

ゲームファンが読んで面白い作品なのはもちろんの事、ゲーム未プレイであってもキャラクター同士の関係性やストーリーを理解できる、「メタルギアの入門書」とも「メタルギアファンのバイブル」とも言える作品が本書となっています。

『虐殺器官』が刺さった、あるいは刺さりそうな方には買って間違いなしの作品です。

The Indifference Engine

伊藤計劃が様々な場所に寄稿した短編作品をまとめた1冊です。

伊藤の代表作である3作品に通じるエッセンスが散りばめられているのは勿論ですが、「007」シリーズのオマージュ作品なども存在するため、伊藤計劃ワールドを短い時間で知ることができる1冊になっています。

長時間の読書が苦手な方、あるいは時間的に難しい方は、まずはこの1冊から伊藤計劃に触れてみてください。

伊藤計劃記録 I・Ⅱ

本記事にもたびたび登場した個人ブログ『伊藤計劃:第弐位相』を中心に、インタビューや対談、寄稿したエッセイなどをまとめた本です。全2巻。

一人称小説という「キャラクター目線の」文章ではなく、伊藤計劃という個人の文章が読める書籍となっています。小説の重めの文章とは違い、割合軽めでユーモアにあふれた文章も多く、ともすれば笑ってしまうような文章も決して少なくはありません。

伊藤計劃という人物を知るためには、絶対に外してはならない本であると言えるでしょう。

伊藤計劃トリビュート

伊藤計劃に影響を受けた8人の作家による、アンソロジー集がこの書籍となります。

「伊藤計劃の世界」ではなく、「それぞれの作家が描く、伊藤計劃以後の世界」は、どれも読み応えばっちりの名作揃い。脈々と受け継がれる伊藤計劃の息吹を感じられる作品集となっています。

ニューロマンサー

伊藤計劃がサイバーパンクにハマったきっかけとして挙げた作品です。厳密には「黒丸尚の文章にハマった」とも言っているため、訳者には注意してご購入ください。

内容自体は割と古典的なサイバーパンクSFですが、それを1986年に描いていた作者の先見の明に驚かされる作品となっています。

「伊藤計劃”っぽさ”」を感じるところも多々あるため、伊藤計劃作品を「面白い」と感じる方には、読んでみて損はない作品だと言えるでしょう。

太陽の帝国

『虐殺器官』作中で触れられた作品です。作中では「乾いていて残酷」と表現されています。

作中での評価の通り、「乾いていて残酷」な世界観は、たしかに『虐殺器官』を彷彿とさせる作品となっています。少々難しい作品ではありますが、『虐殺器官』、ひいては伊藤計劃作品の理解を深めるには、なるべく読んでおきたい作品の一つです。

フランケンシュタイン

『屍者の帝国』の元となった作品の一つです。「フランケンシュタイン」と聞くと、最近ではハロウィンの仮装などでも定番のため、耳にしたことがある方もいるのではないでしょうか?

かなり古い作品のため、若干筋の通らない部分や雑な部分は散見されますが、それでも語り継がれ、多くの作品の元ネタとなったアイディア力には目を見張る他ありません。

『屍者の帝国』に挫折した方は、まずはこの作品を読んでから再び挑戦してみると、幾分か分かりやすく読めるかと思います。

蘇る伊藤計劃

端的に「伊藤計劃がどれだけの人物に影響を与えたのか」がわかるファン必携の一冊です。伊藤計劃の未発表の短編『海と孤島』や、大学時代の受賞作『ネイキッド』なども収録されており、伊藤計劃の魅力が余すところなく詰め込まれています。

伊藤計劃作品の魅力だけでなく、伊藤計劃という作家自身の魅力や、作中世界を引き立てるビジュアルワークまで、多くの特集が目白押しの一冊ですので、ファンであればぜひお買い求めの上、永久保存してほしい一冊だと言えるでしょう。

おすすめの映画

屍者の帝国

『Project:Itoh』の1作目となった作品です。

原作とは少々異なる人物設定やストーリー展開ですが、その分わかりやすく話が進み、『屍者の帝国』の世界観を映像として堪能することができます。バトルあり、笑いあり、サスペンスあり、スリラーありと、様々な要素が含まれているため、全く飽きずに視聴できるのもこの作品の魅力の一つでしょう。

また、原作と異なった人物設定にも、監督や原作者の「あるメッセージ」が込められているのだとか……。

伊藤計劃ファンはもとより、読書が苦手な方、あるいは『屍者の帝国』を読むのに挫折した方にこそ見てほしい作品となっています。

ハーモニー

『Project:Itoh』の2作目に当たる作品です。

原作のストーリーはほとんどそのままに、優しく思いやりがあり、それでいてひどく残酷で美しい「ハーモニー」の世界が、映像として見事に表現されています。

原作を読んでから映画を見ても、映画を見てから原作を読んでもいい。原作付きの映画としての、一つの完成系とも言える作品が本作だと言えるでしょう。

虐殺器官

『Project:Itoh』の3作目。度重なる公開延期の末に、満を辞して公開された作品です。

ミリタリーSFとしてのスピード感や、伊藤計劃作品らしい思索的な間の取り方など、スタッフの愛が随所に感じられる、ファン必見の良作となっています。特にミリタリーガジェットの作画は素晴らしく、あまりのリアルさに息を呑むことになるのは間違いありません。

原作からオミットされた部分もあるため、まずは映画を視聴し、それから原作に入るとより分かりやすく世界に浸ることが出来るかもしれません。浸ったことでどうなるのかについて、保証はできかねますが。

CURE

伊藤計劃が「『虐殺器官』の発想の出発点」とまで言った作品です。

端的に言って「とんでもなく怖い映画」です。筆者はこれを数年前に視聴し、正直なところトラウマになっています。ホラーではありませんが、下手なホラーよりも恐ろしい作品です。

ですが、伊藤計劃に興味のある方、あるいはファンの方はぜひ最後まで見てほしい作品にもなっています。伊藤計劃ワールドを知るには必見、しかし覚悟してご覧下さい。

プライベート・ライアン

言わずと知れた戦争映画の名作です。『虐殺器官』作中に度々名前が登場し、「ある事柄」の象徴として扱われています。

不朽の名作として、映画そのものが楽しめる作品なのは勿論ですが、『虐殺器官』を読破してから見ることで、これまでの自分に怖気が走ることは間違いありません。

是非とも『虐殺器官』を読む前に一度ご視聴いただき、読破後にもう一度の視聴をお願いしたい作品となっています。

モンティ・パイソン・アンド・ナウ

『虐殺器官』作中に登場するコミカル要素の、ほとんど全てを担っている作品です。

ナンセンスでシュールなそのユーモアセンスは、どこか伊藤計劃の持つユーモアセンスと通じているように感じます。

合わない人にはとことん合わないコメディですが、『虐殺器官』中のコミカルな要素について知りたい方は是非ともご覧下さい。

関連外部リンク

伊藤計劃についてのまとめ

いかがでしたでしょうか?伊藤計劃について、少々熱を込めて執筆させていただきました。いささか熱を込めすぎて、べらぼうに長い記事になってしまったことについては、現在深く反省しております……。

その深すぎる洞察力をもって、多くの人々を魅了する作品を書き上げながら、34歳という若さでこの世を去った伊藤計劃。彼が生きて、現在も作品を発表していたなら……。彼の作品に魅了された筆者は、無駄だとわかりつつも、時折そう夢想せざるを得ません。

時折「伊藤計劃は死んでカリスマになった」と言う方もいらっしゃいますが、筆者はそうではないと思います。というかむしろ、伊藤計劃はその扱われ方に苦笑するのではないかと思っています。彼は作品において、「神」ではなく「観察者」でした。作品世界を俯瞰するのではなく、彼自身が作品の中にいて、主観の目で物語を見据えていたからこそ、多くの人を魅了する名作を生み出せたのではないかと思います。

もっとも、上記は全てこの記事の筆者の解釈です。もちろん違う解釈の方もいらっしゃるでしょうし、伊藤計劃自身も違う考えを持っていたかもしれません(というより、持っていたでしょう)。

この記事を読んで伊藤計劃に興味を持ち、「この筆者の解釈はおかしい!」などと思った方と議論ができるようになれば、それは筆者として望外の喜びです。何卒宜しくお願い致します。

それでは、べらぼうに長い記事にお付き合いいただき、本当にありがとうございました!

この記事を読んだ方が伊藤計劃の世界に飛び込んでくれることを、彼の1ファンとして、影ながら願っています。

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