アメリカ南北戦争をわかりやすく解説!原因や死者数、与えた影響も紹介

南北戦争の期間と死者数

南北戦争の戦没者のために国立墓地が建てられた

1861年から1865年という4年間にわたって繰り広げられた南北戦争。その犠牲者はアメリカ史上最大のものでした。

戦死者は南北合わせて約50万人から60万人以上。そのうち、5万人が兵士ではない一般市民でした。戦死者が多い理由としては、動員された兵士の数が多く最新鋭の武器を使っていたことが挙げられます。

当時の南部の人口は900万人、北部の人口は2200万人でした。その中から南軍は90万人で北軍は156万人の兵士を動員。それに加えて性能の良い銃や大砲がより殺戮を過激化させたのです。

今では世界大戦をはじめとする戦没者たちも祀られている

ちなみに、第一次世界大戦の死者数は約11万人、第二次世界大戦の死者数は約32万人。南北戦争は二つの世界大戦よりも倍以上の死者を出した戦争ということになります。

4年間という短い期間で奪われた約50〜60万人もの尊い命。アメリカ人だけでなく全ての世界の人々が彼らの死を理解し、それを偲ばなくてはなりません。

南北戦争が起こった3つの原因

サムター要塞の戦い
出典:Wikiwand

南北戦争勃発の原因として「奴隷制度の有無」が1番よく知られています。しかし、冒頭で述べてきたように南北の対立は「奴隷制度」だけが原因ではありません。もっと多くの複雑な事情が重なり合っているのです。ここでは、それらを大きく3つに分けて紹介します。

  • ①連邦制度を巡る対立
  • ②国内産業の変化
  • ③奴隷制度に対する批判

①連邦制度を巡る対立

南北戦争が起こった原因の1つとして、まず挙げられるのが「連邦制度を巡る対立」です。連邦とは、アメリカに存在する「州」のように自主権を持つ地域で構成された国家を意味しています。

自主権を持つ州で構成されているとはいえ基本的には一つの国家であり、各州ごとに独自の憲法が存在しているものの、国民は共通の憲法である「合衆国憲法」に沿って生活をしなければなりません。

アメリカは連邦国家

しかし、南北戦争以前から、この連邦体制に関して南北で意見が対立。南部は州の自主権を拡大を求め、対する北部は連邦政府の権限を強めてアメリカ国家の統一を目的としていました。

つまり、南部は分離的な独立を求め、北部は全体的な統一を求めていたのです。政治的な視点から見ても、南北は真っ向から意見が分かれていたのですね。

そして、奴隷制に反対するリンカーンがアメリカ大統領に就任すると南部は独立を宣言。独自の国家「アメリカ連合国」を成立し、北部との戦いを開始したのです。

②国内産業の変化

18世紀にイギリスで始まった産業革命は世界に拡大
出典:Wikipedia

「国内産業の変化」も南北戦争の原因として欠かせない事柄になります。18世紀にイギリスで始まった産業革命の波がアメリカにも到来。北部では鉄工業や鉄道の発達とともに資本主義*が広まり、新しい社会構造が確立したのです。

一方で、南部はアメリカ独立戦争前から存在する奴隷制に依存した農業が社会の基盤となっていました。大規模な農園で大量の原材料を栽培するプランテーションが南部経済の中心であり、奴隷と農園の所有者が社会を牛耳っていたと言っても過言ではありません。

北部が産業革命とともに世界の変革を受け入れる中で、南部は保守的で昔ながらの伝統的な社会環境を守ろうとしていたのですね。

*資本主義

雇用主である資本家と被雇用者である労働者によって、商品が生産し利益を得る経済構造のこと。

③奴隷制度に対する批判

脱走奴隷の逮捕を目的とした賞金チラシ
出典:Wikiwand

最後に忘れてはならない南北戦争の原因が「奴隷制度に対する批判」です。アメリカがイギリスの植民地だった頃から続いていた黒人奴隷による労働力は、南北戦争当時の19世紀にも以前と存在していました。

南部のプランテーションは、植民地時代にイギリスへ輸出していたタバコが独立後に綿花へと変わっただけだったのです。つまり、イギリスから独立した後もアメリカ南部だけはイギリスとの従属関係を断ち切れていなかったともいえますね。

しかし、いくら労働力とはいえ人を売り買いすることは人道的ではありません。19世紀初めごろからイギリスやフランスなどヨーロッパ各国が奴隷貿易ならび奴隷制度を廃止していきました。

小説「アンクル・トムの小屋」の挿絵
出典:Wikiwand

そのため、アメリカでも黒人奴隷の所有を認める「奴隷州」と北部が作った所有を認めない「自由州」との境界線が厳しく取り締められるようになります。さらに、黒人奴隷の様子を描いた小説「アンクル・トムの小屋」が発表されるとアメリカ北部の奴隷制度に対する批判は一層強まることとなりました。

アメリカの中央に位置するミズーリ州では、奴隷制度賛成派と奴隷制度反対派が暴力沙汰を起こす事件まで発生。「血を流すカンザス」と呼ばれる事件の発端は、隣のカンザス準州を自由州とするか奴隷州とするかで揉めたことにありました。

最終的にカンザス準州は自由州となり、不満を持った南部側が北部側に攻撃を開始した「サムター要塞の戦い」が勃発。本格的な南北戦争へと発展していったのです。

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