聖武天皇とはどんな人?生涯・年表まとめ【したことや家系図も紹介】

聖武天皇は奈良時代に即位し、東大寺へ大仏を建てた人物です。当時は天然痘(てんねんとう)の流行や謀反(むほん)が頻発し社会は乱れていました。聖武天皇は大仏建立以外にも何度も遷都(せんと)を行い、相次ぐ災いから都を守ろうとしたのです。

鎌倉時代に書かれた聖武天皇の肖像画
出典:Wikipedia

その他にも、聖武天皇は「藤原摂関家」や「武士」を生み出すきっかけになった「墾田永年私財法」を制定しています。遷都に大仏の建立、さまざまな法律を制定するなど、古代史に与えた影響は計り知れません。

今回はそんな聖武天皇の生涯を年表にまとめつつ、性格や功績、人物像に迫っていきます。

この記事を書いた人

Webライター

吉本 大輝

Webライター、吉本大輝(よしもとだいき)。幕末の日本を描いた名作「風雲児たち」に夢中になり、日本史全般へ興味を持つ。日本史の研究歴は16年で、これまで80本以上の歴史にまつわる記事を執筆。現在は本業や育児の傍ら、週2冊のペースで歴史の本を読みつつ、歴史メディアのライターや歴史系YouTubeの構成者として活動中。

聖武天皇とは?生涯をダイジェスト

名前聖武天皇
幼名は首親王(おびとしんのう)
誕生日701年(大宝元年)
没日756年6月4日
(天平勝宝8年5月2日)
生地藤原京
没地京都
配偶者光明皇后
埋葬場所佐保山南陵(現・奈良県奈良市)
皇室の紋章
出典:Wikipedia
  • 701年 (大宝元年) 生誕
  • 707年 (慶雲4年)父・文武天皇が崩御
  • 724年 (神亀元年) 天皇に即位
  • 729年 (神亀6年) 長屋王の変勃発後に光明子が皇后になる
  • 737年 (天平9年) 天然痘の大流行
  • 740年 (天平12年)平城京から都を転々とする
  • 741年 (天平13年) 国分寺建立の詔を発令
  • 743年 (天平15年) 東大寺盧舎那仏像の造立の詔
  • 749年 (天平勝宝元年) 阿倍内親王に譲位する
  • 756年 (天平勝宝8年) 宝算56で崩御

聖武天皇がしたことや生きた時代、家族

奈良時代に即位した第45代天皇

小泉淳作による聖武天皇の肖像画
出典:万葉集その七百 (帝王聖武)

聖武天皇は奈良時代中期の724年に即位した天皇です。父・文武天皇は707年に崩御するものの、文武天皇の後継になる皇子は首親王(後の聖武天皇)しかいませんでした。

文武天皇の祖父は壬申の乱で大友皇子に勝利した天武天皇。聖武天皇が成人になるまでの間、他の勢力に皇位が回らないようにする為、元明天皇(文武天皇の母)、元正天皇(文武天皇の姉)が即位しています。そして聖武天皇は724年、24歳で天皇となりました。

聖武天皇の治世は様々な厄災が訪れます。737年には日本の人口の⅓が亡くなる「天然痘の大流行」が発生し、740年には藤原広嗣が九州で乱を起こしました。当時は「天変地異が起こるのは為政者が悪いから」という思想があり、聖武天皇は悩んでいました。

聖武天皇は仏教の力で国を救おうとした
出典:Wikipedia

そこで聖武天皇は仏教の力で国を救う事を考えます。741年に「国分寺建立の詔」を、743年には「東大寺盧舎那仏像の造立の詔」を発令。全国に仏教の教えを受けた建造物が作られていきます。

最後まで聖武天皇の仏教への思いは変わる事はなく、749年に出家。756年に56歳で崩御(ほうぎょ)しています。

崩御とは

「崩御」とは、天皇陛下や皇太后、皇后などの特別な位置にいる人が亡くなった時に用いる言葉です。

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東大寺に大仏を建立する

東大寺盧舎那仏像
出典:Wikipedia

聖武天皇は743年に「東大寺盧舎那仏像の造立の詔」を発し、大仏の建立を命じます。一般的には「東大寺にある奈良の大仏」として知られていますね。大仏の建立は745年から本格的に始まり、752年に大部分が完成。この年に開眼供養会が行われています。

当時は各地で災害が起きており、聖武天皇は仏教の力で日本を平和に導くつもりだったのです。国家の安寧の名のもと260万人もの人が集められ、建造費は現在の価格で約4657億円と言われています。大仏の高さは建設当時で15.8mと5階建てビルに相当するのです。

大仏の建立には400kg以上の金、2.5tの水銀、銅に至っては500tもの材料が使われました。作業中の事故や水銀中毒により多くの人命が失われ、多くの山々の環境も破壊されました。ただ当時は「大仏を作る事」こそが国家を治める為に必要と思われていたのです。

大仏の広背と支え
出典:Wikipedia

実は大仏は何度も焼失や劣化により建て直されています。855年の地震で首が落下し、1180年には平重衡による兵火で大部分が延焼。1567年には松永久秀と三好三人衆軍による戦いで焼失しています。私達が見る事の出来る大仏は1709年に復興されたものです。

ただ現在の大仏が修繕で入れ替わったのではなく、「大仏が安置される台座」は当初のものが残されています。台座には釈迦如来像や蓮華蔵世界を表した図様が描かれています。東大寺を訪れた時には「奈良時代の人々の想い」を汲み取って欲しいものです。

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