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死刑囚の最後の言葉まとめ【日本&海外別に一覧で紹介】

「死刑囚の最後の言葉ってどんな言葉なんだろう?」
「最後の時はちゃんと反省しているんだろうか…」

凶悪犯罪を犯した犯人は、死をもって自らの死を償います。死刑囚は最後にどのような言葉を残しているのでしょうか?

この記事では死刑囚最後の言葉を、

に分けて紹介します。恐ろしい言葉ばかりなので、覚悟して読んで頂けると幸いです。

日本の死刑囚最後の言葉一覧

日本の死刑囚最後の言葉を紹介

小平義雄:連続強姦殺人犯

小平義雄
出典:気になった事件

「こういう落ち着いた日に死ねるのは幸福だ」

1945~1946年にかけて東京周辺で起こった連続強姦殺人事件の犯人です。終戦後の食糧難の時代を利用し女性に食べ物などで巧みに近づき、分かっているだけで7名の女性を殺害しています。そんな小平の最後は上記の言葉とは別に、被害者への謝罪の短歌を残しています。

菊池正:一家強盗殺人犯

菊池正
出典:バズニュース速報

「おかやん、おかやん。助けてくれよ、おかやん」

1953年に「栃木・雑貨商一家殺人事件」という雑貨商一家4名を殺害した事件です。母親の治療費を捻出するために、雑貨商一家に強盗し一家を殺害しました。そんな菊池正の最後の言葉は、まるで子供のように母に助けを求めていたといいます。

正田昭:死体遺棄殺人犯

正田昭
出典:Wikipedia

「アーメン」

1953年に「バー・メッカ殺人事件」と呼ばれる証券ブローカーが殺害され、屋根裏に遺棄されていた事件です。犯人の正田も元証券ブローカーであり、当初無罪を主張するものの死刑が確定しました。死刑確定後は小説を書くようになっていたといいます。そしてキリスト教に傾倒していたといい、最後の言葉も祈りでした。

大谷高雄:強盗殺人犯

死刑執行までのテープは資料として提出されたという

「先に行っています。極楽では私が先輩ですからね」

神戸3人組で強盗を行い警察官から奪った拳銃で射殺した人物です。1955年に死刑執行され、死刑までの53時間をテープに録音することを了承しています。最後の言葉は保護課長に対していった言葉だといわれています。この53時間のテープは、ラジオで放送されたそうです。

奥野清:母親バラバラ殺人犯

母親思いの人物だったと伝わる

「かあちゃん、今行くで。待っとれよ」

1960年の大阪で母親を殺害し、遺体をバラバラにして遺棄した事件の犯人です。非常に親思いの男性だったそうですが、母親を金銭的なトラブルにより殺害し、バラバラにして遺棄しました。そんな奥野の言葉は、最後まで母に対する言葉だったそうです。

小林カウ:連続殺人犯

小林カウ
出典:昭和ガイド

「長い間お世話になりました。思い残すことは何もありません」

日本で初めて死刑となった女性で、1952~1961年にかけて愛人と結託し、夫やホテル経営者夫婦合わせて3人を殺害しています。そんな女性の最後の言葉は意外に普通ですが、他にも「捕まったのは事業に失敗したことと同じ」とも語っていたそうです。カウにとって殺害し財産を築くという目標は、人生をかけた大仕事をした感覚だったのかもしれません。

小原保:誘拐殺人犯

小林保
出典:週刊珍宝2019

「怖れつつ 想いをりしが 今ここに 終るいのちは かく静かなる」

小原保は1963年に4歳の男の子を誘拐し殺害した人物です。その事件は「吉展ちゃん誘拐殺人事件」と呼ばれ、「戦後最大の誘拐事件」といわれました。そんな小原は死刑確定後に短歌に傾倒。「福島誠一」というペンネームで「昭和万葉集」にも載りました。ペンネームは「生まれ変わったら故郷で誠一筋に生きる」という願いからつけたといわれています。

永山紀夫:連続射殺犯

永山紀夫
出典:バズニュース速報

「俺を殺したら革命が起こるぞ!」

1968年に東京・京都・北海道・名古屋でガードマンやタクシー運転手を殺害した、「永山紀夫連続射殺事件」の犯人です。そんな永山の最後の言葉と伝わる言葉ですが、最近はデマだったという噂もあります。しかし死刑囚最後の言葉としては、かなり有名な言葉でもあります。

大久保清:連続強姦殺人犯

大久保清
出典:MATOMEDIA

「…クック…」

1971年に群馬県で8名の女性を強姦・殺害した犯人です。41日間という短い間に行われた犯行ですが、それ以前にもわいせつ罪で捕まったりと問題行動が多い人物だったといいます。そんな大久保の最後は、死刑執行時に係官が迎えに来た時に、腰を抜かし失禁し引きずられながら死刑台に向かったそうです。「何か言い残すことはないか?」という問いにも何も答えられませんでした。

宮崎勤:幼女誘拐殺人犯

宮崎勤
出典:バズニュース速報

「あのビデオまだ途中だったのにな…」

東京埼玉連続少女殺害誘拐事件の犯人で、1988年から1989年までに4歳から7歳までの少女を殺害。そして異常な声明文を新聞社に送り付けたり、遺骨を遺族に送ったりと世間を震撼させました。そんな宮崎は刑務所でビデオ鑑賞が許されており、死刑執行の朝に上記の言葉を残したそうです。

麻原彰晃(松本智津夫):オウム真理教教祖・テロリスト

麻原彰晃
出典:Lemon

「ぐふっ」

オウム真理教の教祖であり、1989~1995年の間に「地下鉄サリン事件」など計13件の事件で27人を死なせる事件を犯した犯人です。そんな松本死刑囚の最後の言葉は上記であり、死刑が執行される当日もきょとんとして無反応だったと伝わっています。

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陸田真司:コンクリート詰め殺人犯

陸田真司
出典:NeeSee

「池田晶子さんの所に行けるのはこの上ない幸せです」

1995年に起きた「SMクラブ下克上事件」と呼ばれる、クラブの経営者と店長を殺害しコンクリート詰めにして海に遺棄した事件の犯人です。そんな陸田は、獄中で池田晶子さんの本を読み手紙のやり取りをして、対談本を出しています。そのため最後の言葉も池田晶子さんに対する言葉でした。

宅間守:小学生連続殺人犯

宅間守
出典:すそ洗い

「ありがとうと僕が言っていた、と伝えてください」

2001年に大阪の小学校に乱入し生徒8名が死亡、重傷者教師を含め15名を出す悲惨な事件を起こしました。宅間は現行犯で取り押さえられたといいますが、最後の一人を刺し終えた後自ら包丁を落とし「あーしんど!」と呟き逮捕されたといいます。そんな宅間守の最後の言葉は、獄中結婚した妻に対する言葉だったといいます。遺族への謝罪は最後までありませんでした。

小林薫:誘拐殺人犯

小林薫
出典:NeeSee

「ふ、ふ、風呂とちゃうんか?」

2004年に起きた「奈良小1女児殺人事件」と呼ばれる小学一年生の女児を誘拐・殺害・遺棄した凶悪事件です。その後誘拐された女児の遺体は、側溝で発見されました。そんな小林は裁判の時に死刑を望み「第二の宮崎勤、宅間守になる」と証言していたといいます。しかし死刑確定後生への執着を見せ、最後も怯えた様子だったと伝わっています。

山地悠紀夫:連続殺人犯

山地悠紀夫
出典:バズニュース速報

「死刑でいいです…」

2006年に逮捕された16歳の時に自分の母を、25歳の時に女性2名を殺害した死刑囚です。金銭トラブルで母親を殺害し、その後少年院に入りますが出所後女性を殺害しています。山地は「死刑か終身刑を望んでいた」といい、一種の自殺願望に近いものだったといいます。そして希望通り3年後の2009年に死刑が執行されました。

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2 COMMENTS

山田 太郎

なんか楽しんじゃった!!さっさとしろよ、田舎者め。お前がもたもたしているうちに
俺は10人殺せたぞ! が印象的に残った! (さぁ次は誰を殺ろう、小学生?中学生?高校生?
どうしよう)(殺したらどこに埋めよう、山でいいや!、今までで、128人殺したのに、未解決事件になってるのオモロww )

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山田 太郎

嘘です盛りました。殺人なんてしてません。普通に暮らしてます。
ごめんなさい‍♀️

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