【24年1月最新】日本国内の凶悪事件・怖い事件ランキングTOP50

17位:神戸市連続児童殺人事件(酒鬼薔薇事件)- 1997年

犯人「酒鬼薔薇聖斗」からの脅迫文。文面から中学生とは思えない点が、犯人断定の遅れの原因となった。

神戸市連続児童殺人事件は、1997年2月から5月にかけて神戸市で発生した連続殺人です。犯人は14歳の中学生で、2月にハンマーで女児1名を殺害し、1名に重傷を負わせました。5月には男児を殺害し、遺体の頭部と以下の犯行文を中学校の校門に起きました。

さあゲームの始まりです
愚鈍な警察諸君
ボクを止めてみたまえ
ボクは殺しが愉快でたまらない
人の死が見たくて見たくてしょうがない
汚い野菜共には死の制裁を
積年の大怨に流血の裁きを

SHOOLL KILL学校殺死の酒鬼薔薇

Wikipedia

結果的に少年は6月28日に逮捕され「人間を解体してみたかった」という猟奇的な犯行理由を供述。容疑者の正体もあいまって、世間に大きな波紋を広げたのはいうまでもありません。この事件をきっかけに、少年法が改正されました。

事件が起きた「タンク山」の貯水タンクと、そこに立つ被害者の墓

元少年は少年院を退院し、更生指導員とともにとある団地で平穏に暮らしているといわれていますが、真偽は定かではありません。2015年には手記である「絶歌」を刊行していますが、遺族が更なる精神的苦痛を受けた事は言うまでもありません。

16位:勝田清孝事件 – 1972~1982年

犯人の勝田清孝
出典:New See

勝田清孝事件は、1972年から1983年にかけて東海地方や近畿地方で発生した連続殺人事件。犯人の勝田清孝は、消防隊員として働く一方で空き巣やひったくりを繰り返していました。最初の殺人は1972年7月。空き巣で侵入した部屋にいた24歳のホステスでした。

徐々に犯行はエスカレートし、1982年10月31日に勝田は警察官を違法駐車で呼び出して車で轢いて拳銃を奪う暴挙に出ます。更にヒッチハイクの末に、乗り込んだ運転手を射殺。警察はこの事件を「警察庁広域重要指定113号事件」に指定しました。

逮捕された時の勝田清孝
出典:地球ジャック

その後、勝田は1983年1月31日に逮捕されています。勝田は取り調べで22人の殺害を自供したものの、14件は立件できず、勝田による殺人と断定されたのは8人でした。この殺人事件の他に、勝田は300件以上の窃盗を繰り返していました。

1994年2月5日に死刑が確定し、2000年11月30日に刑は執行されます。死刑執行前、勝田は般若心経を読み、被害者1人1人の名前を呟き、「ごめんなさい」と謝罪の意を述べています。これが彼の最期の言葉となりました。

15位:古谷惣吉連続殺人事件 – 1965年

生粋の犯罪者である古谷惣吉
出典:貧乏かわせみ

古谷惣吉連続殺人事件は、1965年10月30日から12月12日に古谷惣吉が起こした強盗殺人事件の総称です。古谷は近畿地方と九州地方で、独居の50代〜60代の男性を殺害して金品を強奪。犠牲者は8名となり、警察は一連の事件を「警察庁広域重要指定105号事件」に指定しました。

古谷は窃盗による逮捕と出所を繰り返していました。1930年に16歳で服役し、1964年に仮出所する34年間の内、服役期間は実に29年と10ヶ月。1951年には福岡連続強盗殺人事件を起こし、4人を殺害しますが、主犯とはされず懲役10年で済んでいます。

坂本を報道する新聞
出典:9th anniversary

警察は10月30日以降続く強盗殺人を古谷によるものと断定。12月13日に古谷は逮捕され、1979年1月26日に死刑が確定します。獄中で古谷は、集会場で他の死刑囚を隠し持っていた凶器で重傷を負わせています。1985年5月31日に刑は執行されました。

また古谷が福岡連続強盗殺人事件を起こした際、主犯とされたのは坂本登という当時19歳の少年でした。実際の主犯は坂本ではなく古谷であり、古谷は「坂本は彼の殺人を見ていただけ」と後に自供。仮に古谷が主犯とされていれば、その後の事件は起きなかったと考えられます。

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