世界&日本の有名な死刑囚・凶悪犯罪者一覧まとめ【事件の詳細も解説】

小原保元死刑囚(吉展ちゃん誘拐殺人事件)

小原保(1933年〜1971年)
出典:ASAGEI+

小原元死刑囚は1963年3月31日に、東京台東区に住む4歳の男児を誘拐し、身代金を家族に要求した人物です。身代金を要求した事件で男児は誘拐に殺害されていました。事件解明までに2年3ヶ月を要した事から、当時は戦後最大の誘拐事件と呼ばれました。

1965年7月5日に小原元死刑囚は逮捕され、供述で男児の白骨死体も発見されます。彼は金目当てで裕福そうな子供を狙い、逮捕される期間にも窃盗で逮捕されています。1967年10月13日に死刑が確定し、1971年12月23日に刑が執行されました。

永山紀夫元死刑囚(連続射殺犯)

永山紀夫(1949年〜1997年)
出典:ASAGEI+

永山元死刑囚は1968年10月から11月にかけて、4都道府県で警備員やタクシー運転手ら4人を射殺した人物です。複雑な生い立ちで生まれ育ち、犯行当時は19歳の少年でした。彼は海軍基地から拳銃を窃盗した経歴があり、それがバレる事を恐れて犯行を重ねました。

彼の死刑判決が下るのは1990年5月9日で、1997年8月1日に刑が執行されます。1970年から永山元死刑囚は獄中で文筆活動に励み、数々の賞を受賞。文壇で一定の地位を得ました。生まれた環境が違えば、永山も違う生き方があったのかもしれません。

大久保清元死刑囚(連続強姦殺人犯)

大久保清(1935年〜1976年)
出典:怖い話ネット【厳選まとめ】

大久保元死刑囚は1971年3月から5月の間に、群馬県で8人の若い女性を次々と殺害しました。彼が逮捕されたのは5月13日の事。事件の前にも強姦で逮捕された経歴があり、結婚後も妻に素性を偽って生活していました。

ただ1965年に恐喝未遂で執行猶予判決、1967年に婦女暴行を起こして実刑判決を受けており、この頃から妻との関係は破綻します。大久保元死刑囚は裁判で一切弁明する事はなく、1973年3月9日に死刑が確定。2年半後の1976年1月22日に刑が執行されています。

麻原彰晃元死刑囚(松本智津夫)(オウム真理教教祖・テロリスト)

麻原彰晃(1955年〜2018年)
出典:exciteニュース

麻原元死刑囚はオウム真理教の教祖で、一連のオウム事件を起こした人物です。麻原は日本を乗っ取り、自らが新たな王に君臨する事を画策。教団と対立する人物の殺害や、無差別テロを信者に命じました。

一連の事件の犠牲者は29人、負傷者は6000人以上とされます。1995年5月16日に逮捕されますが、その後は奇行が目立ち、意思疎通が困難となりました。2006年に死刑が確定し、2018年に刑が執行されます。

検察からは「犯罪史上、最も凶悪な犯罪者」と称されました。オウムの団体は生き残った信者により、今も名を変えて存続しています。

オウム真理教とは?起こした事件や幹部、修行法を解説【現在の活動も紹介】

陸田真司元死刑囚(SMクラブ下克上殺人事件)

睦田真司(1970年〜2005年)
出典:new see

品川区でSMクラブを経営していた陸田真志は、1995年7月21日に経営方針で対立する経営者と店長を兄や従業員らと共に殺害。遺体を他の者に命じてコンクリート詰めにして茨城県の鹿島港に遺棄しました。彼らは金品を下ろした事で足がつき、自首しています。

獄中で睦田元死刑囚は自分達が起こした罪の重さに気づき、裁判でも反省の意を述べました。しかし計画性や残忍性から2005年10月17日に死刑が求刑され、2008年6月17日に刑は執行されました。

獄中の彼の生き方に影響を与えたのが、哲学者の池田晶子です。両者の対話は「死と生きる-獄中哲学対話-」として書籍化されています。

山地悠紀夫元死刑囚(連続殺人犯)

山地悠紀夫(1983年〜2009年)
出典:青春complex

山地元死刑囚は2005年11月17日に、大阪府浪速区でマンションに住む姉妹を殺害します。彼は2000年(当時16歳)の頃に母親を金属バットで殺害した前科がありました。今回の犯行も「人を殺した快感が忘れられない」という理由でした。

公判で山地は「物を壊す事と人を殺す事同じ」と主張。反省の気持ちは全くないまま、2006年12月13日に死刑判決が下り、2009年7月25日に死刑は執行されます。25歳での死刑執行は37年ぶりの事でした。山地は反省の意味を知らぬまま、死刑台に立ったのです。

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