28位:藤井フミヤ(国鉄職員→アーティスト)

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藤井フミヤさんは、1993年にリリースした「TRUE LOVE」などのヒット曲を持つ歌手。高校を卒業後、日本国有鉄道門司鉄道管理局(現:九州旅客鉄道)に就職し、貨物列車の操車・入換業務に従事していました。
藤井:昔は父親が国鉄職員だと息子も自然と同じ道に進む、というケースが多かったように思います。私自身も最初は「そういうものなんだろうな」と受け止めて、高校卒業と同時に国鉄に入りました。実際に勤務していたのは2年に満たない期間でしたね。
引用:note

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その後、藤井さんは1983年にチェッカーズのリードボーカルとしてメジャーデビュー。チェッカーズ解散後もソロ活動を続け、数々のヒット曲をリリースしてきました。故郷から離れて暮らすものの、故郷愛は本物です。
2013年には久留米市文化章もいただきました。こういうことは福岡や久留米だけでなく、九州一円、どこでも頼まれればやっています。郷土愛は死ぬまであるんじゃないかな。
引用:UR都市機構

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2023年にはデビュー40周年を迎え、紅白では過去に作詞した「白い雲のように」を猿岩石のメンバーだった有吉弘行さんと熱唱。60歳を超えても第一線で活動を続けています。
27位:田中要次(国鉄職員→俳優)

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田中要次さんは、2001年のドラマ「HERO」で人気を博した俳優。本作にて田中さんはバーテンダー役として出演し、決め台詞の「あるよ」はその後のドラマやバラエティでも、時々使われています。
そんな田中さんは、高卒で日本国有鉄道長野鉄道管理局に就職。日本国有鉄道の職員は1897年にJRとして分割するまで、公務員という肩書きでした。田中さんはJRの職員として勤務を続けた後、1990年に上京して俳優に転向しました。

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現在でも電車が大好きという田中さん。当時の社会経験や仕事に対する意気込みは、俳優業に転向しても変わらないようです。
――鉄道のお仕事を俳優業に活かせたなと思うことはありますか。
引用:トレたび
田中さん 活かせているということではないのですが、深夜のレール交換って、電気関係とか、関係各所から大勢の人が集まって作業をする大仕事なんです。深夜にライトをつけて、各々、自分の役目をその時間内にやらなければいけない——そんな気概で臨みます。その感覚は深夜の撮影現場とすごく似ているよなあって思います。それに、カメラを乗せるレールもありますし。レールを敷いているスタッフを見ると、つい手伝いたくなるんですよね(笑)。

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田中さんは2026年に入っても俳優業は順調な様子。最近は長野の実家で民泊を経営するなど、手広く活動を続けている様子。長野に戻った時は、当時の国鉄時代の事を思い出しているのではないでしょうか。