副局長:土方歳三
土方歳三はどんな人?
土方歳三は副局長であり規律に厳しく「鬼の副長」と呼ばれた人物です。武蔵国多摩郡の豪農出身で、薬を売りながら剣術を学び江戸で天然理心流に入門。近藤たちと浪士隊に志願し、副局長になりました。戊辰戦争時は新撰組全軍を率いて戦うも新政府軍に敗退。その後蝦夷に渡り、「蝦夷共和国」の陸軍参謀となりました。しかし新政府軍と対戦中、銃弾を受け死亡しました。
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土方歳三の愛刀は?
土方歳三の愛刀は「和泉守兼定」「堀川国広」「葵御紋保継」「大和守秀国」です。特に一番愛用していたのが「和泉守兼定」で、新撰組の隊員使用の刀で現存する貴重な刀です。また「葵御紋保継」は会津藩から贈られたものといわれています。
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副局長:山南敬助
山南敬助はどんな人?
山南敬助は新撰組の副長と総長を務め、北辰一刀流の皆伝者だった人物です。近藤と試合して敗北しそれから試衛館の人物と行動を共にし新撰組に入隊。しかし屯所移転問題で近藤・土方と対立。最終的に脱走し、法度違反により切腹しました。享年33歳でした。
山南敬助の愛刀
山南の愛刀は「播州住人赤心沖光作」です。大阪の不逞浪士を撃退しました。写真はこの時損傷した刀の様子を記したものです。
一番隊組長:沖田総司
沖田総司はどんな人?
沖田総司は新撰組一番隊組長であり、撃剣師範だった人物です。天然理心流の近藤や土方と同門でした。近藤たちと参加し池田屋事件などで活躍するも、肺結核に悩まされ戊辰戦争も参加できず、最後は千駄ヶ谷の植木屋で生涯を終えました。
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沖田総司の愛刀
沖田総司の愛刀は「加州住清光」「大和守安定」です。大和守安定は、沖田以外に新撰組の大石鍬次郎も使っていたという名刀です。