小説ヲタクがおすすめするオールタイムベスト83冊

世界の凶悪事件ランキングTOP10【最悪の猟奇殺人も紹介】

今回は世界で起きた10の凶悪事件をご紹介。日本のそれとは比べ物にならないぐらいおぞましい事件もあるので、寝る前の深入りは厳禁です。

ちなみに日本の凶悪事件ランキングは下記の記事で紹介しています。

日本で起きた凶悪事件・怖い事件ランキングTOP20

この記事を書いた人

一橋大卒 歴史学専攻

京藤 一葉

Rekisiru編集部、京藤 一葉(きょうとういちよう)。一橋大学にて大学院含め6年間歴史学を研究。専攻は世界史の近代〜現代。卒業後は出版業界に就職。世界史・日本史含め多岐に渡る編集業務に従事。その後、結婚を境に地方移住し、現在はWebメディアで編集者に従事。

1888年:ロンドンの売春婦5名を殺害した切り裂きジャック

新聞の挿絵に描かれた切り裂きジャック
出典:Wikipedia

1888年にロンドンで起こった猟奇殺人事件です。犯人は未だにわかっておらず「切り裂きジャック」と呼ばれ、未解決事件として非常に有名な事件でもあります。

主に売春婦を狙い殺害した人物の臓器を持ち去るという猟奇的な手口や、新聞社に犯罪声明を送り付けたりと、「劇場型殺人」の元祖といわれています。最初の被害者が42歳の女性、次に47歳の女性で子宮と膀胱が切り取られ持ち去られていました。

同じく切り裂きジャックの挿絵
出典:Wikipedia

その後2名殺害後、最後に比較的年齢が若い女性の遺体が原型を留めない程切り刻まれていました。しかしその後犯行が途絶え、現在も未解決事件となっています。

切り裂きジャックの正体は、臓器を効率よく解体しているために「医者説」や「食肉業者説」、女性が警戒せず家に入れていることから「女性説」まで囁かれていますが、今も真相は藪の中です。

ジャック・ザ・リッパー(切り裂きジャック)とは?事件概要や犯人像を紹介

1922年:ヒンターカイフェック事件

殺害された牧場経営者一家の写真。これに使用人の6人が犠牲となった。

発生からまもなく100年を迎える、ドイツで起きた未解決凶悪事件「ヒンターカイフェック事件」は、奇妙な点が多いことで有名です。

この事件の6ヶ月前、ひとりの使用人が事件の舞台となった牧場を退職しました。その理由は、「この家は呪われているから」とのこと。まさか、とは思うでしょうが、1922年12月、この牧場の経営者一家と使用人の計6人が惨殺されたのです。

事件現場となった牧場はすでになく、小さな記念碑が立っているだけである

犯人は今もって不明ですが、いくつかの奇妙なことが事件前から起きていたようです。また、犯人のものと思われる足跡は見つかったものの、牧場から出る足跡が見つからなかったため、犯人は犯行後どうなったのかもわかっていません。ひとつの説として、犯人は少なくとも6ヶ月前から、足跡の見つかった屋根裏に潜んでいたのではないかともいわれています。

1928~1935年:満月の狂人アルバート・フィッシュの事件

アルバート・フィッシュ
出典:Wikipedia

19世紀最悪といわれたアメリカの猟奇殺人者アルバート・フィッシュは、本人の自供によると「400名以上」殺害したそうです。満月時の犯行が多かったために「満月の狂人」と呼ばれました。

もっとも有名な事件は「グレース・バッド殺人事件」で、フィッシュが逮捕されるきっかけにもなった事件です。フィッシュはグレース・バッドという当時10歳の女性を誘拐。そして彼女を殺害後、食人に及んでいます。

被害者グレース・バッド
出典:KLIKK.NO

当初犯人の逮捕は難航を極めますが、2年後に遺族に送られてきた異常な手紙が送られてきます。しかしこの手紙により、アルバート・フィッシュは足が付き逮捕。供述の異常さに世間は震撼しますが、最後は電気椅子による死刑が執行されました。

アルバートフィッシュとはどんな人?起こした事件や結末、生涯を紹介

1947年:アメリカ ブラック・ダリア事件

被害者、エリザベス・ショート

「ブラック・ダリア事件」とは、第二次世界大戦後間もないアメリカで発生した殺人事件です。

殺害されたのは、エリザベス・ショートという女性一人で、これだけ聞けば普通の殺人事件と変わりありません。しかし、この事件が有名になったのは、ショートが腰の部分で真っ二つに切断された状態で見つかったことにあります。あまりにも凄惨な殺害方法であり、警察は150人の被疑者を捜査しました。しかし、残念ながら犯人逮捕にはいたっていません。

事件を報じる新聞記事。彼女はハリウッドで女優を目指していた。

ちなみに、事件の名前となった「ブラック・ダリア」とは、殺害されたエリザベス・ショートのことを指します。これは、とある新聞社の社員が、社内で各事件の被害者に心無いあだ名をつけていたのがきっかけとされています。ショート自身は一度もこのあだ名でよばれたことはありません。

1970~1978年:テッド・バンディの殺人事件

テッド・バンディ、女性の強姦致死事件を少なくとも30件以上犯している
出典:Wikipedia

1974年から1978年にかけて、30名以上の女性を強姦殺害したおぞましい事件です。犯人のテッド・バンディは、学生時に失恋したコンプレックスから「黒い長髪で前髪をセンターわけした女性」を狙い、性的暴行をした後に絞殺・刺殺・または撲殺という惨いものでした。

犯人は逮捕後2回も脱獄し、その間に6名を殺害しています。犯行動機は女性への暴力性が見えるもののはっきりと分かっておらず、その残酷かつ殺人を重ね「シリアルキラー」という言葉の語源にもなりました。

事件の被害者写真、確かに同じ髪型の女性が多い
出典:cosmic

テッド・バンディは弁護士を雇わず自ら弁護しますが、合計3回の死刑判決を受け死刑が確定。1989年に電気椅子で死刑が執行されました。

テッドバンディってどんな人?映画のあらすじや連続殺人鬼の犯行、生い立ちについても解説

1970~2005年:サミュエル・リトルの殺人事件

現在は故人となったサミュエル・リトル

その犠牲者は90人を超えるといわれる、アメリカ史上最悪の連続殺人事件を引き起こしたのが、サミュエル・リトルです。

元ボクサーであった彼は、1970年から各地で殺人に及びました。当初は3件の殺人事件で終身刑をいい渡されたものの、その後次々と殺人事件への関与を自白しだしたのです。現在わかっているだけでも60件の殺人事件は、リトルの手によって起こされたものと結論付けられています。

しかし、リトルは2020年の大晦日、収監されていた刑務所で息を引き取りました。自身を「呪われた存在」だと語っていた彼の身に何があり、シリアルキラーへとしたのかは今となってはわからなくなってしまいました。また、彼が関与した事件は本当はいくつなのかも不明なままです。

1978~91年:ミルウォーキーの食人鬼

「ミルウォーキーの食人鬼」こと、ジェフリー・ダーマー

人肉食を繰り返す凶悪事件も、海外では数多く存在します。アメリカで長きに渡り起きた「ミルウォーキーの食人鬼事件」もまた、そんな事件のひとつです。

犯人であるジェフリー・ダーマーは、少なくとも15人の殺害に関与し、そのすべてを食したといわれています。それだけでもおぞましい事件ではありますが、ダーマーはおそらく人肉を使ったサンドイッチを近所に配っていたとも思われているのです。

逮捕されてすぐのダーマー

また、人肉を食しただけでなく、なんと監禁した男性をゾンビにしようと頭蓋骨にドリルで穴を開けるなどの行為にもおよびました。監禁された男性は、一度はダーマーから逃げて警察に助けを求めたものの、ダーマーの「痴話喧嘩だ」の一言に納得してしまった警察によりダーマーのもとへ返されてしまったのです。当然、この男性は後日殺害され、警察への批判が高まったことはいうまでもありません。

ジェフリー・ダーマーとはどんな人?ミルウォーキーの食人鬼の全て

1981年:パリ人肉事件

パリ人肉事件を起こした佐川一政(中央)

人肉に関わる凶悪事件は、実は日本人の手によっても起こされていました。それが1981年にフランスで起きた「パリ人肉事件」です。

フランス留学中だった佐川一政は、同じ留学生で友人であったオランダ人女性をパリの下宿先で殺害。屍姦したのち、遺体の一部をフライパンで調理して食べたという事件です。残った遺体を捨てようとしたところを目撃され、2日後に逮捕されました。しかし、精神錯乱状態だったという理由でフランスでは裁かれず日本に送還されたのです。

現在は日本で暮らす佐川ですが、ある雑誌の取材に対して「今でも人肉を食べたくなることがある」と述べています。彼の人肉に対する欲求は、いったいどこから来るのでしょうか。ひとまず、現在は普通に生活をしているとのことです。

佐川一政はどんな人?なぜパリ人肉事件を起こした?【彼の生い立ちや性格についても紹介】

1997~2002年:豚肉に人肉混入事件ロバート・ピックトン

ロバート・ピックトン
出典:SUBCULTUREAT

カナダの連続殺人犯ロバート・ピックトンによる暴行殺人事及び豚肉に人肉混入の事件です。1997年から2002年にかけて立件されたのは27件、本人供述では49名殺害しています。

犯人は農場経営者であり、農場に女性を連れていき強姦・殺害するという手口で殺害しました。ピクトンは殺害した女性をひき肉にして、公衆に販売した豚肉に混ぜていた可能性が挙がっています。またピックトンの供述によると、死体を豚に食べさせたりしていたそうです。

最終的にピックトンは終身刑に処されました。調査時に「49名殺した。本当は区切りが良い50名殺したかったがへまをした」と語っていたそうです。

1999年:おもちゃ箱の殺人鬼デイビット・パーカー・レイ

オレンジの服がデイビット・パーカー・レイ
出典:BuzzFeed

アメリカ合衆国のデイビット・パーカー・レイは拷問に快感を覚え、数十人の女性を殺害しています。1999年ニューメキシコ州の砂漠地帯で首輪をかけた女性が保護され犯罪が発覚。女性は頭部を酷く怪我し、南京錠付きの首輪をつけていました。

少女の通報で逮捕されたデイビット・パーカー・レイのトレーラーハウスを捜索すると、多くの拷問道具や拘束道具が詰め込まれ、犯罪を録音したテープが並んでいたといいます。犯人はこのトレーラーを「おもちゃ箱」と呼び、数十人の女性を拷問し殺害しました。

キャンピングカーを「おもちゃ箱」と呼び拷問していたという

レイは1950年代からおもちゃ箱で犯行を行っていたと供述し、監禁した女性を拷問具で痛めつけ、その様子を録音して楽しんでいたといいます。時には被害者に薬物を投与し、記憶を曖昧にして解放することもあったそうです。それでも拷問中に死亡した人数は数十名にはなると推定されています。

レイは裁判で懲役224年の刑が確定。しかし2002年に、刑務所で心臓発作によって死亡しました。

まとめ

世界で起きた凶悪事件を紹介しました。

世間に大きな影響をあたえた事件たちは、今もって犯人がわからないもの、真相が闇に葬られてしまったものなどさまざま。真相解明が急がれるものばかりで、今後の捜査の進展が望まれます。

くわえて、2度とこのような大事件が起きないことを心より祈るばかり。凶悪事件を引き起こす人間を作らないことも、私達の使命なのかもしれません。

それでは、長い時間お付き合いいただきありがとうございました。

世界で一番悲惨な事件17選まとめ!日本で起きた悲惨な事件も紹介

コメントを残す