12位:プリティ長嶋(県庁職員→お笑い芸人)

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プリティ長嶋さんは、1980年代に長嶋茂雄さんのモノマネでブレイクしたお笑い芸人。元は千葉県庁で働く公務員でしたが、1980年に「お笑い君こそスターだ!」に出演した事を皮切りに、9年の勤務を経て芸能界デビューをしました。
この手のタイプの人は一発屋になりそうなものですが、プリティ長嶋さんは「笑っていいとも」の『きたかチョーさん待ってたドン!』で人気コーナーを担当するなど、息の長い活動を続けます。長嶋さんからもプリティの愛称で親しまれていました。

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その後もプリティさんの快進撃は続き、2007年には市川市の市議会議員となります。この背景には息子が所属する野球チームの対戦相手が野球の試合の時に、心臓発作で亡くなったため。AEDをより一般的にしたいという強い思いからでした。

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2013年に長嶋さんが県民栄誉賞を受賞した際には、県庁を訪れた長嶋さんに花束を贈呈。この時の対面が長嶋さんとの最後の対面となりました。2025年に長嶋さんが亡くなった際には、以下の言葉を述べています。
「プロ野球選手として大きな記録を残しただけでなく、人を思いやり、気遣ってくれる方だった」と声を詰まらせた。
引用:讃岐新聞オンライン
11位:秋山博康(警察官→コメンテーター)

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秋山博康さんは、犯罪コメンテーターなどを務めるタレント。1979年に高校を卒業してから徳島県の警察署に配属され、凶悪犯罪の最前線の所轄刑事課を中心に31年間もの間、警察官を務めました。

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秋山さんは2000年に警視庁に出向し、『徳島・淡路父子放火殺人事件』を担当。その際の特徴的なリーゼントが話題となり、「リーゼント刑事」と呼ばれます。テレビ特番に呼ばれる事も増えたそうです。2021年には定年退職となり、本格的に芸能界に進出。よりテレビで観る機会も増えました。

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その風貌とは裏腹に、秋山さんはとにかく真面目な人物。刑事は被害者の代理人という言葉を信条に、人の10倍20倍働いてきました。秋山さんがテレビに引っ張りだこなのは、見た目以上に人間性が人を惹きつけるためと思われます。
秋山ならではの流儀は「被疑者も被害者も目撃者も同じ人間。どんな凶悪犯でも生まれた時はみな真人間」とのこと。取り調べ中には被疑者の生まれ故郷によく足を運び、実家から小学校までの道のりを歩き、被疑者が子供の頃に立ち寄った店や公園にも立ち寄っていた。取り調べ室でその話をすると、被疑者は子供の頃を思い出し、やがて涙を流し「すみませんでした」と心を開いていくという。
引用:Wikipedia