日本一悲しい事件ランキングTOP30

25位:栃木実父殺し事件(性的虐待)-1973年

父と共に女性の弁護に奔走した大貫正一弁護士
出典:弁護士ドットコムタイムズ ロゴ

栃木実父殺し事件は、1968年に29歳の女性が実の父親を殺害した事件です。女性は、14歳の頃から15年にわたり父親から性的虐待を受けており、父親の子供を妊娠。女性が、職場の男性から結婚を申し込まれた事に激怒した父親は、女性を10日間にわたり監禁したのです。

当時は親を殺害した場合、「尊属殺加重規定」が適用され、無期懲役か死刑が確定していました。ただ今回の事件は、父親に明らかな非があり、女性は被害者。大貫大八弁護士とその息子である大貫正一弁護士が彼女の弁護人として立ち上がったのです。

大貫親子は、「尊属殺加重規定が違憲である為、女性は無期懲役や死刑にならない」という逆転の発想を主張。裁判を経て女性は懲役2年6ヶ月、執行猶予3年という判決が下り、大きく罪は減刑されます。1995年の刑法改正で「尊属殺加重規定」は削除されました。

女性は、事件後も大貫弁護士に年賀状を送り続けましたが、大貫弁護士は以下のように返事をしました。それ以降、女性は年賀状を出す事を辞めたそうです。

もう年賀状を出すのはやめなさい。年賀状を私宛に書くたびに、あなたは事件のことを思い出している。一刻も早くすべてを忘れて、あなたの人生を生きなさい。

出典:Wikipedia

24位:八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布事故(医療ミス)-1982年

医療ミスで少女が亡くなった
出典:Wikipedia

八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布事故は、1982年に歯科で起きた医療事故です。歯科医師は治療に使う「フッ化ナトリウム」の代わりに、猛毒の「フッ化水素酸」を治療に用いてしまいます。

フッ化水素酸を口に塗られた女児は、痛みによるショックで2mも跳ね飛び、自律系の神経が機能不全を起こした事で2時間後に死亡。通夜の場で院長は土下座をするものの、あまりのショックで脳卒中を起こし、救急搬送されました。

詳しく解説は出来ませんが、この事故はいくつものヒューマンエラーが重なって起きたもの。院長は禁固1年6ヶ月・執行猶予4年の有罪判決を受けています。

今回の事故に限らず、全国各地で医療ミスは起きており、中には患者が亡くなる重大なものも存在します。人を救う為の医療が、逆にその人を死に至らしめる。なんとも悲しい話ではないでしょうか。

23位:狭山事件(同和問題)-1963年

別件逮捕される石川一雄さん
出典:狭山事件 ホーム

狭山事件は、1963年5月に埼玉県狭山市で発生した殺人事件です。高校1年生の少女が行方不明となり、自宅に身代金を要求した脅迫文が届きます。警察は、容疑者として浮上した被差別部落出身の石川一雄さんを犯人に仕立て上げる為、強引な自白を要求しました。

結果的に石川さんは容疑を認め、1964年3月に死刑判決が下ります。ただ自白が強要されたものである事、浮上した証拠に疑問点がある事に弁護団が異議を唱え、1994年12月に石川さんは31年ぶりに仮釈放されたのです。

この事件において警察は、身代金を受け取りに来た犯人を取り逃す失態を犯していました。被差別部落出身者の石川さんに罪を負わせた側面もあり、日本の部落問題が露呈した事件と言えます。生まれた場所で立場が定まってしまうのは、とても悲しい話です。

一方で、「石川さんが犯人であると示唆する証拠」があるのもまた事実。実に闇が深く、謎が多いのが狭山事件なのです。

狭山事件とは?事件の真犯人や経緯、場所、長い間問題になっている理由について解説

22位:第五福竜丸事件(原爆)-1954年

第五福竜丸
出典:Wikipedia

第五福竜丸事件は、1954年に起きた被曝事故です。冷戦が激化する状況下、アメリカはビキニ環礁(現・マーシャル諸島共和国)で水爆実験を実施。この時に第五福竜丸を含めた1422隻が近隣に存在し、「死の灰」を浴びて被曝しました。

第五福竜丸は2週間後に帰港しますが、船体や人体も洗浄できない状態が続き、23人の乗組員全員が急性放射線症状を呈していました。半年後に無線長の久保山愛吉さんが、売血輸血による肝炎ウイルス感染により死去します。

久保山さんは「原水爆の犠牲者は、わたしを最後にしてほしい」と遺言を残しています。彼の無念を私達は忘れてはいけません。

ちなみに2004年時点で12名の乗組員が死亡していますが、8名が肝臓由来の病気であり、生存者の中にも肝機能障害を患っている人も多くいました。被曝事故の余波は何十年にわたり続いたのです。

21位:桶川ストーカー殺人事件(ストーカー)-1999年

ストーカー行為を行った小松和人
出典:SDIトータルサポート

桶川ストーカー殺人事件は、1999年10月に起きた殺人事件です。女子大学生が元交際相手の男性を中心としたグループから、執拗なストーカー行為を受けた末、桶川駅西口前で殺害されます。

実行犯達は無期懲役から懲役15年の判決が下りましたが、元凶の交際相手は自殺した為、罪に問われてはいません。当時はストーカー行為に対する罰則はなく、警察が女子大学生の訴えに対応しなかった事が、事件を発生させた大きな要因と言われています。

この事件を経て、2000年5月に「ストーカー行為等の規制に関する法律」が成立します。ただ2012年11月の逗子ストーカー殺人事件、12月の長崎ストーカー殺人事件等、ストーカーによる犠牲者は後を絶ちません。

ストーカーによる被害は被害者はもちろん、遺族にも大きな傷を与えます。悲しい事件は今もどこかで起きているのです。

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29 COMMENTS

匿名

荒れてるなあ、wこういう忘れちゃいけない事件をまとめてくださってる方に対して失礼だとおもわんのかね。つまんないと思うなら大人しく帰ればいいのにw

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Gutty

この記事マジでおもんないーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

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