伊藤計劃の作品一覧と代表作
【長編】
- 虐殺器官(2007)
- METAL GEAR SOLID GUNS OF THE PATRIOTS(2008)
- ハーモニー(2008)
- 屍者の帝国(2012)※円城塔との共著
【中編】
- The Indifference Engine(2007)
- From the Nothing, with Love(2008)
【短編】
- セカイ、蛮族、ぼく。(2007)
【短編集】
- 『The Indifference Engine』(2012)
伊藤計劃の代表作その1・『虐殺器官』
これが、ぼくの物語だ。
地獄はここにあります。頭の中、脳みその中に。
9・11テロ以降、管理社会の色が濃くなった近未来の社会を舞台に、全世界で頻発する虐殺を渡り歩く謎の男・ジョン・ポールと、それを追うアメリカ情報軍の大尉・クラヴィス・シェパードを描いた作品です。
伊藤計劃にとっては処女作でありながら、「第7回小松左京賞の最終候補」「ベストSF2007国内篇第1位」「月刊プレイボーイミステリー大賞1位」「第28回日本SF大賞候補」などの華々しい評価を受けており、現在でも多くの熱狂的なファンを抱える、伊藤計劃の代表作の一つです。
2017年2月には、ノイタミナムービーの企画「Project:Itoh」の3作目として劇場アニメが公開。主人公であるクラヴィスを中村悠一、ジョン・ポールを櫻井孝宏が演じ、ファンの裾野を大きく広げる名作を生み出しました。また、2016年にはハリウッドでの実写映画の製作が発表されています。
異様でありながらどこかユーモラスなテクノロジー描写。現実的で学術的な根拠に基づく、理知的で説得力のある近未来の世界観。現代の社会にも通じる、閉塞しているような社会構造の描写と、それに対する不満。そして、タイトルにもなっている「虐殺器官」の正体に関する意外性と納得……。全編を通して、伊藤計劃”らしさ”が色濃く発揮された作品であり、伊藤計劃の世界を余すことなく堪能できる作品となっています。
世界観の描写が、我々の生きる社会の現状とあまりにも「似すぎている」ため、現実と虚構の区別があやふやになりかけてしまう、ある意味で恐ろしさすら覚える作品です。筆者にとっても、伊藤計劃に”ハマる”きっかけになった作品であり、この作品に出合ったことで「見える世界が変わった」とすら思っている作品でもあります。それほどまでに克明でリアルな作品であり、誤解を恐れずに言えば「”危険な”作品」だと言ってもいいでしょう。
伊藤計劃作品の中でも、もっとも現代社会に近く、それでいて最もSF要素の強い作品は、間違いなくこの『虐殺器官』となっています。社会派小説好きの方やSF好きの方は、まずはこの作品から伊藤計劃に触れることをお勧めいたします。
伊藤計劃の代表作その2・『ハーモニー』
いまから語るのは、
〈declaration:calculation〉
〈pls:敗残者の物語〉
〈pls:脱走者の物語〉
〈eql:つまりわたし〉
〈/declaration〉 [ハーモニー]— 伊藤計劃bot (@Project_Itoh_) 2019年1月9日
「大災禍(ザ・メイルストロム)」と呼ばれる全世界規模の争乱を経て、徹底した生命社会――――病気が根絶され、誰もが互いを気遣い合うユートピア――となった未来。その社会に息苦しさを感じる3人の少女たちが志した、「生命社会に対する抵抗」によって始まる物語です。
アニメーション映画は、ノイタミナムービーの企画『Project:Itoh』の2作目として、2015年11月に公開。主人公である霧慧トァンを沢城みゆきが、ヒロインである御冷ミァハを上田麗奈が演じ、透明感があり、どこまでも優しいながらどこか残酷な世界観を、見事に映像作品として表現しました。
本作は伊藤計劃の執筆した2作品目であり、彼が単独で執筆した中では、遺作として扱われる作品でもあります。この作品が刊行されてから半年を待たずに、伊藤は病によってこの世を去ってしまうのですが、その死後に伊藤は本作で「第30回日本SF大賞」の大賞を受賞、アメリカのSF文学賞である「フィリップ・K・ディック賞」の特別賞を受賞しており、それだけでもこの作品に対する高い評価を理解してもらえるでしょう。
このトピック冒頭の引用を見ていただいてもわかるように、主人公であるトァンの語るデジタルデータの形式で物語が進んでいきます。若干読みにくさを感じる点もありますが、「なぜそのような語り口なのか」がわかった瞬間に、その必然性に目を剥くことになるのは間違いありません。読み始めたのなら、必ず最後まで読み切ってください。
伊藤自身は『ハーモニー』を「女の子がつるんでアハハウフフする話」と評していますが、そこはやはり伊藤計劃作品。社会が完成しきっているからこそ生じる、その状況に対する閉塞感と歪みを、まるでその社会を見てきたかのようにリアルに描き、伊藤計劃なりの「ユートピアとディストピア像」「人間の意識とは何か」についての解答を表しています。
前作であり、作品の前日端にも当たる『虐殺器官』に比べると、割合静かな印象を受ける作品ではありますが、「『虐殺器官』で描かれた問題提起への解答と、その解答によって生じる新たな問題」が描かれ、読者である我々の心の中に、間違いなく考えさせられるものを遺していく作品です。
『虐殺器官』と比べると、バイオレンスな描写は少ないため、そのような描写が苦手な方。あるいは登場人物の心理的な動きに重点を置いて読みたい方は、こちらの作品から伊藤計劃に触れることをお勧めいたします。
伊藤計劃の代表作その3・『屍者の帝国』
必要なのは、何をおいてもまず、屍体だ。
死体を蘇生して使役する「屍者技術」が確立された19世紀末。「原初の屍者技術」である「ヴィクターの手記」を巡って、全世界で繰り広げられる冒険と戦いを描いたSF冒険作品です。伊藤計劃によって執筆された部分は、冒頭30ページほどとプロットのみであり、伊藤の早逝後にとん挫したそれらの原稿を円城塔が引き継いで完成させた、「伊藤計劃と円城塔の共同執筆作品」となっています。
純粋なSF冒険活劇として楽しめるのももちろんですが、根底には「人間の意識とは?」「魂とは?」という重厚なテーマが敷かれ、伊藤計劃・円城塔作品の息吹を感じる骨太さを感じる小説作品です。
伊藤計劃作品にみられた、要所要所に仕込まれたパロディーも本作には踏襲されており、登場人物の多くも、かつて19世紀末に生きた実在の人物、もしくは19世紀末を舞台にした文学作品の登場人物で占められています。作品の結末も「ある”超”有名な文学作品」へと続く形になっていますので、文学好きには必読の作品とも言えるでしょう。
ただ、これは伊藤計劃と言うより円城塔の作風として、哲学的で難解な表現が多く、特に物語の終盤はそれが顕著。どれだけ読書を重ねてきた方でも、一度読む程度では理解が追いつかず、何度も時間をかけて読む必要があるのはほとんど間違いないため、普段あまり読書をしない方には少々厳しい作品であるように感じます。
しかし難解である分、作品世界に相応の深みが存在するのもまた事実。まずは上記2作品『虐殺器官』と『ハーモニー』を読み込み、そこからさらに深く伊藤計劃の世界を知りたいと感じた方には、間違いなく読んで損はしない事をお約束いたします。
また、『屍者の帝国』も上記2作品同様にノイタミナムービーの企画でアニメーション映画化されており、『Project:Itoh』の1番目として2015年10月に公開。主演を細谷佳正と村瀬歩が務め、濃厚な「屍者」の物語を大いに盛り上げてくれました。
映画版は、原作とは少々設定が異なりますが、それ故に話の筋が理解しやすく、原作版よりもエンターテインメント性に優れた作品として楽しむことができます。読書が苦手な方や、『屍者の帝国』を読むのに挫折した方は、まずは映画版から作品に触れると良いかと思います。
伊藤計劃作品を「読む」「見る」順番
伊藤計劃の作品は、その独特の文体や世界観こそどの作品でも共通していますが、作品の雰囲気そのものはどれも違っており、何も知らずに適当な順番で作品を読むと混乱してしまいがちです。
さらに、映画版と原作小説で異なる点も多いため、「小説と映画を同じ順番で見て、作品の内容を理解する」というのもなかなか難しいと言えるでしょう。
というわけでこのトピックでは、筆者の独断ではありますが一応の「この順番で読んで /見て行けば理解しやすい」という順番を示していきたいと思います。
伊藤計劃作品を「読む」順番
まずは原作小説で伊藤計劃の世界を「読む」場合ですが、筆者は「(『メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット』→)『虐殺器官』→『ハーモニー』→『屍者の帝国』」の順番で読んでいくことをお勧めします。
伊藤計劃の作品は、単体で独立して読むことも勿論できますが、基本的には同一の世界観で展開されている(と思われる)ため、まずは伊藤計劃作品の世界観や思想を理解するために『虐殺器官』を読んでほしいと思います。
その後に、『虐殺器官』で示された疑問や応えへの回答や反論でもある『ハーモニー』。そして最後に、伊藤の描く作中世界における“根本”と思しき描写が時折登場する『屍者の帝国』を読むと、その世界観をより理解しやすい形で読み進めていくことができるでしょう。
とはいえ、伊藤計劃の独特の文体は非常に読む人を選ぶため、「買ったはいいけど読みづらくて……」となってしまう可能性もあります。その場合は、『虐殺器官』よりも先に、ゲーム原作のある『メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット』の方を読んでみて、「自分が伊藤計劃の文体に馴染めるか」を確認してみると良いかと思います。
伊藤計劃作品を「見る」順番
伊藤計劃作品を映画として「見る」場合は、筆者個人としては「(『屍者の帝国』→)『ハーモニー』→『虐殺器官』」の順番で見ることをお勧めいたします。
「読む」場合とは順番が逆転していますが、これは『映画版:屍者の帝国』が原作よりもエンタメ作品としての要素が強く押し出され、他の2作品とのつながりが薄い作品になっている事や、『映画版:虐殺器官』は結末部分が小説と少し変わっているため、『ハーモニー』を見てからの方が結末を理解しやすいという2つの要因が理由です。
とはいえ、どれも単独で楽しめる作品ではありますので、結局は好みを優先するのが最もいい視聴方法でしょう。どれも複雑な要素が少しオミットされ、エンタメとして見やすく再編されているため、世界観のつながりを匂わせる部分は気にせずとも見ることができます。
ただし可能であれば「『ハーモニー』→『虐殺器官』」は連続して、そしてできれば原作小説を読んだ上で視聴していただいた方が、より作中世界が理解しやすくなるかと思われます。
伊藤計劃の名言は?
非モテの星から来た男が愛と勇気を教えてくれる
『伊藤計劃:第弐位相』のプロフィール欄の言葉です。
伊藤計劃のユーモアが分かる、単純なようで難解、けれどクスリと笑える一言になっています。
地獄はここにあります。頭の中、脳みその中に。
『虐殺器官』作中より。主人公であるクラヴィスの同僚であり後輩の兵士・アレックスの言葉です。
『虐殺器官』という作品を象徴する言葉であり、伊藤計劃が我々に提起した「苦しみとは何か?」という問いのように、筆者には映ります。
わたしの心が、幸福を拒絶した。
『ハーモニー』作中より。何を隠そう、筆者の根幹を揺らがした言葉の一つです。
「全ての人々が慈しみ合う社会とは、本当に幸福なのか?」
この『ハーモニー』を読み終えてから、全人類に考えてほしい問いだと思います。
両足がなくなっても書きたい。僕はこれから20年、30年書きたいことがいっぱいあるから、どうしても、何を失っても生きたい
2005年ごろ、肺ガンが見つかった頃の伊藤計劃自身の言葉です。
彼の強すぎる創作への執念が伺える一言。その執念が実り、『屍者の帝国』の全てを彼が執筆していたら。そしてそれ以降も「伊藤計劃の描く世界」が続いていたなら。
伊藤計劃が早逝してしまったことを、惜しまざるを得ません。
これがわたし。これがわたしというフィクション。わたしはあなたの身体に宿りたい。あなたの口によって更に他者に語り継がれたい。
死の数か月前に寄稿したエッセイの結びの文です。
「物語とは?」「生きるとは?」という問いに対する、伊藤計劃の回答だと筆者の目には映ります。
死の数か月前に遺した言葉。そう考えると、より深い意味を考えてしまわざるを得ません。
扱うジャンルがSFである限りは彼の扱った意識や死の概念、SF的ガジェットもやがては古びていくかもしれません。
しかし、彼の特異なリーダービリティだけは現代の日本SF界における一つの到達点だと思っているのでこれからも読者を獲得し続けるんだろうと思っています。
蠱惑的と表現される乱歩の文体がそうであるように。
片手間で終わっていない素晴らしいまとめだと思いました。お疲れ様でした。