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ノートルダム大聖堂とは?特徴から火災の原因、現在まで簡単に解説

フランスのノートルダム大聖堂は12世紀にパリ・シテ島で建設されたローマ・カトリック協会の大聖堂です。1991年にはユネスコの世界遺産に登録されました。

800年以上もの間パリの街を見守ってきたノートルダム大聖堂は、フランス人にとってかけがえのない建造物といえます。

パリの朝日に映えるノートルダム大聖堂

とはいえ、「ノートルダム大聖堂」という名前が有名な一方で、特徴やその歴史を詳しく知らない方は多いはず。

そこで今回はノートルダム大聖堂の特徴から修復の経緯、現在の姿にいたるまでの歴史をまとめました。この記事でノートルダム大聖堂の理解が深まれば、これまでとは違った見方ができますよ。

ノートルダム大聖堂とは

ノートルダム大聖堂
出典:Wikipedia

ノートルダム大聖堂(Notre Dame Cathedral)は、聖母マリアを示すローマ・カトリック教会の大聖堂です。ノートルダム(Notre Dame)はフランス語で「我らが貴婦人」を意味しており、聖母マリアを指しています。

フランスの首都パリにあるノートルダム大聖堂*は12世紀ごろに着工し、200年近く経って完成しました。その後、幾度か修復を繰り返し、1991年にはユネスコの世界文化遺産に登録されています。

しかし、2019年に大規模な火災に見舞われ甚大な被害を受けました。現在もなお、再建作業が続けられています。

*世界各地のノートルダム大聖堂
ノートルダム大聖堂はフランス・パリだけでなく、カナダやベルギーなど世界中のフランス語圏の国々に存在している。

ノートルダム寺院との違い

ノートルダム大聖堂とノートルダム寺院は一緒?

ノートルダム大聖堂はノートルダム寺院とも呼ばれることがあります。しかし、建物そのものに明確な違いはありません。少なくとも、フランス・パリのノートルダム大聖堂においては表記が異なるだけで同じ建造物を指しています。

「大聖堂」とは司教*の椅子(司教座)を持つ聖堂を意味しており、「寺院」とは宗教的な儀式を執り行う場所のことです。

どちらかといえば、「大聖堂」のほうがキリスト教の教会というイメージが強いですね。そのため、誰かに聞かれた場合は「ノートルダム大聖堂」と答えるほうが良いでしょう。

司教
司教とは、キリスト教のローマ・カトリック教会をはじめとするキリスト教会において信徒を監督・指導する役目を持つ人。

フランス革命後に廃墟となる

12世紀に建設されてからフランスの人々に欠かせない建造物となったノートルダム大聖堂。しかし、一度だけフランス人の手によって破壊されたことがありました。きっかけとなったのは「フランス革命」です。

フランス革命では権力者の支配する社会が崩壊し、市民が権力を持つようになりました。その結果、フランス革命後には科学や理性に基つぐ自由思想者が増加。

パリのノートルダム大聖堂で行われた「理性の祭典」
出典:Wikipedia

彼らは宗教を批判し、キリスト教会であるノートルダム大聖堂にて無神論的な祭典「理性の祭典」を行いました。それだけでなく、大聖堂の扉や彫刻を破壊し始めたのです。

1843年、フランス政府によってノートルダム大聖堂の修復が決定されるまでノートルダム大聖堂は廃墟となっていました。

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フランス史を物語る建物

ノートルダム大聖堂はずっとフランスを見守ってきた

ノートルダム大聖堂は建設されてから現在まで、フランスの歴史を物語る建物として知られています。上記で紹介したフランス革命以外に、19世紀に起こったパリ改造*や第二次世界大戦などフランスの歴史的な出来事の多くに関係しているからです。

それでは、なぜノートルダム大聖堂はこれら多くの歴史的な出来事に関わっているのでしょうか?それには、ノートルダム大聖堂が建てられいる場所が深く関わっています。

パリのノートルダム大聖堂は市内の中心を流れるセーヌ川にあるシテ島に建てられました。シテ島は「パリ発祥の地」とも呼ばれるほど古い歴史を持ち、パリ市内の中心に位置している島です。

パリのシテ島に建つノートルダム大聖堂

そんな場所に建設されたノートルダム大聖堂は、建立から否応なしにフランス市民の目に留まる建造物になりました。

フランス革命後は街の中心地にある大聖堂として市民の破壊活動に遭い、19世紀のパリ改造では衛生的な場所へ変化を遂げる様子を目の当たりにします。第二次世界大戦後は勝利を祝う式典がノートルダム大聖堂で行われました。

シテ島に建つ巨大で美しい大聖堂である、ノートルダム大聖堂。嬉しい時もつらい時もフランスの中心からパリの街を見ていたのです。

パリ改造
19世紀にフランス・セーヌ県知事ジョルジョ・オスマンが始めた都市整備事業のこと。暗く風通しが悪いうえに不衛生だったパリの街を交通改革や下水道の整備などによって衛生的な街へと変化させた。
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ノートルダム大聖堂を象徴する3つの特徴

ノートルダム大聖堂は外も内も美しい

200年近い歳月をかけて建設されたパリのノートルダム大聖堂はゴシック建築で作られており、初期のゴシック建築における傑作とされています。全体的な装飾は名前の由来にもなった聖母マリアが中心です。

聖母マリアが天国にあげられる聖母被昇天の様子やキリストを中心とする聖人たちが、大聖堂の外観や内観といったあらゆるところに描かれています。

優美かつ複雑な建築様式とローマ・カトリック教会として申し分のない装飾。これらを著名な建築家たちが長い年月をかけて作り上げたのです。

①外観は「白い貴婦人」

白の美しい装飾が眩い

ノートルダム大聖堂の建設は、1163年に司教モーリス・ド・シュリーによって開始されました。外観の色合いが白く、ノートルダム(我らが貴婦人)という名前から「白い貴婦人」とも呼ばれています。

建設当時はローマ風の建築様式であるロマネスク様式が盛んだったため、大聖堂の一部はロマネスク様式の面影があります。のちに合理的な構造を持つゴシック建築に変化しました。

つまり、ノートルダム大聖堂はロマネスク様式からゴシック様式への移り変わりを表す貴重な建築物となったのです。

外観の特徴としては、白という色合いだけではありません。天井と外壁を支えるフライング・バットレス、3つの正面玄関も非常に特徴的です。

ノートルダム大聖堂の正面玄関

特に正面玄関は左側から聖母マリア、キリストの最後の審判、聖アンナの門を丁寧に表現した装飾が施されています。そして、その上には28人の王たちの彫像が並んで参拝者たちを見下ろしているのです。

また、作品『ノートルダムの鐘』のモチーフとなった鐘もノートルダム大聖堂の外観を彩っています。鐘は10個あり、最も大きな鐘は直径約2.6mで重さ約13トンです。

正面の双塔も特徴的であり、そのテラスには魔除けとして悪霊を追い払うとされる怪獣キマイラが安置されています。ノートルダム大聖堂の外観は、ただ美しいだけでなく気高く美しい教会堂の威厳を表現しているのです。

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