現代アートの人気有名画家91選【若手や日本&海外作家など多数紹介】

イサム・ノグチ

日本人の父とアメリカ人の母を持ち、カリフォルニアに生まれた日系アメリカ人です。庭園の設計から舞台美術、モニュメントに至るまで空間を相手取るユニークな作品を多く残しました。

彫刻家を志したことを出発点に、戦前から戦後にかけ世界を旅しながら幅広い活動を行っています。北大路魯山人や岡本太郎などの前衛芸術家たちとも交流し刺激を与えあう関係でした。

照明器具などのインテリアデザインも手掛けており、和紙を用いた巨大な照明は古風でありながら現代でもとてもモダンだと感じられます。香川県には彼の作品と人生を遺した庭園美術館があります。

マーク・ロスコ

抽象表現主義の代表的な作家です。静かで穏やかな印象の作品とは裏腹に、ニューヨーク近代美術館での「今世紀の美術」画廊のグループ展では展示方法についてトラブルとなり、以降グループ展への参加を拒否したり、自分の作品を1点のみで購入しないよう美術館に申し入れるなど主張の強い一面もある作家でした。

縦3m、横4m近くあるような非常に大きな画面の作品が多いのは、とても親密で人間的になりたいからだと説明しています。制作を重ねるほどに作品は暗い色調となっていきましたが、大きな画面には観客を包み込むような優しさがあります。

フェリックス・ゴンザレス・トレス

山積みのキャンディーや電球など、ユニークな物を作品の素材として用いる、キューバ生まれの作家です。キャンディーを用いた作品「無題(大衆の意見)」は観客が作品に使われているキャンディーを持ち帰れるという面白い表現方法をとった作品で、身近な日用品からは消費文化や観客自身の生など様々なことを思い起こすことができます。

エイズのため39歳という若さで1996年にこの世を去っていますが、その後もロンドンやニューヨークでの回顧展やビエンナーレへの出品が行われるなど、本人が亡くなってもなお作品は世界の大きな舞台で活躍し続けています。

リチャード・ロング

世界中を歩くことを作品としてきた作家の最初の一歩は、イギリスで踏み出されました。草原を歩いた痕跡、その場所にあった石や木片などをモチーフとしています。

場所に束縛されず歩くという行動を通した彫刻観で世界中に制作された作品たちは、写真の中にのみ収められ現在同じ場所に行ってもその姿を見ることはできません。作品を保存し、何年にも渡って変わらぬ姿を維持、所有しようとする一般的な作品の在り方とは一線を画したその世界観は、自然との共存を行ってきた東洋や仏教の文化にも通じるところがあります。

ジェームズ・タレル

知覚心理学と数学の学士号をもつ、理系の作家です。光と知覚をテーマとした作品を大きな空間一杯に展開してきました。鮮やかな色彩を持った光が部屋全体を包む光景は幻想的で、中にいる観客はタレルの作品の一部であるかのようです。

タレルの最大の作品はなんとクレーター(噴火口)です。サンフランシスコで発見後、地主を説得してクレーターのある土地を購入し作品の建築を始め、現在もそれは続いています。クレーター内部に作られた地下室や地下トンネルから、天体の動きにあわせた光を鑑賞できる作品となる予定です。

ジャン・デュビュッフェ

生の芸術「アール・ブリュット」の提唱者です。従来の西洋美術の伝統的価値観を否定し、 精神障害者の制作した作品など、今まで美術界では評価されなかった作品に感動し「無償と非営利の団体」であるアール・ブリュット協会を設立、規範に従った美術作品以外のものを作品としてみることを世に広めようと尽力しました。

またデュビュッフェは自身の絵画作品でも高く評価されており、アスファルトなどを混入した厚塗りの画面に赤や青の原色の線で子供の落書きのような人物を描いた作品が代表的です。日本でも、国立国際美術館などで作品を鑑賞することができます。

ロバート・スミッソン

土や砂に魅せられた、ランドアートの作家です。ニューヨークで絵画と素描を学んだ後コラージュ作品などを発表していましたが、1967年特定の場所から持ってきた砂や岩をギャラリー内に「彫刻」として配置するという事を行います。

スミッソンは「一時的なもの」にしか関心を持たず、置ける場所ならどこにでも置くタイプの制作方法を示す「ノン・サイト」という概念を打ち出しました。晩年にはユタ州のグレートソルト湖に先端が渦巻き状となった堤を制作します。こちらも湖の水位が上がれば消えてしまう作品で、一時的なものです。

フランク・ステラ

戦後アメリカを代表する抽象絵画の作家です。「人は画面に見えるものしか見ない」と発言し、画面に登場するモチーフや要素からイメージを排除しただただ塗料でストライプを描くだけ、というようなミニマルな絵画を制作します。

ジャスパー・ジョーンズの星条旗の作品に大きな衝撃を受けたのちは、モチーフの執拗な繰り返しにこだわり同じアイデアや形を多くの作品に登場させています。このことによりストライプは、ステラのトレード・マークとなりました。さらに「シェイプド・キャンバス」と呼ばれる図の形と同じ形のキャンバスにストライプを描きました。

オノ・ヨーコ

ビートルズに所属し音楽活動を行ったジョン・レノンの妻として知られる彼女は、美術家、音楽家、平和運動活動家でもあります。1950年代後半からアメリカや日本で前衛芸術活動を行い、観客に自分の衣装を切り取らせるパフォーマンスなどを行いますが前衛芸術になじみのなかった日本では低く評価されてしまいました。

ジョン・レノンと結婚した後は二人で前衛音楽活動を展開しながらベトナム戦争に反対する活動を個人でも行うなど精力的に活動しました。アンディ・ウォーホルの葬儀で弔辞を述べるなど、アメリカを代表する作家とも親しく交流していました。

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5 COMMENTS

レキシル編集部

>守屋泰晴 さん
コメントありがとうございます。
随時追記させていただいておりますので次回更新をお待ちいただければと思います。

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お前そんなこと言うなや!!
お前も人気がない時そんなことを言われて楽しいかー!!

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