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モーツァルトとはどんな人?生涯・年表まとめ【代表曲や死因も紹介】

モーツァルトが影響を受けた・与えた人

モーツァルトの美しい曲は多くの人に刺激を与えた

古典派音楽を代表する作曲家モーツァルトは、多くの人に影響を与えました。また非常に努力家だったモーツァルトは、多くの作曲家の曲を研究し作品に活かしています。そんな影響を受けた人物や、逆に影響を与えた人物を紹介します。

ベートーヴェン

ベートーヴェンはモーツァルトに憧れを抱いていた

ドイツの音楽家ベートーヴェンは、モーツァルトに憧れを抱いて師事していたといいます。モットーは「不断の努力により、モーツァルトの精神をハイドンの手から得られるように」だったそうです。ベートーヴェンはモーツァルトの作品を丹念に研究しています。モーツァルトの影響を色濃く感じられるのが、初期の傑作「悲愴ソナタ」です。

悲愴ソナタの冒頭は、モーツァルトの同じ調のハ長調KV457のピアノ・ソナタにとてもよく似ているといいます。その他ベートーヴェンは特にモーツァルトの最盛期に作曲した短調の作品にも、影響を受けたといわれています。

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フランツ・ヨーゼフ・ハイドン

ハイドンは冷静な性格で作風もモーツァルトと真逆だった

ハイドンとモーツァルトは境遇や性格的にもまったく違いましたが、それだからこそかもしれませんがお互いに影響を与え、与えられる仲だったといいます。ハイドンの知性とセンスがにじみ出た曲の影響をモーツァルトは影響を受け、ハイドンはモーツァルトの快活で陽気な曲調の影響を受けています。

モーツァルトの若い頃の交響曲などはハイドンの影響を色濃く受けています。ハイドンの変奏曲を、モーツァルトはロマン派の変奏曲にアップデートさせ曲を出しています。またハイドンも、モーツァルト程の明確な作風の影響は見られませんが、モーツァルト風の半音階を多用した四重奏曲を作曲しています。

アントニオ・サリエリ

サリエリとモーツァルトはお互いの才能を認めていた

近年映画「アマデウス」の影響で、モーツァルトの才能に嫉妬をして毒殺した人というイメージが定着している人です。しかし実際は、良きライバルではあったものの、不仲説はほぼ否定されています。モーツァルトが「サリエリがいるせいで、(自分が)宮廷楽長になれない」ということを周囲に漏らしていたことも噂に拍車がかかったようですが、実際は親しげに食事をしたりしていたそうです。

作風もモーツァルトは少年時代にサリエリの音楽に触れており、サリエリが作曲したオペラの「マリア」を元に変奏曲を作曲しています。サリエリもモーツァルトの才能を認め、葬儀にも参列しモーツァルトの遺作「レクイエム」の初演を行っています。

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モーツァルトの功績

功績1「現在でも愛される多くの曲を作曲したこと」

現代でもコンサートで演奏されている

やはり一番の功績は、「今でも作曲した曲が愛され多くの人に聞かれている」ということではないでしょうか。モーツァルトが生涯に作曲した数は、交響曲46本・ピアノ曲27本・50本以上の協奏曲など多くの作品が残っています。

35年の生涯で驚異的な数ですが、これにはモーツァルトの驚異的な曲作りの速さがありました。逸話として第一楽章を作曲して書き起こしながら、頭の中では第二章を考えるといった驚くべき作曲方法をしていたそうです。

聞くと頭がよくなるというモーツァルト効果も話題になった

モーツァルトが残した多くの曲は、現代でも人々に愛され演奏され続けています。「胎教に良い」「頭がよくなる」といったモーツァルト効果という言葉がでるほど、現代にも影響を与え続けているのです。

功績2「『下書きをしない天才』といわれるなど数多くの天才的なエピソードを残したこと」

ほとんど訂正をせずに譜面に清書していた「下書きをしない天才」といわれていた

モーツァルトは「下書きをしない天才」といわれています。もっとも最近の研究で修正の後も見つかっているために誇張された面もありますが、そのような噂が流れるほどモーツァルトの記憶力は驚異的だったといいます。

またモーツァルトは「絶対音感」を持っていたといわれています。ウィーン大司教に仕えるヴァイオリニストのシャハトナーは、6歳のモーツァルトに「あなたのヴァイオリンは僕のバイオリンよりも8分の1ピッチ高く調律されていますよ」といわれたそうです。

父レオポルト・モーツァルトは息子の才能を見抜いていた

彼は最初笑っていましたが、モーツァルトの父が息子の異常な音感と音の記憶力を信じて「この子の言う通り確かめてみてくれ」というので、確かめてみるとモーツァルトのいう通りだったそうです。モーツァルトの卓越した能力を示すエピソードとして今でも語られています。

功績3「非常な努力家だったこと」

人が見ていないところで多くの努力をしていた

天性の才能を持つモーツァルトでしたが、同時に大変な努力家でもありました。手紙には、

「ヨーロッパ中の宮廷を周遊していた小さな男の子だったころから、特別な才能の持ち主だと、同じことを言われ続けています。目隠しをされて演奏させられたこともありますし、ありとあらゆる試験をやらされました。こうしたことは、長い時間かけて練習すれば、簡単にできるようになります。僕が幸運に恵まれていることは認めますが、作曲はまるっきり別の問題です。長年にわたって、僕ほど作曲に長い時間と膨大な思考を注いできた人はほかには一人もいません。有名な巨匠の作品はすべて念入りに研究しました。作曲家であるということは精力的な思考と何時間にも及ぶ努力を意味するのです」

実際にモーツァルトは多くの音楽家の曲を研究し、詳細に記憶していました。そうした努力によって他の音楽家たちの良い所を自分に組み込んでいき作曲を行っていたのです。モーツァルトは生前から天才といわれ続けていましたが、手紙には努力しているという本音を漏らしています。

モーツァルトの名言

一つの事に集中して行うことが大事という

多くのことをなす近道は、一度にひとつのことだけをすることだ。

一つの事に集中することが、あちこち手をつけるよりも多くの事ができると言っています。しかしモーツァルト自身は飽きっぽく、作曲を途中で止めることも多かったといいます。もしかしら自身の自戒を込めて言っているのかもしれません。

周りの声は気にしなくていい

他人の賞賛や非難など一切気にしない。自分自身の感性に従うのみだ。

モーツァルトは天才的な才能と変わった性格を持っていたため、「話題の人」だったといいます。そんな周りの噂はまったく気にせず、自分の感性を研ぎ澄ませて作曲をしていたことがわかります。そして人の賞賛や批判に囚われない曲を作ったのです。

人を楽しませる、音を楽しむ「音楽」でなければならない

音楽は決して耳ざわりであってはならない。むしろ耳を満足させ楽しみを与える、つまり常に「音楽」でなくてはならない。

音楽とは「人を楽しまて、耳を満足させるものだ」という、モーツァルトの音楽に対する考え方が分かります。聴衆のことを考えて作曲していたことが良く分かる名言です。

モーツァルトにまつわる都市伝説・武勇伝

都市伝説・武勇伝1「実はスカトロジストだった!?」

従姉妹のベーズレーもさぞかし驚いたことだろう

モーツァルトは排泄にまつわるジョークが大好きだったそうです。従姉妹への手紙、いわゆる「ベーズレー書簡」と呼ばれる手紙では、

「あなたの鼻に糞をします」
「ウンコで君のベッドを汚してやるぞ!僕のおしりが火事になった!どういうこと!知ってるぞ、みえるぞ、なめてやろうか、ん、何だ?ウンコが出たがってる?そう、そうだウンコだ。俺は変態だ!」

といった内容を送っています。このベーズレー書簡は息子に破棄を望まれていましたが、現在6通残っています。モーツァルトが評価された後世では、下品な一面はタブー視されていましたが、現在はユーモアのある人物として許容されています。

下品な言葉を楽譜にも書きつけていたという

また「俺の尻を舐めろ、きれいにきれいにね」という曲を作っています。このタイトルも下品ではあるもののタブーでは当時無かったらしいです。ただしこういった変わった人物像も、生前のモーツァルトが才能の割に優遇されなかった理由にあるのかもしれないません。

都市伝説・武勇伝2「サヴァン症候群だったのかもしれない」

映画「レインマン」でサヴァン症候群が広く知られるようになったという

モーツァルトの奇行の数々と、天才的な一面の同居は一説にサヴァン症候群(発達障害)だったのかもしれないという説があります。理由は例えば手紙のやり取りをしていても、突然大洋や大陸の名前を列挙し始めたり、トランペットの音を異常に嫌がったりとサヴァン症候群の人が持つ特徴をもっていたからでした。

またサヴァン症候群の人は、記憶力・芸術・計算に優れた能力を有する人が多いといわれており、確かにモーツァルトの天才といわれた才能と変わった性格は、共通点が多いように感じます。今となっては真相はわかりませんが、優れた音楽が多く残された理由の一つだったのかもしれません。

都市伝説・武勇伝3「フリーメイソンに加入していた」

フリーメイソンのシンボルマーク

モーツァルトはフリーメイソンに加入していたといいます。フリーメイソンは現在も続く「世界最古・最大の友愛団体の一つ」といわれています。しかし具体的な活動の詳細は不明となっています。

モーツァルトがフリーメイソンでどのような活動をしていたのかは分かっていませんが、人生の後期に作られた「魔笛」「ピアノ協奏曲第20番」は作風に影響を受けているといいます。そして、仕事が激減してお金に困っていた時に、フリーメイソン仲間に借金をしていたというような話も残っています。

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